7.キャリアウーマン?
その後、すぐに運ばれてきた飯は美味かった。
食った後が心配になるくらい美味だった。
こっちの世界でも、高級レストランはあるんだなあ。
なお、食い終わって勘定を聞いたら、あの僧正様が払っていったと聞かされた。
正確には、そのお付きの方が迷惑料だといって、十二分な金額を置いていったそうだ。
トカゲの僧正様に奢られてしまった。
ラッキー。
機会があったら、お訪ねしてお礼くらい言った方がいいだろう。
それはあとで考えることにして、とりあえず色々あって疲れたので、店を出ると真っ直ぐに自分の部屋に帰ってすぐに寝た。
起きると夕方だったので、日課のジョギングと体操をしてから飯を食ってまた寝る。
最近、いくらでも寝られるんだよね。
毎日、鍛えるために歩いたり走ったりしているせいかもしれない。
体力がついてきたのは、自分でも判るし。
特に何も言われなかったので、翌日『栄冠の空』に行くと、ネコミミ髪のキディちゃんが元気よく挨拶してくれた。
この娘は軽くていいなと思っていたけど、昨日のことで正体が少し見えた。
まあ、あのモス代表の娘だもんな。
一筋縄で結えるはずがない。
まあ、別にどうでもいいけど。
それにしても暇だ。
というのは、ホトウさんの集合がかからないのである。ホトウさん自身は忙しそうに駆け回っているのだが、パーティメンバーは朝集まった後は解散してしまった。
何でも、それぞれやることがあるのだそうだ。
俺はどうなるのかと思っていたら、キディちゃんが来て言った。
「私たちも打ち合わせです。とりあえず、マコトさんに基礎知識を叩き込んでおけと言われました」
誰に?
まあ、モス代表か。
先行きの不安はあるが、とりあえず時給貰いながら朝から美少女と二人でお話しというのは悪くない。
話す内容が殺伐としているのが玉に瑕だが。
『栄冠の空』には空いている部屋がないというので、外出することになった。
まだ早いので店は開いていないと思うのだが、開くまではどっかその辺でやるそうだ。
やるって何を?
いやいやいや、違うからね!
『栄冠の空』を出てしばらく歩くと、ちょっとした空き地になっているところがあった。
ヤブ蚊がすごいかと思ったけど、そうでもない。
今はもう秋だそうで、そういう虫は態を潜めているらしい。
日本では春だったんだけどな。
まあいい。
ちなみに、昆虫についても地球とほとんど変わりはない。フクロオオカミやスウォークみたいな例外はあるけど、植生も動物分布も地球とほぼ同じって、やっぱ何らかの交流が昔からあったんじゃないかな。
神の意志とかじゃなくて。
キディちゃんは、適当な切株に俺を座らせると、隣に腰掛けてさっそく授業を開始した。
ラノベじゃないぞ。
そもそも、こんな状況ってラノベにすらあまりない気がする。
普通、こういう時はファミレスとかに行くだろう。
ないんだから仕方がないけど。
キディちゃんが持ってきたでかい肩掛けカバンには、大量の資料が入っていた。
大多数は子供向けの絵本だった。
ありがたい。
これで字を覚えられるかもしれない。
だがそれは本筋ではなかったらしく、キディちゃんは一通りの字の読み方を説明すると、カバンごと俺に押しつけて、後は自分でやりなさいと言われてしまった。
宿題というわけか。
確かに、考えてみれば言葉が違っても会話できるということは、字を覚えるのに発音は関係ないと言うことになる。
英語でもそうだけど、リーディングとライティングは別に誰かに講義して貰わなくても、テキストがあれば自習が可能だ。
もちろん、意味が判らない、つまり抽象的な単語については説明して貰う必要はあるけど、それは後でまとめてでいい。
絵本があれば、単語自体の意味は大体想像がつくからね。
昔読んだ古いSF? に、そういうのがあったな。
ターザンって知ってる?
ジャングルの王者という奴で、ラノベのはしりみたいな話だった。
イギリス人の一家が遭難して、アフリカだかアマゾンだかのジャングルで両親が死んでしまい、幼い男の子が一人残されてサバイバルする話なんだけど、その子は教えてくれる人が誰もいない状態で、一人で本を見て字を覚えるのだ!
いや、絶対無理だと思うけどね。
でもラノベだから(違)。
そういうわけでまず最初に宿題を出すと、キディちゃんは早速本題に入った。
「これからの話ですが、父から少し詳しく聞いてきました。昨日、ハスィー様もおっしゃってましたけど、ギルドの調整局内に臨時の部署が作られて、ハスィー様がその長をされるようです。
ギルドから何人かと、あとは『栄冠の空』を初めとする外部の派遣要員で動くことになるとか。
うちからは、まずマコトさん、それに私と数人ということで、誰になるかは今調整中です。リーダーはホトウさんだそうです」
ホトウさんがいてくれるのか。
助かった。
荒事専門の割にいい人だし、俺も慣れているからな。
眼がゴルゴで怖いけど。
それにしても、どうして俺が「初め」なんだろう。
アイテイとかいう謎な技能に期待されているのか?
そんなもんは、ないのに。
「お仕事の内容ですが、まだはっきりしていないというか、進めながら方向性を決めていくということです」
いいかげんな話だな。
そんなのでよく予算がおりるものだ。
「とりあえず、ホトウさんが担当しているフクロオオカミの問題をとっかかりにして進めていくとか」
「あれは『栄冠の空』の案件だろう? なんでギルドが出張ってくるのかな」
「もっと大きな絵があるんじゃないでしょうか。実際問題として、フクロオオカミの問題はごく一端に過ぎないんだと思います。
私たちにはよく判りませんが、ひょっとしたらギルドの支部どころか国レベルで何かあるのかもしれません」
キディちゃん、マジどうしたの?
あの受付のきゃぴきゃぴのドジさがどっかに行ってしまっているぞ。
もうキディ「ちゃん」などと呼べないなあ。
キャラがソラルちゃんと被ってきているのが残念だけど、ラノベ的な展開は別として、一緒に仕事するにはこっちの方がいい。
仕事って、結果だけだから。
どんな人だろうが何をしようが、結果的にうまくいけばいいんだよ。
そういう点からみれば、キャリアウーマン・キディ「さん」は悪くない。
はっきり言って、仕事ではドジキャラなんか御免だ。性格が多少悪くても、仕事できる人の方が絶対いい。
社会人になって痛感したね。
性格がいい無能な人が、どれだけみんなの足を引っ張ってくれるのかを。
マジで、いない方がいい人っているのだ。
もっとも、これから何をやらされるのか判らないんで、そもそも仕事に使える技能が何なのか判らないのが不安だけど。
「それならまあ、とりあえず、これからよろしく。キディさん」
そう言って手を差し出すと、キディさんはきょとんとした顔をしてから笑い出した。
「何ですかマコトさん! 私なんか『さん』付けしないでくださいよ。ハスィー様と違って、私なんか本当に小娘ですから」
「そ、そうなの」
キディちゃんって、いくつなんだろう。
自分から小娘だと言い出す人はもう、小娘じゃない気がするんだが。
「じゃあ、キディちゃんで」
「はい。マコトさん、よろしくお願いします」
握手した。
正面から観ると、ネコミミ(髪)が萌える。
カワイイ系の美少女なんだよな。
見かけの年齢は、ソラルちゃんと同じくらいか。
有能さでも同じくらいとみた。
性格については、多分ソラルちゃんの方が生真面目だと思うんだけど、別に委員長体質というわけでもない。
キディちゃんは何体質だろうな。
妹じゃないなあ。
まあいいか。
そのうち判るだろう。




