18.襲来?
小頃合いを見計らって、ハスィー様が一歩前に出た。
それだけで、あちこちで上がっていた会話が一斉に止んで、シンと静まりかえる。
カリスマだな。
「皆様、突然呼び出して申し訳ございません。緊急にもかかわらず、すみやかに集まっていただき、感謝いたします」
儀礼から始まるのは、こういう場合の常だけど、あれだけの美女がやるとパネェな。
全員、注目している。
むしろガン見していると言った方がいい。
「まだプロジェクトとしての発足式も行っていない状態ですが、ギルドの存続にも関わりかねない問題が発生しました。
同時にそれは、このプロジェクトの存在理由に直結するものです。従って、すみやかにタスク・フォースとして対処すべきと判断し、招集をかけさせて頂いた次第です」
前置きが長いな。
まあ仕方がないけど。
俺にはよく判らないけど、この状況って尋常なものではないらしい。
ホトウさんですら、物凄く緊張しているもんな。
鷹の目が怖い。
「フクロオオカミの群が、協定を破って峡谷に入ったという報告がありました。目視ですが、ひとつの群全体に相当する数がいるようです」
ざわっ、と気配が動いた。
体長3メートルが?
群全体で?
「それは確実なのでしょうか」
誰か、騎士団の人が言った。
思わず声が出てしまったというところか。
「はい。ギルドの緊急連絡網に、少なくとも3つの違った監視所からの報告が入っています。
尚、監視所は緊急事態マニュアルに従って、一切接触しておりません」
そうか。
ギルドはこういう情報網の元締めだからな。
騎士団は魔王などの大規模災害対処に特化しているから、ギルドと野生動物の協定などには積極的には関与していないんだろう。
その分、情報が遅れる。
誰も何も言わないので、ハスィー様はちょっとためらってから続けた。
「ギルド長にはわたくしからご報告させていただき、この件に関する全権を任されました。従って、わたくしが自ら直接対処いたします」
一瞬、間をおいて一斉に抗議の声が上がった。
特に大きいのは警備隊で、おそらくハスィー様の護衛なのだろう。口々に諫める声が上がっている。
まあ、体長3メートル以上の野生動物の群、それもギルドとの協定を堂々と破って進軍してくる相手に、ギルドの執行委員自らがいきなり接触するなど、警備隊にとっては悪夢でしかないだろうな。
だが、ハスィー様の主張も正しい。
フクロオオカミの群が何を求めているのか判らないが、接触した相手が下っ端では余計拗れるだけだ。
向こうはすでに協定とやらを破っているわけだし、ここで警備隊の誰かに何か言われただけで今更引っ込むはずがない。
勢い、偉い奴を出せということになるわけで、だったら最初から決定権を持つ人が出て行った方が早い。
というより、この問題の解決策としては、多分それしかない。
何か起きてしまったら、それでおしまいなのだ。
記録に残ってしまう。
フクロオオカミが大々的に協定を破ったということで、その影響はフクロオオカミだけでなく、おそらく協定を結んでいる野生動物全体に波及する。
だから、ハスィー様は自分が行くと言っているのだ。
俺たちは、黙ってハスィー様と警備隊や騎士団の人たちが言い争うのを見ていた。
下っ端というよりは業者だから、その問題に口を出す権利がないからな。
タスク・フォースとしては、決められたことをやるだけだ。
だんだん退屈になってきたなあ。
危機感が足りないって?
いや、改めて考えてみると、あの厨二病のツォルさんたちが、いきなり人間に敵対するような行動を取るとは思えないんだよね。
これって、実はデモというか、アピールなんじゃないの?
群全体で出てくるというところに、賢しさを感じるんだけど。
国会で何か決まると、突然大規模なデモが発生するようなもので、武力衝突を意図しているとは思えないんだけどなあ。
まあ、どっかの国ではデモ隊と警官隊がぶつかって死傷者や逮捕者が多数出たりするらしいけど、相手はあの厨二病のツォルさんたちだよ?
むしろ、ちょっと前に話題になった非実在青少年の扱いに対する抗議デモみたいないいかげんさを感じるんだが。
俺がそんな失礼なことを考えている内に、ハスィー様が周りの人たちを説得したようだった。
ホトウさんたちに緊張が走る。
前線に出るのは『栄冠の空』だからな。
ハスィー様が、よく通る声で言った。
「悠長に議論している暇はありません。一刻を争います。出来れば、先方が峡谷を出る前に接触したいと思います。
『ハヤブサ』の方たち、どれくらいで出られますか?」
「10分で用意できます。同行者はいかほどでしょうか」
ホトウさんが即答した。
さすが。
それにしても、ハスィー様の緊張した声っていいなあ。ゾクゾクするぞ。
「わたくしと、騎士団および警備隊から1名ずつ。教団は同行なさいますか?」
教団のお付きの人が答える前に、怒声が響いた。
「そのようなことは許可できません! 最低でも3名の護衛が必要です!」
ま、警備隊としてはそう言わざるを得ないだろうな。
ハスィー様も、ここでやり合うような愚はおかさなかった。
「わかりました。それぞれ3名を上限として護衛の方を選んで下さい。教団もそれでよろしいでしょうか」
「判りました」
アニメ声が響いた。
こんな時だというのに、そこにいた半数が振り向く。
スウォークって、それだけ珍しいんだろう。
それにしても、さすがにハスィー様。言い負かされたふりをして、護衛を最小限に抑えたな。
譲って3名の護衛を許可したことになっているが、本来なら警備隊は全員でついていく気だったはずだ。
いや、プロジェクトに参加していない隊員も、出来る限りかき集めて同行するつもりだっただろう。
それが役目なんだし。
だが、自分で3名と言い出してしまったわけで、今更引っ込められない。ハスィー様、ギルドの執行役員どころかご領主様でもやれるんじゃないのか?
それはとにかくもハスィー様の命令を受けて、部屋にいた全員が一斉に動き始めた。
といっても、俺は何もやることがない。
装備も背負ったままだし。
「僕たちも準備だ。今回は、多分日帰りどころか数時間で終わると思うから、ボルノは置いていく。装備も個人用のものだけでいい」
ホトウさんが俺たちを集めて言うと、パーティ『ハヤブサ』の面々は素早く頷いた。
なんか慣れているな。
こういう仕事も多いのかもしれない。
「マコトは僕についてきてね。多分、ハスィー様に呼ばれると思うから」
何で?
「あと、僕たちは徒歩だけど、警備隊が馬車を出すと思う。ハスィー様や僧正様を歩かせるわけにはいかないからね」
あー。
そうだよなあ。
そもそも、貴顕のお二人だと冒険者の行動について行けるかどうか心配だ。
毎日運動している男の俺でも、あの強行軍は結構きつい。
デスクワークや説教が本業の方達では、多分フクロオオカミと接触する前にバテて終わりだろう。
『栄冠の空』の事務所から出ると、ちょうど豪華な馬車が門から入ってくるところだった。
ギルドの公用馬車なんだろうな。それもセレモニー仕様の。
日本で言ったらロールスロイスというところか。
馬も、ボルノさんとは比べものにならない巨大な駿馬が2頭、いや2人ついている。
タスク・フォースの出動じゃなくて、何かの祝典に向かう馬車のようだ。
その他にも、騎士団の制服を着た騎士が数人騎乗のまま、少し離れた場所で待機していた。こっちも見事な馬だ。
多分、あれってタスク・フォースが攻撃を受けた時、ハスィー様たちを逃がすために用意されているんだろうな。
俺たちが肉の盾になって防いでいる間に、貴顕を安全な場所にお連れするわけだ。
ギルドの執行委員というだけでもVIPなのに、領主のご令嬢だもんなあ。それと教団の僧正猊下。
警備責任者は、今頃熱を出しているんじゃないか。
そうこうしている間にも、ハスィー様と僧正猊下が馬車に乗り込まれるのが見えた。
その周りを、警備隊と教団の人たちが囲む。
ああ、3名ずつね。
お付きの人とかは、もう乗り込んでいるんだろうか。
出発の合図を待っていると、突然警備隊の人がこっちに向かってきた。
ホトウさんが進み出るが、ちょっと話しただけで振り向いて言った。
「マコト。これからのことを、ハスィー様が道中ご相談したいそうだ。馬車で行って」
な、なんだってーっ?




