11.インターミッション ~ハスィー・アレスト~
朝からバタバタと駆け回って書類に承認を貰い、ようやくプロジェクト発足の手続きを終えたハスィーは、自分用のデスクについて部屋を見回した。
まだ什器が搬入されていないため、ガランとしている。
人数がそれなりに多いし、計画と実践だけでなく調査や企画・研究まで並行して行う必要があるので、やはり定数分の机は欲しい。
総務に掛け合ったところ、中古品だが倉庫に保管されている什器を回して貰えることになったのは幸運だった。
まだ、あまり予算がついていないので、気前よく散財するわけにもいかない。実績を上げれば、おそらく天井知らずに追加予算が承認されるだろうが。
これほどやりがいがあるプロジェクトは初めてだった。
そして、わたくしがその責任者。
ギルドでキャリアを積むことについて、それほどの執着があるわけではないが、自分の力を思う存分発揮できる環境は嬉しい。
何かの祝典で挨拶するとか、他の都市からの来訪者を接待するだけで終わる毎日にはもう、うんざりしていたのだ。
「お、もう準備しているのか。張り切っているようだね」
ドアが開いて、マルトが入ってきた。
「マルト評議員。この度は、ご尽力ありがとうございました」
ハスィーは立ち上がって一礼した。
マルトは、後ろに従っている男をちらっと見て言う。
「ああ、こいつは大丈夫だ。顔を見たことくらいはあるだろう。私の片腕のジェイルだ」
「どうも。マルト商会のジェイルです」
細身の男が礼をする。
貴顕に対する、正式な礼だった。
「あ、はい。この間、少しお話しさせていただきました。……ところでおじさま、何かご用ですか?」
ハスィーの態度が突然砕けたものになったことで、ジェイルがちょっと眼を見開いたが、何も言わない。
肝は据わっているらしい。
「いや、正式にジェイルを引き合わせに来ただけだ。こいつもタスク・フォースに参加させる」
「まあ。片腕を手放して、商会の方は大丈夫なのでしょうか」
「何とかする。それより、うちとしても今回のプロジェクトに形だけでも参加しておく方が重要だ。ハスィーは、融通を利かせてくれるほど器用じゃないだろう?」
「もちろんですわ、おじさま。これはギルドのプロジェクトですから、外部勢力からの過度の干渉はお断りさせていただきます」
もちろん、戯れ言だ。
ハスィーにしても、外部の有力な組織の協力があるとないとではまったく動き方が違ってくる。
いくらマルトがギルドの評議員で、しかもハスィーの小さい頃からの家族ぐるみの付き合いだとしても、依怙贔屓するわけにはいかない。
ただし、外部協力者として要員や予算を提供してくれるのなら、話は別だ。
現在の限られた予算では、配置できるギルドの職員はギリギリだし、『栄冠の空』のような一流の専門業者を雇用するためには、金はいくらあっても足りない。
成果があがれば話は違ってくるのだが、それまでは出来るだけ無償のサービスを活用する必要がある。
改めてジェイルと名乗った男を観察する。
使えそうだ。
向こうも同じような感想なのだろうと推察する。
それに、マルトの片腕ならマコトと親しいはずだ。あの時の様子でも、マコトとは打ち解けているようだった。
あの『迷い人』を、もっとよく理解する助けになってくれるかもしれない。
「これからもよろしくお願いしますね、ジェイルさん」
握手する。
マルトは満足そうに二人を見て、「あとは頼んだ」と言い残して去った。
何となく黙る。
ややあって、ジェイルが言った。
「ハスィー様のことは、前から存じ上げております。しかし、マルトとあれほど親しいとは気づきませんでした」
「公の場では、そういった関係は出さないようにしていますから」
ハスィーはジェイルにソファーを勧め、自分はデスクについた。
「ところで、人選は進んでいますか?」
「そうですね。ギルド内の配置は決まって、今異動の最中です。ちなみに、わたくしが責任者を拝命しました」
「そうですか。ギルド外では?」
「『栄冠の空』から何人か。これは外部業者の派遣ということで、人選はお任せしています。実際の現場はこの方達に担当して頂く予定です」
「スウォークも参加すると聞きましたが」
「さすがに情報が早いですね。教団からオブザーバーとして参加したいという申し出がありました」
あれは意外だった。
どこから漏れたのか。
ギルド上層部には教団の伝手が多い。
おそらくは複数の伝達経路で教団に伝わったのだろう。
マコトの存在が。
本当に久しぶりに現れた『迷い人』。
そしてアレスト市のギルド支部がその取り込みを行おうとしていることも。
まあいい。
いずれは、こちらから協力を願い出るつもりだった。
実戦力としてはあまり期待できないが、あの情報収集力は侮れないし、公になった場合の権威付けが違って来る。
おそらく、スウォークとそのお付きが一人か二人。
予算は教団から出るはずなので、ありがたいことだ。こっちから協力を要請したら、その分も手当しなければならないところだった。
「それ以外は?」
「騎士団と警備隊から、やはりオブザーバーとして数人ずつ参加すると聞いています。これは拒めませんでした」
結構な大所帯になるが、責任者はわたくし。
指揮系統が統一されている以上、混乱することもないだろう。
問題があれば、出て行って貰うだけだ。
「判りました。私はこちらに専属で出向という形になります。ハスィー様の命令に従うよう言われていますので、いかようにもお使い下さい」
「助かります」
もちろん、マルトの眼であることは確かだが、使える人材なら文句はない。どちらにしても、マルトには情報を提供する必要があったわけで、その手間が省けてありがたいくらいだ。
さて。
プロジェクトの構成に問題はない。
あとは、マコトだ。
彼は、果たして「大変動」のトリガーたりうる存在なのか。
何をしでかしてくれるのか。
いや違うか。
彼を迎えて、わたくしたちはどうなるのだろう。
自分の名前が、ひょっとしたらソラージュのみならず、世界の歴史に残るかもしれないという期待が、抑えきれない。
願わくば、おかしな渾名ではなく、本名で。
いや違う。そんなことはどうでもいい。
それ以上にマコトのことをもっとよく知りたいという感情が溢れてくる。
恋に似た感情が。
ハスィーは、大きく深呼吸して微笑んだ。




