12.公女?
「ソラージュ王国親善大使、ヤジマ閣下でいらっしゃいますか?」
定番だけど、綺麗な声だった。
ていうかその響きね。
言葉自体はいつものように意味不明の音の連なりなんだけど、内容ははっきりわかる。
魔素翻訳は偉大だ。
「はい」
「失礼しました。
私はララエ公国ツス大公領セラート騎士団第一隊正騎士。
ツス公女アレサと申します。
ララエ公国を代表してヤジマ親善大使閣下を歓迎いたします」
その美少女はにっこり笑って騎士の礼らしい姿勢をとった。
ソラージュのと違って、両手を胸の前で組み合わせる形だ。
結構胸があるので、両手が突き出された形になっている。
何か倒錯的に魅力的なんですが。
茶色の髪に瞳は蒼で、肌は白い。
つまりエルフでもドワーフでもないな。
小柄だけど、スタイルは抜群だ。
年の頃は十代後半か。
じゃなくて!
正騎士で公女?
その人が代表で挨拶?
どうなっているんだ。
「これは失礼いたしました。
その、私がご挨拶申し上げたのはですね。
騎士団長クラスが複数集まってしまって、誰が代表でご挨拶するかモメまして。
一応、身分が一番高いということで私が駆り出されてしまったのです。
正騎士ごときが申し訳ありません」
顔を真っ赤にして謝るアレサさん。
いや、アレサ公女殿下か。
つまり、主導権争いに決着がつかなくて、妥協案として身分は高いけど平騎士であるアレサ殿下が押し出されてきてしまったのか。
なるほど、判りました。
アレサ様が一人で来たのもそのせいか。
平騎士の後ろに騎士団長とかが続くわけにもいかなかったんだろう。
アレサ公女殿下に従うのならいいだろうけど、あいにく騎士服しか持ってきてないと。
可哀想になあ。
その気持ちはよく判る。
何かのイベントで、その場にいた会社の代表が集められた時、たまたま北聖システムから手伝いに行ったのが俺だけだったことがあったからね。
俺以外はみんな取締役とか事業部長とかのレベルで、俺だけペーペーだったりして。
いたたまれない。
でも、やっぱり人選間違っているぞララエ公国の偉い人。
そんな内情を初対面の、しかも外国の公的な立場にいる相手に向かってペラペラ喋るのはまずいだろう、どう考えても。
哀れだ。
アレサ様もララエの偉い人も。
俺は衝動的にアレサ公女殿下の手を握った。
「あ、あの」
「大変ですね。
お気持ちはよく判ります。
でも、私からみれば一介の大使のお出迎えに公女殿下が来て下さったわけですから、光栄という他はありません」
そのまま片膝をついて、アレサ殿下の手に頭を押し当てる。
あれ?
俺、何やってるのだ?
頭を上げると、真っ赤になっているアレサ殿下と目があった。
失敗ったーっ!
何か歴史物のドラマみたいな気分になって、ついやってしまった。
どうするんだよ俺?
二人で硬直していると、後ろから声がかかった。
「あなた。
ご紹介して頂けませんか」
首筋に冷たいものが触れた気がして、俺はあわてて立ち上がった。
ハスィーがアレナさんを従えて立っていた。
「……こちらはララエ公国ツス大公領のアレサ公女殿下だ。
アレサ殿下、こちらが私の妻のハスィーです」
「アレサ公女殿下。
お初にお目にかかります。
ハスィー・ヤジマでございます」
「あ、はい!
アレサ・ツス・ララエです。
よろしくお願い致します」
アレサ殿下は慌ててハンカチで手をぬぐうと、差し出されたハスィーと握手した。
握手でいいのか?
どうもこの公女殿下、貴族? としては色々残念なように見えるぞ。
ルリシア殿下に通じるものがあるな。
しかもルリシア殿下がロロニア嬢のフォローで何とかなっているのに対して、アレサ様はしくじったらそのまま投げっぱなしになってしまっている。
それに、俺の握手の後ハンカチで手を拭うって、釈然としないような。
「ち、違うんですヤジマ大使閣下!
私の手が汗ばんでいて、奥様に失礼なのではないかと!
決して他意があったわけでは!」
アレサ様、本当に公女殿下?
「失礼いたします」
太い声がかかった。
失礼する人ばかりだな。
いつの間にか、アレサ様の後ろ側にずらっと人が並んでいた。
色とりどりの騎士服が眩しい。
ララエ公国騎士団の偉い人たちか。
アレサ様が狼狽してその場で180度回転し、気をつけの姿勢になると、真ん中辺りに居た偉そうな中年の騎士の人がため息をつきながら命令した。
「アレサ正騎士。
戻ってよろしい」
「はい!
アレサ・ツス戻ります!」
もう一度敬礼して、それから俺に向かってペコリと頭を下げると、お騒がせ公女様は後方に駆け去った。
大変だなあ。
俺も内心ではため息をつきながら、目の前に並んだ人たちに向き直る。
7人もいる。
そのうち3人が少し前に出ていて、残りの4人がちょっと後ろに控えているかんじだ。
でも、7人全員の騎士服のデザインが違うんだよね。
階級で変わるのか?
「いえ。
我々は全員、所属領が違います。
ララエ公国の7つの大公領騎士団の代表、というところです」
「そうなのですか。
無知で申し訳ありません。
ソラージュ王国親善大使ヤジママコトです。
盛大なる歓迎ありがとうございました。
素晴らしい練度でした」
俺がそういうと、並んでいる偉そうな人たちは一斉に相好を崩した。
「いやあ!
ヤジマ大使閣下の配下も少数とはいえ見事な答礼でございました!」
「まったくだ!
しかも野生動物も含めてだぞ」
「噂は本当でしたな。
『野生動物使い』のヤジママコト殿!」
一斉に話されるときついんだよ!
俺が圧力に押されて後退しかかると、ハスィーが寄り添ってくれた。
助かった。
傾国姫がいれば、俺は無敵だ。
「……ところで、皆様は?」
「おお!
これは失礼をば!
私はツス大公領セラート騎士団を率いるセバレンと申します!」
あっという間に詰め寄られて手を握られる。
それなりにイケメンだけど、がっしりとしたマッチョの肉圧が重い。
「よろしくお願いします」
「私はハサル大公領シテ騎士団の!」
続けざまに7人の偉い人と握手させられた。
それぞれ領地が違うらしい。
最初の3人は騎士団長だったけど、後の4人は副団長クラスだった。
ララエ公国の場合、7つの領地がそれぞれ大公に治められていて、正式な国名は「ララエ大公国連邦」だそうだ。
それぞれの大公領は対等で、特に順位などというものはない。
当然騎士団長の位階を持つ人はどっちが上という比較が出来ないため、集まってしまってから困ったらしい。
騎士団長は3人なのだが、この中から一人選んで俺に挨拶するのは難しい。
その人がララエ公国を代表することになってしまうからだ。
騎士団長自身の誇りというよりは、後になって大公領同士がモメる原因を作ってしまいそうだから、イマイチ踏み切れなかったと。
しょうがないので、ツス領の騎士団にたまたま混じっていた下っ端の騎士である公女を急遽代表に任命したとか。
身分は高いけど、騎士団の中では最下層だから、アレサ公女殿下も命令されたら断れなかったらしい。
「結構恨みを買ってしまいましたが、まあよくあることです」
ツス公領の騎士団長は豪快に笑ったけど、こういう上司を持つとサラリーマンは苦労するんだよね。
俺は続いてハスィーを紹介し、いつまでもここに立っていても始まらないということでいったん馬車に戻った。
その間、ララエの騎士の人たちは整列しっぱなしだもんなあ。
うちの方も、人間はともかく野生動物たちがダレてきていたし。
「お疲れ様でした」
「うん。
疲れた」
馬車に戻ってヒューリアさんが煎れてくれたお茶を飲みながらほっと一息ついていると、周囲の騎士隊が引いていくのが見えた。
それぞれの騎士団ごとに整然と去って行く。
見事なもんだね。
某北の国のマスゲームにちょっと似ているかも。
トニさんとセルミナさんが馬車に戻って来た。
「失礼します。
これからの予定ですが、少し行った所に宿を用意して頂けました。
そこで改めてヤジマ大使閣下の歓迎式を行いたいということですが、よろしいでしょうか」
いや。
そう決まっているのなら別に反対はしませんが。
ていうか嫌だと言ったらどうなるんだろう。
「歓迎式ですか」
「はい。
今のはどうも、ララエの騎士団が非公式に行った儀仗だったようです。
みんなヤジマ大使閣下にお目にかかるのが楽しみで、待ちきれなかったと」
何だよそれ。
あの騎士団長さんたちの趣味ってこと?
「ララエでは騎士団の勢力が強いようですな。
公領ごとの競争意識も旺盛で、ヤジマ大使閣下がご訪問されるという噂が流れると、それぞれ手空きの騎士団をかき集めてここに急行してきたらしく」
「じゃあ、ひょっとして騎士団の変な動きって?」
「はい。
ヤジマ大使閣下目当ての競争だと思われます」
いい加減にしろよ!




