3.サーカス?
『栄冠の空』でまったり派遣社員やっていればいいと思っていたところに、とんでもない話が来てしまった。
タスク・フォースって、もちろんハスィー様はその通りの言葉では言っていないだろうけど、つまり俺の理解ではそれに相当するような仕事というわけだ。
タスク・フォースって何だったっけ。
確か、アメリカの軍事用語だったような。
というようなあやふやな理解しかしていない単語に翻訳されるんだから、それっぽい何かなんだろうな。
最近気づいたんだが、最初の頃によく出ていた会話の中の○▲■というような伏せ字が出なくなっている。
あれ、俺の中にある概念に相当しない単語を(魔素が)伏せ字にしているんだと思う。
それがなくなってきたということは、多分「曖昧検索」機能が発達してきたってことだろうな。
曖昧検索とは、100%合ってなくてもとりあえず検索してみる、という機能だ。グーグル先生の機能にもあるけど、ちょっとズレているなあと思えるようなものも合致したことにして表示する。
魔素翻訳も、多分少しは違っているかもしれないが、とりあえず俺の知識の中で一番近い概念なり単語なりに置き換えて聞こえるようになってきているのだろう。
タスク・フォースね。
プロジェクトと合わせて出てきたということは、多分「特定の目的で臨時に結成されたチーム」という所だろうな。
フォースとついているのは、企画や立案だけでなく、実際の行動を伴うということだ。
具体的には、あのフクロオオカミさんたちに直接会いに行くとか。
嫌だなあ。
でもまあ、仕方がない。
俺には後がないからな。
それに、ギルドの担当がハスィー様なんだぞ。
まさにラノベではないか!
不気味なくらい、うまくいっているような気がする。まあ、そんなに全部が美味しい話ではないとは思うけど。
あ、それから魔素翻訳の機能についてもう一つ。
どうも、固有名詞はそのまま聞こえるようになっているみたいだ。
さっきの国の名前とか、そのまま聞こえたもんな。最初の頃みたいな、何とかして言葉の意味をこじつけようとする努力の跡が見えない。
魔素も手抜きをするようになったのかな。
というよりは、俺の脳が魔素になれてきたというべきなのかもしれない。
「ところでハスィー様、プロジェクトの詳しい所は私もよく知らないのですが、出来れば教えていただけますか?」
ジェイルくんが尋ねてくれた。
ハスィー様は諦めたのか、もう「様」付けに文句を言うこともなく、淡々と説明してくれる。
「そうですね。ここにおられる方たちは、全員身内のようなものですから、知る権利はあります」
ハスィー様は、カップを取り上げて一口飲んでから続けた。
「もともとは、『栄冠の空』のモス代表から申し出があったことなのですが、先日行ったクエストで、『栄冠の空』のパーティリーダーとフクロオオカミの間で、興味ある同意が成立したそうです。
といっても、まだ提案に過ぎないとのことですが。
その提案について、ギルドで実現可能性を確認すると同時に、フクロオオカミ以外の野生動物についても拡張出来ないかを検討するためのデータ集めを行います」
判りにくいなあ。
そもそも、俺はその場に立ち会っていたけど、そんな提案や同意ってあったっけ?
ええと、あの時俺がドリトル先生とかの話をしただけで、結局はホトウさんが力業でツォルさん【フクロオオカミ】を納得させたと思うけど。
別にそんな画期的な進展があったようにも思えなかったけどなあ。
「その同意というのは?」
「フクロオオカミを、一定の条件でギルドなり他の機関なりで雇用する、というものです」
ええっ?
そんなの有り?
あー! ドリトル先生の話を鵜呑みにしたのかホトウさん!
あれはファンタジー、というよりは童話だよ!
そんなの、うまくいくはずないじゃん。
会話が出来るといっても、フクロオオカミは野生動物だぞ。そんな、契約なんか結べるわけが……あ、いや、ツォルさん【フクロオオカミ】は結構抽象概念を理解していたっけか。
遠くに行きたいなんて、動物が考える事じゃないし。
混乱する俺を尻目に、ハスィー様とジェイルくんは真剣に討論していた。
キディちゃんは口を挟まず、それでも熱心に聞いているようだ。
「フクロオオカミの雇用ですか。そんな例がありましたでしょうか」
「ギルドの記録を調べたところ、ずいぶん昔ですが、戦時中に軍が野生動物を利用した、という例があったようです。
ただし、それが契約によるものなのか、またどの程度まで深い関係だったのかについては不明です」
「そうですか。前例があったと」
「でも、それは当時の軍の将軍が個人的な友誼で野生動物に戦闘行動のサポートを依頼したというような話で、とても正式な契約とは言えなかったと。事実、戦いが終わると関係が消滅したようですし」
へえ。
あったのか、そういうのが。
ラノベだと、主人公が友好的な魔物と契約を結ぶのはパターンと言ってもいいんだけどな。
フクロオオカミは魔物じゃないしな。
大体、ラノベの場合は魂の契約とか召還とかそういうチートで、今回みたいに雇用契約を結ぶというような話じゃないし。
僕と契約してギルドの奴隷になってよ、というのとは違うか。
そもそも、フクロオオカミなんか雇ってどうするつもりなんだろう。
ドリトル先生でも、よく覚えてないけどサーカスくらいしか仕事がなかったような気がする。
あとは通訳かな。
でも、こっちの世界ではある程度の知性がある動物となら、みんな意志が通じ合えるわけだから、通訳なんていう仕事は成立しないぞ。
あ、そういえば文字通り、通訳という概念自体がないのか、こっちでは。
だって、誰でも言葉が話せれば会話が通じるんだもんな。もちろん、俺とソラルちゃんみたいに、お互いの常識が違うと噛み合わない所は出てくるけど、それでも基本的な意志の疎通は可能だ。
あー、だけど、確か「会話が出来ないと魔素が通じない」とも聞いたな。
すると、フクロオオカミやボルノさん【馬】は、会話が出来るだけの知性があるのか。
つまり言語があるということで。
まあ、猫や犬もどうみても猫語や犬語をしゃべっているから、多分あるんだろう。バウリンガルとかもあったし。
馬語とか狼語って、やはり別の言葉なんだよな。
それにしても凄い話だなあ。
って、他人事じゃないか。
まさに俺自身が巻き込まれている最中だったりして。
悩む俺をそっちのけにして、ハスィー様とジェイルくんの討論が続いていた。
「プロジェクトの方針は、もう固まっていますか?」
「『栄冠の空』の具体例がありますので、まずはそれが可能かどうか検証することになっています。
さらに、どのような契約が可能なのか、また可能だとしても実際にやっていただく仕事があるかどうか、という所から調査・検証ですね」
先が長そうだな。
油断していたせいで、ついうっかり口を挟んでしまった。
「あー、ドリトル先生は確か動物をサーカスなんかで雇っていたはずですよ。あと考えられるのは、狩りの時にサポートして貰うとか、商隊の護衛として雇うとかですか」
ハスィーさんとジェイルくんは、虚を突かれたように俺を見ている。
「SaakkAs? それは一体」
「商隊の護衛……?」
「あ、気にしないで下さい。ちょっとした思いつきですから」
慌ててフォローしたけど、遅かった。
「サーkkasu……。何となく判ります! 動物の皆さんが芸をするんですね? そしてそれを大勢の人に見せてお金を稼ぐ!」
判るのか、キディちゃん。
俺は、君を見くびっていたのかもしれない。
「芸を……」
「いや俺の世界での事ですから。こっちには、そういうものはないんでしょう?」
「ないからこそ、可能性があります! そうか、そういうことか!」
ジェイルくんよ、なんでそんなに興奮しているんだ?
君にはあまり関係がない話だと思うぞ。
ついでに言えば、俺にも関係がない。
サーカスって、俺なんか見たことすらないぞ。
「Saaカス……わたくしにも見えてきました。なるほど、そうですか。娯楽なのですね。
確かに、今の社会にはそういうものは存在しません。禁忌に触れるかもしれないので、誰もやろうとはしていなかったはずです。
ですが、契約としてならば!」
ハスィー様も、落ち着いてください。
お茶が溢れてますよ。




