2.偵察行動?
夕食の時間になっても斥候隊からの連絡は入らなかった。
それはそうだ。
地球の映画じゃないんだから、そう簡単にストーリーが進展してたまるか。
こっちは全部人力と野生動物力だからな。
夜間偵察も難しいだろうし。
暗視装置やGPSがあるわけじゃないから、鳥さんたちも夜は飛べないし、地上を行く者達も著しく速度が落ちる。
ロッドさんも夕食の場に出てこない。
人間は夜も働いているのか。
驚いたことにはアレサ様もいなかった。
「アレサ様なら、早速狼騎士隊と一緒に行動していらっしゃいますよ」
ヒューリアさんが報告してくれた。
「もう?」
「はい。
狼騎士隊を含む野生動物部隊は自給自足体制ですので、お仲間に加わって楽しそうに料理を手伝っておられました。
もう狼騎士隊の騎乗服に着替えていらしたので、違和感なく混じっておられます」
何と。
つまりよほどあの雰囲気というか状況に馬が合っていたわけか。
そういえば狼騎士隊って同じ年頃の女の子ばっかだし、身分をとやかく言う人もいないからな。
隊長のシイルなんか街の出身で家名もなかったのに、立派な家や貴族家出身の部下たちとうまくやっているくらい自由な雰囲気だから、アレサ様にとっては極楽だろう。
あと心配と言えば体力か。
朝のジョギングでヘバるようじゃ、狼騎士隊ではやっていけないと思うけど。
そんな心配が頭をよぎったが、それはアレサ様の問題だからね。
俺が心配しても始まらない。
頭を空っぽにして、とりあえず食事に集中する。
やたらに美味い。
聞いてみたら、俺に褒められて舞い上がった料理長さんがハッスルしたらしい。
素材からして昨日とは違っている。
いいのか?
赤字になるぞ?
「実は、その分の経費はヤジマ商会が持つということで話をつけました。
ララエ公国の方々にも好評ですので」
見ると、騎士団長さんたちやユラン公子殿下のグループも美味しそうに食っている。
またヒューリアさんか。
こういうさりげないサービスで相手を取り込むんだよね。
何かジェイルくんに似てきているな。
彼は万能型で何でも出来たけど、特にこういった気配りが凄かったからね。
俺が知らないうちに何でもやってくれていた。
ヒューリアさんもそれと同じ体質になったらしい。
「これだけマコトさんのおそばでやり方を拝見させて頂ければ、嫌でも覚えます。
ジェイルさんもそうだったのでしょうね。
師匠が偉大だったと」
違うから。
ジェイルくんは最初から優秀だったし、更に出来るようになっただけだよ。
師匠がいるというのならユマさんやラナエ嬢だろう。
「技術的な部分はそうかもしれませんが、もっと奥にある核はマコトさんです。
ジェイルさんだけではありません。
マコトさんに出会ってから、みんな変わったではありませんか」
「そうです!
私も!」
いやルリシア殿下、あなたは変わってないと思います。
でもそうか。
つまり俺は触媒なわけね。
俺自身は変化しないけど、俺に触れた人は変化してしまう。
なんか軽小説でよくある魔石か何かのようだ。
「そういう意味では……まあ、いいです」
ヒューリアさんが何か諦めたような表情で引き下がった。
うん。
優秀なサラリーマンは上司には逆らわないんだよね。
その代わり好き勝手やる。
俺が上司なのは片腹痛いけど、まあ自由にやって下さい。
ところでいつもは絡んでくるハスィーは俺の隣で素知らぬ顔をしていた。
聞き耳は立てていたみたいだけど、何か意見はないの?
「特には。
わたくしにとっては自明の事ですので、あえて口を挟む必要性を感じませんでした」
さいですか。
どうも俺の嫁の行動原理が読めないな。
最近は特に。
ロロニア嬢が絡むといきなり攻撃的になるんだけど、それ以外は基本傍観の構えだ。
何かあった?
「さすがはマコトさん。
お判りになりますか」
「いや判らないから聞いているんだけど」
「まだはっきりしないので。
そのうちお知らせします」
ハスィーが俺に秘密を持つとは考えにくいんだけど、やっぱり女性だから事情があるんだろうな。
まあいいか。
そのうちに教えてくれるだろうし。
そんなことを考えながら食事を終え、部屋に戻ってハスィー先生の貴族マナー講座を受講しているうちに夜も更けたので寝る。
いや、そんなに毎日はヤらないよ?
ハスィーもちょっと気が乗らないみたいだったし。
翌朝も夜明け前に起きて朝練だったが、朝飯を食っていると吉報が入った。
「ララエの野生動物と接触できました。
それだけでなく、ヤジマ大使閣下を探している群れの長老方にお越し願えることになりました」
ロッドさんの報告に、ララエ公国の皆さんが色めき立った。
そんなに簡単に見つかるとは思っていなかったんだろうな。
しかも長老級の方が自ら来てくれると。
これは人間で言えば国王とまではいかないが、貴族が自分から会いにやってくるようなものらしい。
野生動物の長老って、単に群れのリーダーなのかと思っていたら違うのだそうだ。
アレスト市ギルドがフクロオオカミのマラライク氏族と協定を結び直した時は、氏族の長老が儀式に来てくれていたからギルドの執行委員クラスの権限はあるだろうな、と思っていたんだけど。
「野生動物は繋がっていますから。
マラライク氏族の長老は、単にフクロオオカミの一氏族のリーダーというだけでなく、フクロオオカミ全体を代表して協定を結んだことになります。
逆に言えば、そのような重要な決定は一氏族の長老が独断で決めて良いものではないんですよ。
あらかじめ動物会議で根回しされていたはずです」
そうなのだ。
ツォルの暴走も、実はフクロオオカミ全体の合意を得てマラライク氏族の長老が黙認していたらしいのだ。
もちろん、それで成果が上がるかどうかは判らなかったはずだ。
ツォルだけとは限らない。
多分、似たような事情の若い連中が色々やっていただろう。
ツォルが最初の突破口になったのは偶然だが、その後のアレスト興業舎との関係が偶然を必然に変えたらしい。
「野生動物から聞いたのですが」
ロッドさんは声を落とした。
「実は、既にアレスト興業舎の調査員がララエにも入り込んでいます。
ララエ公国に分布する野生動物たちと接触を図っていて、セルリユ興業舎やマコトさんの事も知れ渡っているそうです。
だからいきなり接触を求めてきたわけです」
それはちょっと、まずいのでは?
「アレスト興業舎には任せられないの?」
「調査員には権限がありませんからね。
シルレラ舎長なら直接長老クラスとやりとりできるはずですが、あいにくここからではアレスト市は遠すぎます。
困っていたところに、マコトさんが近くにいらっしゃるということを聞き込んだ野生動物が動いたというところでしょうか」
益々判らなくなってきたぞ。
一体、何がトリガーなんだろう。
俺、ソラージュ本国政府の命令でララエに来させられたはずなんだけど、その原因となった野生動物の動きはそもそも俺と会うためのものだったって?
因果関係が狂ってない?
「誰かが後ろで糸を引いているのかもしれんの」
カールさんが楽しそうに言った。
アンタが一番怪しい気がしますが。
「わしは無関係じゃよ。
野生動物にはコネがなくてな。
わしはもっばら人間相手じゃ」
人間にはあるんですね?
いやいいです。
知りたくないです。
「良いではありませんか。
向こうから来て下さるのでしたら、待っていればいいだけです」
ハスィーはまったく慌てていない。
何か変わった?
ここ数日、どうも違和感があるんだけど。
「秘密です」
さいですか。
例によって俺には何も出来ないので宿でまったりすることにする。
ロッドさんの話では先方の到着は数日後になるらしい。
ややこしくなるから俺は今居る場所から動かないでくれと言われてしまった。
それに伴ってララエ公国側では急遽準備にかかったようで、騎士団から伝令が出て何やらやっている。
セルリユ興業舎も野生動物の長老を迎えるための準備で忙しそうだ。
何か式典でもあるのか?
ていうか、長老が俺に会いに来るだけなんじゃないの?
「アレスト市でも協定を結び直す時に儀式をしましたよね?
あれと似たようなことになるようです。
私は専門外なのでよく知りませんが」
ロッドさんが逃げた。
その替わりと言っては何だけど、エラ王国からソラルちゃん率いるセルリユ興業舎北方派遣隊の分遣隊が追いついてきてくれた。
「マコトさん。
また何か凄い事をやりました?」
失礼な。
その挨拶はないでしょう。
俺は何もしてないよ!
「冗談です」
馬車隊を率いるソラルちゃんは、たちまち実権を掌握すると動き出した。
まだ二十歳くらいだよね?
物凄いスピードで成長しているなあ。
感心して眺めていたら聞かれた。
「狼騎士隊に混じっているあの女の子、誰なんですか?」
ララエの公女様だよ!




