6.教団?
数人の人影。
全員がゆったりしたマントみたいなものを着ているが、一人だけ飛び抜けて身長が低い人がいた。
みんなに守られるように、真ん中に立って俺を見ている。
フードを外しているせいで、顔が見えた。
トカゲだよ!
あのスウォークというは虫類だ。
一瞬、喉切りのシーンが頭をかすめたが、努力して抑える。
今日は何という日なんだ。
「お客様?」
惚けていたら、心配そうなウェイターさんに声をかけられた。
何とか頷く。
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
ウェイターさんが少し下がりながら小さく手を振ると、真ん中の小さな人影が滑るように進んできた。
二足歩行だ。しかも、やたらに安定している!
どういう進化を遂げたんだろう?
他の人たちは、心配そうにこっちを見ているけど、動く気配がなかった。
このスウォークさんがリーダーなのか。
ウェイターさんが俺の向かいの椅子を引いて、スウォークが腰掛ける。
シッポとか、どうなっているんだろう。
ウェイターさんは一礼して去った。
注文は聞かないでいいのか?
俺は、とりあえず興奮を静めようと、いつの間にか出ていたコップを煽った。
水だ。
「同席をお許し頂き、ありがとうございます」
甘い声がした。
美少女?
「いえ、とんでもないです」
反射的に声が出ていた。この辺りは、俺もサラリーマンだな。
会社員というものは、ある種のシュチュエーションに遭遇すると、自動的に正しい行動を取るように調教されている。
例えば、いい顧客になりそうな人と偶然出会った場合とか。
上司や、上司筋に当たる人に遭遇した時とか。
目の前に座ったトカゲは、どうみても俺の上司、もしくは上位の存在だった。
サラリーマンは肩書きである程度は威圧感が出るけど、それなしで自然と身体が引き締まるような人はめったにいない。
でも、たまにはいるんだよね。
地位に関係なく、この人は偉いと直感する相手が。
大抵の場合、そういう人は実際にも偉いんだけどね。大企業の役員とか、大学の教授とか。
同じ経営者やテレビに出ているような学者でも、全然そんな風に感じない人もいるから、あれが多分カリスマというものなんだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺は、向き合っているトカゲから明らかな威厳、といっていいのか、人生の先輩とでも言えるような感触を受けていた。
「ヤジママコトですね」
疑問形ではなく、確認するような口調で言われて、俺は思わず頷いた。
現実とは思えない。
初めて、ここが地球じゃないという事実を確信した。
着ぐるみでは有り得ない。
トカゲの頭は、人間の頭が入るほど大きくなかった。身体も細くて、肩がない。
胴体からそのまま腕が生えているのだ。
ただし、身体全体はマントを着た上でぴっちりとした服に覆われていて、中がどうなっているのかは判らなかった。
いや違う。
俺は見ている。あの時、喉と腹を切られたスウォークは裸だった。
「はい」
「なぜ、あなたの名前を知っているのか不思議と思われるでしょうが、答えは簡単です。
とある人物から、あなたのことは聞いていました。いずれはお会いしたいと思っていましたが、その願いが叶いました」
目を閉じて聞くと、アニメ顔の美少女が話しているとしか思えない、甘くて高い声だ。しかも、言葉を話しているというよりは、何か唄っているような音楽的な響きだった。
これって、多分マルトさんたちが話している言葉とは、根底から違う言語なんじゃないか。
つまり、スウォーク語か。
「ある人とは?」
「いずれ判ることです。それより、あなたにお尋ねしたいことがあります」
人間の論法とは少し違う、一直線に切り込んでくるような話し方だ。
ロジックが優先されているのだろうか。
感情がないわけじゃなさそうだけど、やはりほ乳類とは感性が別なのかもしれない。
俺は改めて覚悟を決めて、正面のスウォークを見た。
疲れているけど、そんなことは関係ない。
まさか現実で、こんなSF的な状況に遭遇するとは思わなかったな。いや、異世界転移自体がもう、非現実なんだけど。
スウォークは続けて言った。
「あなたは、何を目指しますか?」
何だ?
何を言いたいのだろう。
そもそも、俺って何かを目指していたのだろうか。
全然思いつかない。
人間の論理とは違うのかもしれないな。
「お応え下さい。ヤジママコト、あなたは何を目指しますか?」
焦れたわけではないだろうが、黙っていると繰り返された。
ここは、何か言うしかあるまい。
「あの丘の向こうを」
いかん!
こないだ読んだラノベの決め台詞を言ってしまった。
カッコ良すぎるだろう!
それに、意味不明だ。
なんでこんな言葉が出てきたんだ?
そうか、思い出した。これ、フクロオオカミのツォルさんが言った言葉だ。
というか、その想いだ。
痛い。
痛すぎる!
厨二丸出しではないか!
「判りました」
スウォークは、短く言うと立ち上がった。
そして、俺の顔を見て言った。
「いつでもおいでください」
すうっと去っていく。
そしてお付きの人たちの間に混ざると、そのまま店を出て行ってしまった。
何だったんだ?
おいでくださいって、どこに?
俺が混乱していると、ウェイターさんが話しかけてきた。
「あの方がどなたか、ご存じないのではございませんか?」
「あ、はい。こっちに来たばかりで」
「これは失礼いたしました。あの方は、『大地の恵み』教団のラヤ僧正猊下でございます。本日はたまたま、こちらにいらしておられたようです」
何だよそれ。
ちょっと待て。
聞いたことがあるぞ。大地の恵みとか天空への感謝とか。
教団ということは、宗教なのか。
「僧正様でしたか」
俺に僧正って聞こえるということは、仏教系かな。
キリスト教だと教皇とか法皇とか、あるいは枢機卿とかになるはずだし。
ラノベの場合は、なぜか圧倒的に西欧風の宗教が多いので、てっきり法皇とか司祭とかが出てくると思っていたけどなあ。
僧正って、どれくらい偉いんだろう。
自分で翻訳しといて、いいかげんだな魔素。
「普段は帝国の本拠地におられるはずですが、何かあったのやもしれません。あ、いや、お客様の動向を邪推するなど、僭越でございました。お忘れください」
そう言って引き下がっていったウェイターさん、あんたこそ怪しさ爆発だよ!
一体、どんなポジションにいることやら。
それにしても唐突な登場と退場だった。
誰が何の目的で、俺をどうしようとしているのだろう。
わからん。
そもそも、俺は今日偶然、この店に立ち寄っただけのはずなんだが。
嫌だなあ。
トカゲの僧正様に、厨二な話をしてしまったし。
何か変な風に思われたんじゃないのか。
いや、だったらいつでも来いとかは言われないか。
この話、マルトさんにしておいた方がいいかな。
精神的に、疲れた。
それにしてもあの僧正様、声だけアニメ美少女って(笑)。




