23.リクルート?
変な風に注目されてしまった昼飯が終わり、俺は努めてさりげなく部屋に戻った。
ハスィーも一緒だ。
もう泣き止んでいてご機嫌だった。
そんなに嬉しかったの?
「もちろんです!
マコトさんにあんなに想って頂けていたなんて、嬉しくて叫びだしそうです!」
「ハスィーは俺の恩人だし、奥さんなんだから当然でしょう。
でもみんなの前でバラして恥をかかせてしまったみたいでご免」
「とんでもない!
何度でもお願いします!」
いや駄目だろう。
公衆の面前で自分の妻に惚れていると連呼して平気なほど、俺は熟れてないんだよ。
まあ、ハスィーがどうしてもと望むのなら吝かじゃないけど。
「お待ちしています!」
後でね。
午後になってもまったりした時間が続いた。
さすがに眠気は去ったので何かしようとしたけど、やることがない。
暇つぶしにハスィー先生の貴族マナー講座を受講したり、俺の厨二的必殺技の練習をしたりしていたが、飽きてしまった。
「ちょっと出てくる」
「お供します」
これはハスィーね。
ハマオルさんたちはデフォルトだから。
ちなみに俺たちがまったりしている間にも、ハマオルさんは結構忙しく動き回っていた。
時々配下の者らしい人が部屋に来て報告したり、ハマオルさんが指示したりしている。
やっぱ警備の指揮はこの人が執っているんだろうな。
俺は知らんけど。
「ハマオルは、ヤジマ警備では相当高い立場にいるようですよ」
ハスィーが教えてくれた。
「そうなの?
でも役員名簿には載ってないみたいだけど」
サインするだけの俺だって、一応報告書は読んでいるのだ。
ヤジマ商会の主要な配下企業の役員名簿にも目を通している。
男が多いので覚えられないけど。
ていうか、そもそも名前だけでは女性だったとしても記憶に残らないからね。
こっちの名前って、どっちか判らない人も多いし。
でもハマオルさんが載っていたらさすがに見逃すはずがない。
「セキュリティの都合上、公になっていない者もいるようです。
ヤジマ警備は『ヤジマ企業体』全体の警備を担当していますので」
そうなの!?
いや、すみません。
会長がそれを知らないってのはやっぱ問題だよな。
副会長であるハスィーはすべて把握しているわけだし。
「わたくしはマコトさんの秘書ですので。
お忙しいマコトさんがちょっと取りこぼした情報をカバーするのもお役目です」
ハスィーは真面目に言うけど、そのカバーする範囲は途轍もなく広いんだろうな。
というよりは、全部と言った方がいいかも。
俺の仕事に支障が出ないのは、ハスィーやジェイルくんやラナエ嬢たちが面倒くさい事を事前にすべて片付けてくれているからだ。
書類にサインするだけで会長なんかやっていられるはずないだろう!
まあいいか。
俺の嫁と大番頭に任せておけば大丈夫だ。
外出着に着替えて部屋を出ると、ハマオルさんやリズィレさんが先導してくれた。
その他にも、視界の隅にちらちらと動きがある。
あいかわらず警備体制が凄いな。
もはやあまり気にもならないけど。
俺、もうサラリーマンに戻れないかも。
周囲の動きを無視するようになってしまったら、会社員なんか出来るはずがない。
どっちにしても俺を正社員として雇ってくれる会社なんか、もうないだろうしな。
「やりようによっては可能でしょう。
主殿」
ハマオルさんが話しかけてきた。
この人、結構気配りが利くから俺の気分に応じて戯れ言にもつきあってくれるんだよね。
「出来るの?」
「はい。
配下企業の中から適当なものを選ぶか、またはどこかの会舎をヤジマ商会で買収して、主殿は身分を隠して入舎すれば良いかと。
長期出張が多いお立場につけば、ヤジマ商会の会長職や親善大使職との併用も可能です」
いや。
昭和時代のサラリーマン小説じゃないんだから。
安っぽい軽小説でもない。
可能かもしれないけど単なるお遊びだよね。
貴族だってそんな馬鹿なことはやらないだろうし。
ていうか、そもそも俺って舎員として就職しても、手に職がないからすぐに首になってしまうだろう。
ハマオルさんもハスィーも笑っているし、もちろん戯れ言だよね。
でもちょっと気が晴れた。
出会った宿の使用人たちが硬直して頭を深く下げるのをスルーしつつ、俺は駐馬車場に出てみた。
セルリユ興業舎北方派遣隊の馬車が並んでいるけど、人や野生動物たちの姿は見えない。
と思ったら、奥の方から吠え声やざわめきが聞こえてくる。
「ここでは人目につきやすいため、裏に回しました」
ハマオルさんの先導でそっちに向かうと、見慣れたフクロオオカミの巨体を先頭に多種多様な野生動物たちが屯していた。
人の姿も見える。
斥候に出たんじゃなかったの?
「あ、マコトさん!」
シイルか。
目敏く俺を見つけて駆け寄ってくる。
隊長なのに軽いな。
「どうしたんですか?
何かご用でも?」
「いや、用というわけじゃないんだが。
それより斥候に出ていたんじゃないのか?」
「今は索敵段階なので、偵察班が出動しています。
近場はヤマコヨーテやソウゲンギツネなどの山岳班で、遠距離は航空部隊ですね」
おい。
何か、言葉がどこぞの司令官みたいな言い方になっているんだけど。
しかも内容がもう小隊指揮官というレベルじゃないぞ。
統合軍くさい。
狼騎士隊ってフクロオオカミだけじゃないのか?
「もちろんそうですが、ボク……私は野生動物部隊の指揮も兼任していますので。
実際にはロッドさんの代行ですけれど」
シイル、まだちょっと地が出てるな。
それはともかく、もうすっかり管理職だなあ。
というよりは軍隊の士官か。
シイルってこんなことも出来たんだ。
間違いなく、アレスト興業舎青空教室出身の一番の逸材だね。
「そうですよ、マコトさん!
シイル隊長は凄いんです」
「野生動物たちも、今ではみんな『シイルの姉御』って呼んでいます」
後から駆け寄ってきたアロネさんやスイノさんが言い立てる。
シイルはなぜか赤くなって「やめてよ!」とか言っているけど、部下の娘たちは止まらない。
いや娘たちだけじゃないな。
フクロオオカミたちや他の野生動物たちも口々に吼えた。
「シイルの姉御はマコトの兄貴の妹分っスから!」
「シイルの姉御はオレらのアタマっス!」
「シイルの姉御万歳!」
ああ、これは俺と一緒だ。
野生動物ってとにかくノリがいいんだよね。
誰かが何かを言い出すと、それがあっという間に定着してしまって事実になってしまう。
俺がいくら「お前らの兄貴じゃない」と言っても聞かなかったのと同じだ。
どうしようもないんだよ。
「諦めろ、シイル」
「……はい」
二人してしんみりしてしまったが、その時狼騎士隊の中に見知った顔を見つけた。
「アレサさん。
こんな所で何をしているんです?」
「様」と言いかけて危うく止める。
「マ……ヤジマ大使閣下。
その……親善使節団に同行させて頂けると聞きましたので、何かお役に立てないかとこの方達に尋ねてみたのですが」
少しお困りのようだ。
いつもの騎士服が汚れている。
野生動物の間に入ったのか!
「皆さん、アレサ様をどうされたのですか?」
ハスィーが少しきつい調子で言った。
いや野生動物たちに尋ねてもね。
「舎長さんだ!
久しぶり!」
「お前ら挨拶しろよ!
マコトの兄貴の番い様だぞ!」
「こんにちわーっ」
駄目だろう、こいつらに聞いても。
「マコトさん。
この騎士様とお知り合いですか?」
シイルが聞いてくるので頷いた。
「ちょっと訳ありで、親善使節団に同行して貰うことになった」
「この方、凄いんですよ。
野生動物たちとあっという間に馴染んでしまって」
「ララエ公国の騎士団の方だそうですけれど、適性ありますよ!」
ちょっと、変な方向に行きかけているような。
止めた方がいいか? と思った時には遅かったらしい。
「あなた、お名前は?」
「アレサです。
ララエ公国ツス領セラート騎士団第一隊正騎士です」
「正騎士様!
じゃあ、騎乗はお手の物ですね!」
「野生動物の受けもいい。
シイル隊長、これは!」
部下の言葉に、シイルは頷いて言った。
「アレサ殿。
狼騎士隊は常に優秀な隊員を募集しています。
親善使節団に同行する間だけでも、狼騎士隊に参加してみませんか?」
おいおい。
それは無茶だろう。
アレサ様は恐れ多くもララエ公国の公女様なんだよ?
それも、ルリシア殿下やカール帝国皇子殿下と違って生粋の。
「いいんですか!」
乗り気なの?




