17.疲労困憊?
さすがにこんな夜更けにバーベキューを食いながら会議でもないから、てっきり宿の会議室とかに移動するのかと思ったら違った。
今日は俺の「やる」という言質が取れればいいそうだ。
詳しい話は明日、ということで、騎士団長さんたちは解散した。
どうも、まだ食い足りなかったらしい。
見ると部下達に混じって陽気に騒いでいる。
酒は出てないようだけど、よくあんなに騒げるな。
それにしても現金だなあ。
多分、面倒事は俺に丸投げしてもう解決したような気分になっているんだろう。
ヒューリアさん達の罠に嵌まるまでは、そのままにしておいてやろうか。
気を取り直して食事を再開すると、アレサ様が再び近寄ってきた。
「あの……ヤジマ大使閣下。
私もこちらに寄らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。
どうぞ。
それから私のことはマコトと呼んで下さい」
いくら正騎士と言い張っていても、本当は公女殿下なんだからそっちの方が俺も気が楽だ。
アレサ様はほっとしたような表情で俺のそばに来て、深々と頭を下げた。
「団長に聞きました。
ご依頼を受けて頂けたそうで。
勝手なお願いで申し訳ありません」
いや、話を聞くと言っただけなんだが。
団長さんの頭の中では、既に俺がすべて仕切ることになっているのかもしれない。
そうはいくか。
でもアレサ様の罪じゃないので、とりあえず丸めておく。
「それが親善大使の仕事なので、お気になさらず。
それよりアレサ……さんは、団長についていなくてよろしいのですか?」
「もう無礼講ですから。
それに、私はまだあの中には混じり辛いので。
いえ、虐められたり無視されたりはないのですが、逆に気を遣われてしまうのです」
それはそうか。
確かにララエ公国の騎士団は冒険者チームに近いだろうけど軽小説の冒険者じゃないからな。
大公家の姫君が仲間に混じっていたら、どうしても気を遣ってしまう。
地球というか日本だと、中小企業に親会社の役員の親戚の娘が入社したようなものだ。
もちろんコネで。
本人にはその気がなくても、当の会社としてはやはりお客さん扱いになってしまうだろう。
親の威を笠に着て威張り散らすとか、あるいは極端に無能だったりしたら何とかして追い出そうとするかもしれないけど、アレサ様は至極真面目な普通の娘さんだからね。
一生懸命やっているし、身分をひけらかすどころかむしろ遠慮している健気な女の子を虐めるなんてとんでもない。
だけど、やっぱり一般社員とは違うんだよなあ。
それが判っているだけに、アレサ様も益々萎縮するというわけで。
悪循環だな。
いや、考えてみたらもっと酷いかもしれない。
騎士団の人達も大変だけど、アレサ様はさらに辛そうだ。
地方の大地主の娘が親のコネでベンチャー企業に入ったはいいけど、どうにも馴染めず困っているみたいなものか。
これがもっと人数が多い大企業だったらまた違ったかもしれないけど、冒険者(違)チームは少数精鋭だからね。
隅の方でまったりと、というわけにはいかない。
でもアレサ様は公女という立派な特技(違)を持っているんだから、もっと堂々と振る舞えばいいのに。
「アレサさんですか?
私はルリシアです。
エラ王国の男爵家の娘です。
よろしく!」
空気を読まない代表格の王女様が率先して話しかけてきた。
しかも、TPOに配慮したつもりか「私はエラのしがない男爵家の娘」という仮面を被っているつもりだ。
それはララエに入国するに当たって面倒事を避けるための偽装でしょ!
アレサ様も公女なんだから、いっそぶっちゃけた方が楽なんじゃないのか。
「私はロロニア。
エラの子爵家の娘で、このルリシアの監督者です。
変な事を言うかもしれませんが、聞き流して下さい」
ロロニア嬢も参戦した。
軽小説かよ。
「ロロ酷い!」
「事実だから仕方が無い」
キャッキャウフフとはとても言えない、醜い争いになってしまった。
「あの……アレサです。
ララエ公国ツス領セラート騎士団第一隊正騎士を拝命させて頂いております」
「聞きましたよ!
ララエ公国の公女様なのでしょう?」
「本人が正騎士だと言っているんだから、素直に聞きなさい!」
酷い状況になっている。
見かねて踏み出そうとしたら、ハスィーに止められた。
「楽しそうではありませんか。
公女様方には、お互いに親交を深めて頂く良い機会ですよ。
余計な手出しは無粋です。
わたくしたちには、もっと別の楽しみがありますでしょう?」
ああ、アレね。
ハスィーも変になっているのか。
「それが良い。
マコト殿も今日は色々あって疲れたじゃろうし、早々に引き上げたらどうかの?」
「後のことは我々が引き受けますので」
カールさんやロッドさんが言うのなら仕方が無い。
いや、実際疲れているしね。
ていうか、言われるまで気づかなかったんだけど、言われた途端にどっと来た。
主に精神的に。
ララエ公国入国初日なのに、もう随分色々やった気分だ。
「判りました。
後はよろしくお願いします」
挨拶して、ハスィーと一緒に宿に向かう。
ハマオルさんとリズィレさんがすっと先導してくれた。
なるべく騒ぎに関わらないように大回りして送ってくれるらしい。
あー、凄い人に護衛して貰ってラッキー。
部屋に入る時にハマオルさんが囁いた。
「後ほど、夜食をお届けしますので」
食い足らないと思われたのか?
それともこれからエネルギーを消耗するから?
まあいい。
俺は約束通り、嫁を可愛がるだけだ。
それから俺たちはお互いを可愛がった後、届いた夜食を食ってシャワーを浴びてからすぐに寝てしまった。
起きたら明け方だった。
珍しく、ハスィーが俺に寄り添って寝ているだけで、しがみつきがない。
最近、寝相の悪さもだんだん収まってきたみたいだな。
良い傾向だ。
でも低血圧はそのままなので、何度か引っ張ったりつついたりしてハスィーを起こしてから、俺たちは顔を洗った。
運動着に着替えて部屋を出ると、ハマオルさんとリズィレさんが待機している。
ブレないね。
俺たちもだけど。
夜明けの光の中に、護衛が待っていた。
半分は野生動物だけど。
キャンプファイアーなどは片付けられていたが、そこに数十人(頭)が思い思いの姿勢でのたっているので、広い駐馬車場が混み合っているように見える。
「それでは」
ハマオルさんの合図でまず準備体操が始まったが、ぎこちない動きが目に付いたので見てみると、何とアレサ様がいた。
俺と目が合うとちょっと手を振って頭を下げたので、別に紛れ込んできたというわけではないらしい。
「アレサ様は?」
「あの後、ルリシア殿下との会話の中でマコトさんの鍛錬の話が出まして」
ヒューリアさんが肩を竦めた。
「どういうことかと聞かれましたので、朝練の事をお話ししたら参加したいと」
ルリシア殿下か。
自分は参加しないくせに、よくもまあ。
「大丈夫なの?」
「一応ララエ公国騎士団の正騎士ですから、鍛えてはおられると思います。
念のためにサポートはつけますが」
ならいいか。
この朝練には俺たちの他にもロッドさんや屈強なヤジマ警備の猛者たちが参加しているから、最悪の場合でも女の子一人くらいはどうにでもなるだろうし。
念のためにハマオルさんを見ると、頷いてくれた。
よし。
忘れよう。
準備体操の後、先触れ・本隊・後衛に分かれて走り出す。
例によってハマオルさんの手の者がコースを下見しておいてくれたらしくて、途中に俺のなんちゃって示現流の練習に良さそうな林もあった。
汗をかいて戻ってくると、最後にもう一度軽く体操してから解散。
さて飯だ。
「主殿」
ハマオルさんの声がかかった。
珍しく、困惑したような口調だ。
「何ですか?」
「その。
公女殿下が」
あちゃー。
駐馬車場の隅にゴザのようなものが敷かれ、アレサ様が長々と伸びていた。
身体を伸ばしているので、どこか悪いということはなさそうだ。
疲労困憊しているだけで。
「どれくらいまで持った?」
「中程まででしょうか。
恐れ多いのですが、後は警備の者が背負って戻ってまいりました」
公女殿下に直接触れていいものかどうかハマオルさんも悩んだが、これは正騎士なんだということで押し通したらしい。
どうする?
すると、アレサ様が目を開けた。
「……すみません!
これほどハードだとは思っていなくて」
「慌てないで、ゆっくり休んで下さい」
ここで心臓発作でも起こされたら、親善使節団は下手すると詰むぞ。
「大丈夫です!
次はきっとついていけるよう、頑張ります!」
困った。
どうしよう?




