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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第四章 俺は派遣の冒険者?

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14.執行委員?

 アレナさんの目つきが怖くなってきたので、俺は何とかそこで話を打ち切って部屋を出た。

 今日は直帰していいということだったけど、こんなに暇でいいんだろうか。

 まあ、新しいプロジェクトを始める時は、色々と準備が大変で、外部要員はその間何もすることがないことは判るけど。

 まあいい。

 暇なら暇で、やることはある。

 帰って絵本でも読もうと思って廊下を歩いていると、いきなり後ろから肩を捕まれた。

 叩くなんてもんじゃない。どうみても喧嘩ごしな掴み方だ。

 驚いて振り返ると、何といったっけ、プロジェクトの次席と名乗った男が俺を睨んでいた。

 名前を思い出せない。

 アレナさんやマレさんは覚えているんだけど、こいつ何て名前だったっけ。

 俺って、男の名前はホントに覚えられないのだ。ついでに言えば、顔もなかなか覚えない。

 こいつが次席だと判ったのは、見覚えがある服装だったからだ。

「何でしょうか」

「調子に乗るなよ」

 あ、そういうことね。

 感情が丸わかりだぜ、男。

 いや、別にハンサムでもないし、特徴がないのであだ名がつかないのだ。

「何のことです?」

「業者が偉そうに。ギルド職員に対しては礼を尽くせよ。たかが冒険者の分際で!」

 うわー。

 いるんだ、こういうの。

 ハスィー様とか、さっきのアレナさんを標準と考えてはいけないらしい。

 どこの会社にも、こういうのが必ずいるんだよな。それも一人じゃない。

 相手が弱いとイジメにかかってくる奴。だけど、こういう奴って頭が悪いから、大抵は大失敗していつの間にかどっかに行ってしまう。

 会社にとって重要な業者の下っ端に見える人を虐めたりしてね。

 その人が、実は大株主の縁戚だったりして。

 俺には別にギルドの大物の伝手はないので、こういうのはスルーするに限る。

 何、気にしなければいいのだ。

 あまりしつこいようなら、やりようはいくらでもあるしね。

 俺も、会社の顧客のところで何度もいいがかりをつけられたけど、実は撃退方法は簡単だ。例えばその顧客の会社の経営者と親しく話しているところを見せてやれば、一発で絡んでこなくなる。

 冒険者だし、しかも俺って見るからに下っ端風だったから、早速因縁つけてきたんだろうな。

「それはすみませんでした。これから気をつけます」

「その態度は何だ! さっきからアレナに対してタメ口ききやがって。お前なんか、俺の一言でどうにでも出来るんだぞ」

 おや?

 アレナさんと親しく話していたのが気に障ったのか?

 そうだろうな。

 魔素のせいで、感情が丸わかりだ。

 これって、結構きつい生活なんじゃないか?

 地球だったらちょっとした口喧嘩とかイジメで済むところが、殴り合いや人殺しまで行きかねないぞ。

「何笑ってんだよ! 身分わきまえろってんだよ。お前なんか、俺がハスィー様に一言言えば」

「何を言うのですか」

 ああ。

 この男、終わったかも。

 男が慌てて振り返ると、ハスィー様が立っていた。

 凄い。

 美女が怒ると、言いようがない迫力が出るのね。

 しかも、ただの美女じゃない。

 ギルドのお偉方だ。

 さらに、エルフの上にご領主様のご令嬢。

 何かもう、被害者であるはずの俺ですら、土下座して永遠の忠誠を誓いそうになるくらいだ。

 怒りの矛先が俺に向いてないから何とか耐えたけど。

 その怒りをまともに受けた男は膝が砕けたのか、俺を放して二、三歩後退した。

 あれ、腰が抜けてるな。

「あ、いや、私はただ」

「冒険者の分際で、ですか。たかが次席の分際で、マコトさんに対して暴言と脅迫とは。

 もう十分です。

 ミトヤ・フィー、退席を命じます。処分は追って通知します」

 あ、この人、ミトヤ・フィーっていうんだった。

 覚えてなかったけど。

 蒼白になった男、じゃなくてフィーさんがヨロヨロと去っていくと、ハスィー様は俺に向き直って深々と頭を下げた。

 ちょ、ちょっとハスィー様!

 廊下でそれはまずいのでは?

「マコトさん、申し訳ありません。フィーはマコトさんの立場がよく判っていなかったようです。これはわたくしの失態です」

「いや、別に気にしてませんから。でも、私の立場って『栄冠の空』のパーティメンバーですよね?(それも見習いというか、派遣だし)

 フィーさんも、別に間違ったことを言っていたわけではないのでは」

 そうなんだよね。

 実際のところ、俺もちょっと調子に乗りすぎた気がする。

 派遣の業者が正規職員といきなりタメ口叩いていたら、それは注意したくなるだろうし。

 だがハスィー様は頭を振った。

「とんでもありません。マコトさんがこのプロジェクトの要なんです。マコトさんがいなければ、このプロジェクトは立ち上がっていません」

 何それっ?

 聞いてないよ。

 俺は何をしたことになっているの!

「とにかく、ここでは問題があると思います。ちょっと失礼します」

 俺は不敬だとは思ったが、興奮して取り乱しているハスィー様の手をとって、プロジェクトの部屋に連れ戻した。

 握った手が柔らかくて震えたぜ。

 アレナさんが、ハスィー様を引き受けてくれて、デスクにつかせてお茶を振る舞っている。さすが内務担当。

 助かった。

「大変でしたね」

 いつの間にか、マレさんがそばに来ていた。

 口調が明るいぞ。

 いいのか?

「あ、フィーのことですか? いいんですよ。どうせ誰かの手先か、ハスィー様狙いのうぬぼれ屋だし」

 いやマレさん。

 フィーさんの狙いって、多分違うと思うぞ。

「でも、初日にこんな騒動を起こしてしまって申し訳ないです」

 業者だから、一応は謝っておく。

「フィーの自業自得ですから、気にしないで下さい。それより、私もマコトさんには色々と聞きたいことがあるんですよ。ハスィー様と、どのようなご関係なんですか?」

 フィーさん、一瞬でいなかったことにされた!

 しかもこの娘、ミーハーだ!

「関係も何も。ただの冒険者、いや見習いですよ。

 それより、明日からこの部屋の雰囲気が悪くなるんじゃないですか? ハスィー様にはああおっしゃって頂きましたが、俺はやっぱり身を引いた方がいいのでは」

 得体の知れないタスク・フォースとやらから脱出できるかもしれないから、ちょっと言ってみる。

 だが、マレさんは屈託なく手を振った。

「大丈夫ですよ。ハスィー様があんな言い方をした以上、フィーはもう、戻ってきません。このプロジェクトは首ですね」

 そんなはずはないだろう。

 会社組織、いや役所でもそうだけど、人事というものは直属の上司が嫌だといったくらいでは動かないものだ。

 ギルドなんて組織は、多分利権やら面子やらが複雑に絡んでガチガチになっているはずだから、現場のハスィー様が嫌いだというだけでは覆せるはずがない。

「ですから、大丈夫です。明日には、新しい次席が決まってますよ」

「……ハスィー様に、そんな権限があると?」

 だったらハスィー様って、俺が思っていたより遙かに偉いんじゃ。

 でも俺の適性検査の面接に出てきたんだよ?

 あれって現場の職員の仕事だよね?

「ご存じなかったんですか? ハスィー様は、ギルド・アレスト支部の執行委員です。今回、どうしてもということで、プロジェクトの責任者を兼ねていらっしゃいますけれど、本来ならこの規模の仕事を担当される方ではないんですよ」

 執行委員って。

 会社でいうと、執行役員。つまり取締役かよ!

 マジ?

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