19.協定案?
突然のご指名かよ。
「とんでもない! 俺は冒険者の下っ端ですよ。なんでそんな」
「名指しで依頼が来ているんだよ。これってもう、命令だから。スポンサーのご意向には逆らっちゃいけない」
ホトウさん、笑ってますよ。
顔が。
目はあいかわらずゴルゴだけど、それでも面白がっているのが判る。
羽を傷つけられて飛べなくなった雀か何かを見る猫の目だな。
覚えてろよ。
心で言って、俺はしぶしぶ『ハヤブサ』の隊列を離れた。ケイルさんが、ひょいと俺の装備を取り上げて「馬車には持ち込めんぞ」とぼそっと言う。
あ、そうですね。
無骨な冒険者ですからね、俺。
何か見捨てられたような気分だ。
警備隊の人は、見事に自分の感情を消して俺を案内してくれた。
本心では「何だこの若造の冒険者風情が」と思っているのが丸判りだが、口に出していないために伝わらない。
貴顕のそばに仕えるということは、こういう芸も出来なくてはならないということか。
あー嫌だ嫌だ。
俺は普通のサラリーマンなのに!
小さなドアを開けてみると、馬車の内部は意外にゆったりしていた。
シンデレラの馬車みたいに、宇宙船のカプセル程度の空間しかない馬車は御免だけど、これはワゴン車くらいの広さがある。
2人掛けのシートが向かい合って設置されている。
そして、乗っているのはハスィー様とスウォークの僧正様だけ。
それだけならまだいいのだが、どうして2人が並んで座っていらっしゃるのでしょうか。
「マコトさん。よく来て下さいました」
ハスィー様が、やや強引に俺を誘導する。
腰掛ける場所がお二人の正面しかないので、仕方なく向かい合って座ると、今度は僧正様がアニメ美少女声で言ってきた。
「ヤジママコト。お久しぶりです。来て下さらなかったので、こちらから来ました」
あの誘いか!
本気だったのかよ。
ていうか俺、僧正様がどこにいるのか知らないし。
そもそも会いに行く理由がないでしょう。
文句を言いかけた途端、ガタンと馬車が揺れて動き出した。
行動が早いな。
まあ、一刻を争うわけだし。
それにしても、これからどうすればいいんだ。
同席者はエルフで伯爵令嬢でギルド執行委員の美女と、教団幹部でスウォークの大僧正様。
片方はトカゲだけど。
どこの出来の悪いラノベだ。
「マコトさんにお話ししておきたいことがあります」
唐突にハスィー様が言い出した。
「今回の出動は、完全に不意打ちでした。まさか、先方があれほど早く動くとは思っていなかったのです。
ギルドでは、色々手回しして今回の改革の基盤を整えつつあったのですが、すべて無意味になりました」
はあ。
それを俺が聞いてどうしろと?
「でも、逆に言えばこれはチャンスでもあります。平穏な状態でなら、反対勢力をひとつひとつ説得しなければならないところを、緊急事態だった、の一言で押し通せるかもしれません」
「あの、すみません。お話がよく判らないんですが、そもそもギルドは何をしようとしていたんでしょうか」
そこんところが判らないと、俺だってどうしようもないよね。
実は、大体想像はつくけど。
なぜか俺のせいにされているアレだろう。
ドリトル先生とか。
案の定、ハスィー様は自信満々に言い切った。
「もちろん、野生動物雇用に関する協定の改正です! マコトさんがヒントを与えて下さったんですよ! 素晴らしい提案です!」
俺のせいにするのは止めてくれ!
とは言っても、どうも信じ込んじゃっているみたいだからなあ。
ホトウさんも似たようなことを言っていたし。
まあいいさ。
俺の言葉がヒントになったのかもしれないけど、実際にやるのはギルドなんだし。
勝手にやればいいだろう。
なんか俺、やさぐれている?
「そういうわけで、今現在わたくしたちは、フクロオオカミとの新しい協定の調印式に向かっているところです」
え?
相手が協定違反して群で乗り出してきたから、その討伐に行くんじゃなかったの?
まあ、討伐というにはこっちの戦力が少なすぎるし、そんな理由ならハスィー様や僧正様が行く必要はない。
ラノベみたいに騎士団と警備隊、そして冒険者が迎え撃てばいいだけだ。
しかし、現実は戦力と言えるほどのものはなく、メインがホトウさん率いる『ハヤブサ』で、その他にも騎士と警備隊員が数人ずつというショボいものだ。
これで戦いに来たとは、誰も思わないだろう。
なるほど、最初からそのつもりだったのか。
しかし、それにしては不意打ちで来られたようなことをおっしゃっていたような。
教団の僧正様は何の関係があるんだろう。
そのことを言うと、僧正様はアニメ声で答えてくれた。
「協定の場には、私どもが立ち会うという了解があります。中立ですから、見届け役として適任と言うことです」
「突然のことなのに、快く同行していただいて、感謝に堪えません」
ハスィー様が僧正様に頭を下げた。
「私どもも、ヤジママコトの動きには注意を払っておりますから。しばらくは、私が専任でヤジママコトに随行します」
おい!
何で俺なんだよ!
関係ないだろう、教団と俺は。
だがハスィー様はもう一度頭を下げて笑顔を見せた。
何かもう、俺の知らないところで異様に動きがあるんじゃないのか。
不気味だ。
しかし、考え方を変えてみると、俺は知らないんだから何もする必要はないわけだ。今まで通りやれと言われたことをやればいいわけで。
俺に責任はないもんね。
そう思うと気が落ち着いた。
いやー、最初は何かと思ったもんなあ。
冒険者が突然招集されるなんて、嫌な予感しかしないし。
てっきりラノベでいう「魔族の大襲撃」クエストか何かが始まるんじゃないかと疑っていたりして。
だけど、ハスィー様の話によれば、どうやらこれは突発的ではあるものの、出来レースらしい。
何でそれをわざわざ俺に教えてくれるのかは判らないけど、まあいいや。
これで一安心だ。
「ところでマコトさん。今のうちに教えておいていただきたいのですが」
ハスィー様が言い出した。
真剣な表情である。
俺が何か教えられると?
「何でしょうか」
「その、野生動物との雇用契約について、マコトさんの世界で行われていた具体的な内容をお聞きしたいのです。
本当なら、時間をかけて詰めようと考えていたのですが、何もかも放り出してくることになってしまいました。
協定案は、フクロオオカミの群と出会った時点で完成している必要があります。つまり、あと3時間で何とかすることになります」
知らないよ!




