13.獣の証明?
鶏と卵じゃあるまいし、そもそも俺がララエ公国に急行する羽目になった騎士団の異常な動きは、俺を出迎える為だったらしい。
何だよそれ。
ていうか、騎士団が動き出した時点では俺はそんなにすぐにララエに来る予定はなかったはずなんだが。
「仕組まれた、とまでは申しませんが、どうやら情報を流した者がいたようですね。
タイミング的にも、ヤジマ大使閣下が国境に着く時点でララエの騎士団が集合していますし、しかも7大公領すべての騎士団が揃っています」
しっかり仕組まれてるじゃないか!
それどころか、物凄く精密に時間調整されている気がする。
ララエ公国の大公領の場所からいって、すべての騎士団をエラとの国境に集めるためには時間差をつけて情報を渡す必要があるはずだ。
バラバラに集めたら何か騒動が起きそうだし、しかも集まったタイミングで俺が着いてなかったりしたらやはり問題になるだろう。
こんなことが出来るのは俺が知る限りでは「略術の戦将」たるユマさんしか……いや、あり得るな。
何か高度な政治的判断とか、あるいは「戦争」の必要性があって俺をララエに回したというのは大いに考えられる。
俺を動かすにはルディン陛下やルミト陛下辺りから命令して貰うしかないけど、何の理由もないのにいきなりそんなことをさせるわけにはいかないだろう。
だからララエを動かした、と。
国家レベルの異常事態だとしたら「自由にやれ」と言った陛下たちが俺を強制する十分な理由になるからね。
しかし、その異常事態を引き起こす理由自体が俺というのもなあ。
ユマさんだか誰だか知らないけど、国や国王陛下を手玉に取るなよ。
まあ、そういう怖い世界に生きているということは判った。
俺なんかが太刀打ちできる相手じゃないよね。
俺、別に軽小説の主人公じゃないから操られていたって別にいいんだよ。
安穏とした生活が出来れば。
無理そうだけど(泣)。
国境で解散したララエ公国の各大公領騎士団だったが、それぞれ小隊規模の分遣隊が俺たちを守ってくれることになったらしい。
俺たちの隊列の前後を囲むように進んでいる。
見ようによっては危険な外国の集団を護送しているみたいだけど、まあ仕方が無い。
そもそもフクロオオカミや野生動物たちがいるので、俺たちだけでは行く先々で問題が起きそうだからね。
やっぱインパクトあるよ。
でかいし、背中に美少女騎士が乗っているし。
「それにしても見事なものですな!」
ツス大公領騎士団の何とかいうマッチョな騎士団長が馬車に馬を寄せてきて言った。
「フクロオオカミでしたか?
騎獣としての格が馬などとは比べものにならん。
大したものです」
「失礼します。
フクロオオカミは騎獣ではありません」
シイルが割り込んできた。
「貴君は?」
「狼騎士隊隊長のシイルと申します。
こちらは狼騎士隊フクロオオカミ分隊長のナムスです」
シイルはナムスに乗っているのか。
頭の良さとかを考えるとベストの組み合わせなんだろうな。
ツォルはどうしているのかと思って見たら、後ろの方にいた。
ロッドさんを乗せている。
そういう組み合わせか。
「……これは失礼した。
ララエ公国ツス大公領セラート騎士団団長のセバレン・ホムである」
「狼騎士隊フクロオオカミ分隊長、ナムス・マラライクにございます」
ナムスが吼えた。
堂々たるものだ。
しかしこのおっさんはセバレンさんというのか。
まあ、覚えられないと思うけど。
「……なるほど。
野生動物を使っているのではないと」
シイルが黙っているので、俺が答えた。
「そうですね。
雇用していると言った方がいいでしょう。
氏族単位で契約を結んでいます。
従って、フクロオオカミたちも狼騎士隊の隊員ということになります」
セバレンさんの表情が変わった。
破顔する。
「面白い!
ヤジマ大使閣下、歓迎会の席でもっと詳しく話したいものですな!
シイルと言ったか、そちらとも」
「光栄にございます」
シイルが優雅に頭を下げると、セバレンさんは豪快に笑いながら離れていった。
ツス大公領騎士団の集団の中にアレサ公女殿下の顔が見えた。
俺と目が合うとびくっとして、慌てて頭を下げてきた。
正規の公女なんだから、もっと堂々としていればいいのに。
ていうか、あの公女様も歓迎会とやらに出るのか。
まあそうだろうな。
身分的に一番高いし、最初に代表として挨拶したんだから、ここで帰ってしまうのも変だ。
可哀想に。
「まだ認識が行き渡っていないみたいね」
「ララエ公国は商業開発隊が先行しましたから。
絵本だけでは判らないこともありますし」
シイルとナムスが話している。
「認識って、野生動物の立場のこと?」
俺が聞くと、シイルとナムスが揃って頷いた。
フクロオオカミ、まじ人間並。
というより似てきた?
「セルリユではナムスたちが使役されているんじゃなくて、一緒に働いていると判って貰えてきているのですが」
「ソラージュ王国内でも、地方に行くとまだ奴隷扱いらしいです。
狼騎士隊の隊員がそのでかい犬を譲ってくれと持ちかけられることもしばしばで」
馬が奴隷扱いされているからなあ。
騎乗していると馬と同じように、つまり奴隷だと認識されてしまうんだろうな。
「いっそ人を乗せるのを止めたら?
フクロオオカミは単独でも十分働けるんだろう?」
俺の問いに、シイルとナムスは難しい顔になった。
いやナムスの顔もそう見えるんだよ。
アニメ?
「ナムスたちのためには、それもいいとは思うんですが」
「狼騎士隊はセルリユ興業舎の看板ですし、人間と野生動物が一緒に働いていることを一番簡単に示せますから」
もうどっちが人間の台詞なのか判らないよね。
「劇でフクロオオカミが単体で働くような状況を増やしたらどうかな」
俺が戯れ言を言うと、シイルが食いついてきた。
「マコトさん!
それいいですね。
さすがです!」
興奮しないで。
適当に言っただけだから。
「早速提案してみます!」
シイルは興奮して去ってしまった。
また俺の余計な一言が問題を引き起こすのか。
狼騎士隊にしたって、俺の馬鹿話から始まったものな。
たまたまうまくいったからいいようなものの、下手するとハスィーも俺も破滅していたかもしれないのに。
「マコトさんは、ご自由にやればよろしいのです。
わたくしたちは、そんなマコトさんをサポートするためにここにいます」
ハスィー。
いつも不思議に思うんだけど、その盲目的な信頼は何?
いやもう信頼じゃないな。
信用でもない。
むしろ信仰?
「別にマコトさんを神様だと思っているわけではありません」
ハスィーは真面目な顔で言った。
でも頬が紅潮しているし、何か危ない目つきになっているぞ。
ヤバいのでは。
狼狽えて見回しても、馬車の中には俺たち夫婦しかいない。
みんなそれぞれの馬車に散ってしまっているのだ。
仕事があるとかで。
夫婦水入らずにしてやろうという生暖かいまなざしなんだろうけど、こういう時は困る。
ハスィーの暴走を止めてくれる人がいないんだよ。
ハマオルさんとリズィレさんは、俺たちのプライベートには一切関わらないしな。
今ここでヤり始めても黙殺するだろう。
いかん。
俺はとっさにハスィーを抱きしめた。
正面から傾国姫を見てしまうと、自分でもどうなってしまうのか判らないんだよね。
最近美術品めいた美しさはそのまま、壮絶な色気が出てきているのだ。
本気で迫られたら拒める自信がない。
ララエ公国の騎士団に囲まれて歓迎会に向かう途中、ソラージュの親善大使夫妻が馬車の中でヤッていた、とかいう噂が出るのはご免だ。
もう手遅れかもしれんが(泣)。
「マコトさん?」
「ちょっとこのままでいさせてくれ」
窮余の策だよ。
ハスィーは驚いたようだが、暴走することなく落ち着いてくれた。
さすがにここでヤるのはまずいということは判ったらしい。
でも俺の嫁は、いざとなったら常識なんか吹き飛ばすからな。
第二級爆発物みたいなもので、管理には資格を要するのだ。
ちなみに俺は特訓の甲斐あって「傾国姫取扱資格第一級」を既に取得済みだ。
こないだは「会食における妻の取り扱い」についても講習を受けたし、自信がある。
ハスィーが身体の力を抜いてくれたので、俺は慎重に腕を解いた。
そのまま座席に並んで座る。
ハスィーが寄り添ってきたので、肩に手を回す。
ふと視線を感じて振り向くと、馬車の外からこっちを見ていたフクロオオカミや騎士の人達がさっと目を逸らすのが見えた。
そういえば丸見えじゃないか!
俺は憮然とした表情を作りつつ、馬車の窓のブラインドを下ろした。
反対側の窓も塞いで、やれやれとばかりに力を抜くと、ハスィーが抱きついてきた。
クスクス笑いながら、俺の胸に豪奢な金髪を埋める。
「今は我慢します。
その代わり、今夜は可愛がって頂きますので」
いや。
ヤる気満々ですね、傾国姫。




