15.公子公女?
ある程度落ち着いた所で、やってきたロッドさんやシイルに「マコトさんはもうお休み下さい」と言われて宿に追いやられた。
騎士団や狼騎士隊は警備任務があるから、まだまだ休めないというのになあ。
「交代で寝ていますし、明日の会議には出ませんので休めます。
マコトさんは明日が本番なのですから、ここで休んでおかなくては駄目ですよ」
シイルに言われてはしょうがない。
狼騎士隊にアレサ殿下が当たり前の顔をして混じっていたけど、ララエ公国公女が会議に出なくていいのか?
「私はもう狼騎士隊の一員ですから。
ユランの許可は貰っています」
さいですか。
まあ、今のアレサ殿下は政治的な立場にはいないからな。
逆に言うと、ここで公女でございと会議に顔を出したらややこしいことになるかもしれない。
せっかくユラン公子殿下の元にまとまっているララエ公国が混乱してしまっては本末転倒だ。
そういうことだね。
ところで気になっていたんだけど、ユラン公子殿下やアレサ公女殿下の肩書きって「公子/公女」でいいのか。
ハスィーも対外的には「ハスィー・アレスト伯爵公女」と呼ばれていたような。
部屋に戻ってシャワーを浴び、寝る前にリビングで寛ぎながらハスィーに聞いてみたら、すぐに答えが返ってきた。
「わたくしやラナエの『公女』は単なる敬称です。
『マコトの兄貴』と同じようなものだと考えてよろしいでしょう」
そうなのか。
それにしてもアレを持ち出すとは、傾国姫も結構砕けてきたな。
俺の嫁になってかなりたつから当然だけど。
でもクスクス笑いながら言わないで欲しい。
「つまり、マナーとして呼んでいるだけで意味はないということ?」
「意味はないこともないです。
あまり良い説明ではありませんが、公子・公女がつくことで、その者が貴族家の正統な立場にいることを示すことになります」
「ああそうか。
正統じゃない立場で貴族家の人もいるのか」
例えばルリシア殿下のようなお立場か。
殿下の場合は認知されているので「王女」だけど。
それがないとしたら、貴族家の者でも公子公女はつかないと。
「単なる習慣でもあります。
呼ぶときにつけなければならないというものではありませんが、貴族家の者に話しかける時に敬称をつけないと、おかしな意味に取られかねません。
それが許されるのは特別な立場の者だけですから」
「『殿』や『様』は?」
「そう呼んだ者との関係が取り沙汰されることになりますね」
そういうことか。
俺が平民だった時に呼んでいた「ハスィー様」は、平民が貴族の令嬢に呼びかけているんだから当たり前だった。
だけど、貴族家の者が貴族でもない人に「様」とかつけて呼んだら勘ぐられるだろうな。
トニさんなんか、自分も貴族家出身なのにハスィーに「様」をつけて呼んでいるから、ああこの人はアレだなと認識されてしまっている。
本人がそれでいいのならいいけど。
逆に、前に聞いたけど貴族家の者を呼び捨てに出来るのは親戚や婚約者などのごく近しい立場の者だけらしい。
俺が結婚前からハスィーを呼び捨てにしているのはそうするようにハスィー自身に強要されたからだけど、あれは婚約者であるということを強調したいからだったのか。
まあいいや。
「貴族の場合はいいとして、ユラン公子殿下やアレサ公女殿下は?」
「この場合の公子公女は、正式には『大公子』および『大公女』ですね。
呼びにくいし、別の意味にとられかねないので省略しています。
ソラージュ王国やホルム帝国の王族・皇族が王子王女や皇子皇女と呼ばれるのと同様で、正式な身分になります」
なるほど。
「アレサ公女」って、そのまま身分なのか。
王女や皇女は何となく納得できるんだけど、公女って何か一段落ちるような印象があるなあ。
「ララエ公国、正式にはララエ大公国連邦には王も皇帝もいません。
支配者の身分は『大公』ですが、これが複数人いるので王や皇帝ではありません。
単独の最上位が存在せず、合議制をとっているためですが、身分的には王や皇帝の下というわけではないということです。
一国の統治者であることには違いありませんから」
「だから公子や公女も王族・皇族と同等に扱われるんだな。
判った。
ありがとう」
ハスィーは微笑んでくれた。
それだけで部屋の輝度が違ってくる気がするんだから凄いよね。
いい嫁貰ったなあ。
それはともかく、ララエ公国もそれなりの悩みを抱えていることは判った。
エラ王国はルミト陛下が絶倫過ぎて王族が溢れていたけど、ララエ公国は大公家が多すぎてやはり公族が溢れているのか。
逆にソラージュ王国は王族が足りなくて困っているわけね。
ほどほどというわけにはいかないのか。
俺はふと気づいて聞いてみた。
「そういえば、こっちの世界でも王女や皇女がよその国に嫁いで同盟を組んだりするの?」
「あまり聞きませんね。
というのは、血筋による縁戚関係など実に脆いものだからです。
そもそも嫁に行ったり婿入りしたりするということは、実家から切り離されて完全に入った家の者になるということを意味します。
二心あったりしたら、たちまち離縁されてしまいます」
あー。
これも魔素翻訳のせいか。
俺と違って内心がダダ漏れになるようなことはないけど、長い間にはどうしても本音が漏れるからな。
嫁ぎながら実家に心を残していたりしたら、いずれはバレる。
裏切りとか外柔内剛とかが出来にくい世界なのだ。
在地の草なんかも難しい。
ある意味単純化された世界で、真実はいつもひとつなわけね。
頼れるのは「力」のみか。
「そんなことはありません。
マコトさんがご自身で示して下さっているではありませんか。
信頼や思いやり、皆をより良い方向に導く心といったものも大きな力を持ちます。
だからこそ、わたくしたちはマコトさんについていくのです」
ハスィー、よく判らないけど君は誤解していると思う。
俺はそんなご大層な奴じゃないし、そもそも何か信頼されるようなことをした記憶もない。
ただ挨拶して書類にサインしていただけなんだよ。
本当の力は俺の嫁を初めとするみんなが持っているのだ。
でもまあいいか。
信頼してくれているんだったら、せいぜい裏切らないように頑張るしかないし。
ハスィーが無言で俺の胸に飛び込んで来たので、やっぱりヤッてしまった。
俺、色ボケし始めているんじゃない?
疲れていたのでぐっすり眠り、いつものように夜明け前に起きて、俺に抱きついているハスィーを起こす。
最近俺の嫁は寝相が改善されてきている。
あまりベッドが落ちなくなったし、起きたときにしがみつかれていることも減った。
せいぜい、俺の腕を抱え込んだ姿勢で寝ているくらいで。
抱き枕か何かと間違えているのかもしれない。
それを言うと真剣に悩むので黙っているけど。
朝練から戻ってシャワーを浴び、宿の使用人に案内されて食堂に行く。
この宿は現在ララエ公国が丸ごと借り上げた形になっているので、食事もまとめて提供されているらしかった。
こっちの世界の常識では宿と食堂は別なんだけど、辺地の宿には食堂がついていることが多いんだよね。
周りに他に何もないから。
「実は、ララエ公国側からセルリユ興業舎に依頼があって、食事関係はこちらで仕切っています。
ホテルの料理人も一時的にセルリユ興業舎の配下として動いて貰っています」
ソラルちゃんが教えてくれたけど、野生動物の皆さんの食事を含めてセルリユ興業舎が面倒を見ている形なのだそうだ。
シルさんもいるのだが、あくまでオブザーバーの資格で参加しているし、機動力がない。
ララエ公国側は言ってみればお役人の集団以上のものではないので、やはり飯なんか用意できない。
ララエの騎士団は分遣隊でしかないので駄目。
その点、セルリユ興業舎は行った先でイベントを開けるくらいで対応能力は十分あるからね。
ヤジマ商会の関連会舎を通じて食材の取り寄せや購入交渉などもできるらしく、重宝されているらしい。
「これ、実は画期的な商売です。
商社機能が実業部隊と一緒に動いているようなものなので。
まあ、これだけの人材と設備を動かしている以上、単体で見たら大赤字なんですけれどね」
それはそうか。
物凄いマンパワーを注ぎ込んでいるわけだしね。
でもヤジマ商会の仕事としてみれば採算が取れていると。
「サーカス巡業団を動かすためのノウハウの蓄積だと考えれば、それだけでペイします。
さらに、多少強引ですがソラージュ以外の国にも商圏を広げているわけで、費用対効果で考えたら驚異的ですよ。
しかもララエ公国政府にも恩を売れる。
マコトさんが動くだけで、これだけのビジネスチャンスが生まれるんですから」
ソラルちゃんは呆れたように言ったけど、それ、俺は何も関わってないからね。
みんなセルリユ興業舎の人たちがやったことでしょ?
「そう思いたい気持ちは判るが、マコト殿もそろそろ自分の立ち位置を自覚したらどうかの?
動けばそれだけで技となるのじゃよ。
もっとも、その自覚なしでこれだけの成果を上げておるのだから、あまり関係ないかもしれんが」
カールさんが無責任に言って、みんなが頷く。
つまり、俺は人形でいいと?
「そんなことはありません。
今までだってマコトさんはご自分の意思で状況を切り開いて来ました。
何をお考えでもよろしいのですよ。
わたくしたちはついて行きますから」
ハスィー。
重いよ!




