8.秘密?
建前はともかく、セルリユ興業舎の野生動物活用は十分実用段階にあるらしかった。
狼騎士隊だけではなく、他の野生動物も参加していたのだ。
主軸はロッドさん率いる騎士隊のようだったけど、むしろ野生動物たちが自主的に動いているように見える。
いや違うか。
自分勝手に動いているのではなくて、請け負った仕事を自分たちの流儀でこなしているみたいなんだよね。
北聖システムでもやっていたけど、IT企業ではむしろ当たり前の方法で、つまりあるパッケージやツールの開発を別の会社に丸投げするわけだ。
仕様書はこっちで書くけど、それをどうやって実現するのかは請負会社に任される。
費用は契約通りで、開発費を抜いた金がその会社の収入になる。
まあこれはまったくの別会社の場合だけど、子会社や関連会社だと色々方法があるはずだ。
騎士隊と野生動物たちの関係って、これに似ているような気がしたんだよね。
騎士隊はある条件をつけて命令する。
その命令をどうやって果たすのかは受けた側の勝手だ。
条件を守っている限り、ロッドさんの方は何をどうされても関知しない。
結果が出ればいいのだ。
だから偵察にしても毎朝でかい鳥が飛び立って昼前に戻ってきたりしていて、結構自由にやっているようだった。
でも、これって人間が野生動物を使役してるってことにならない?
「その辺は契約で固めています。
種族によって違いますが、例えばフクロオオカミは氏族の長老と長期契約を結んでいて、現場のフクロオオカミたちへの命令権が騎士隊に委譲されているわけです。
ですが、無条件というわけではありません。
フクロオオカミ側にも拒否権や交渉権がありますし、無理な命令と判断した場合は抗議出来ることになっています」
ロッドさんが言ったけど、ちょっと信じられないな。
狼騎士隊の隊長はシイルだから、シイルに命令されたら逆らえないのでは?
「それはそうですが、狼騎士隊は別に騎士がフクロオオカミを使役しているわけではありません」
シイルがむっとして言った。
「私は狼騎士隊の隊長ですが、フクロオオカミたちはフクロオオカミ分隊のナムス分隊長の指揮下にあります。
私が勝手に命令しても、フクロオオカミたちは従いませんので」
そうなのか!
ていうか、フクロオオカミ分隊って。
なるほど。
狼騎士隊とか言うから誤解していたけど、別にシイル達が騎士でツォルやナムスが馬というわけではないのか。
両方とも隊員なのだ。
俺には驚愕の事実だが、こっちではむしろ当たり前なのかも。
現実なドリトル先生の世界だからね。
野生動物にも人権? があって、人間と対等な存在として扱われている。
ただし抽象思考が出来ないと奴隷なんだけど。
ていうか、多分自分たちが奴隷だと気づけない動物が奴隷になるんだろうな。
いやいや。
奴隷というからアレに感じるだけで、本人? にとってみたら普通に働いて養って貰っているような感覚なのかもなあ。
多分、解放されても途方にくれるだけだ。
そういう話は奴隷制度が禁止された頃のアメリカなんかにもあったとどっかで読んだ事がある。
何代も奴隷として生きてきて、突然さあ君達は自由だと言われてもよく判らなくて戸惑ってしまったという。
もちろん人間なんだから教育によって市民意識を覚えることができるし、その子供達は最初から市民として育つわけなのだが。
そういう教育を受けないまま成人してしまったら、矯正が大変だろうな。
しかも、抽象思考能力がない動物は駄目だ。
自由とか言われても理解できまい。
だからこそ馬は奴隷なんだろうし。
うーん、でも一角獣の人なんかバリバリ抽象思考していたけど、何が違うんだろう。
判らん。
「マコトさん?」
「すまんシイル。
ちょっとぼんやりしていた。
フクロオオカミも隊員なんだよな」
「はい。
分隊長はナムスで、セルリユ興業舎の係長待遇ですよ」
職位を持っているのか!
しかも係長って、管理職じゃないか。
これはもう、ドリトル先生を超えている。
でもそうだよな。
ニャルーさんの時も、猫なのにギルドに会舎の代表として登録できてしまったくらいだ。
本当に権利的には人間並なのだ。
ツォルたちも正規の舎員としてギルドに登録されているんだろう。
あれ?
「ツォルやナムスも家名を持っているの?」
「そうですね。
正規舎員になるときに氏族の長老に相談して決まったと言ってました。
マラライクだったかな。
氏族名をそのまま家名にしたはずです」
ああ、そういうことね。
ニャルーさんは例外だけど、ドルガさんは犬という種族名を家名にしていたからね。
何でもいいのか。
次の休み時間にトニさんを捕まえて聞いてみた。
「私も専門家というわけではございませんが」
でもトニさんって行政省の役人で領主代行官やっていたんだから、親善使節団の中では一番詳しいと思うんですが。
「おっしゃる通りで、ギルドで問題が発生した時などは領主もしくは領主代行官に持ち込まれます。
まあ、受付けして司法官に丸投げするだけなのですが」
さいですか。
「でも何も知らないでは済みませんので、資格試験の問題として出ますから、私も一応は心得ております」
やっぱ資格試験ってあるのか(笑)。
役人だから、ないはずがないんだけど。
その辺は地球と一緒だね。
良かった。
俺、役人じゃなくて。
そんな俺の様子を訝しげに見ながらトニさんが続けた。
「そもそも家名は貴族から始まっているわけです。
『家』という概念は、ある程度の集団にならないと発生しませんから。
集団が大きくなるに従って格差が生まれ、それが一族や家系という形で収束します。
他と区別するために家名や氏族名が生まれるというわけです。
貴族の場合、やはり爵位の継承が必要になるため、家名が必須だったということですな。
何代も続く家名はそれだけで権威を産みますから」
「最初は貴族だけだったのですか?」
「だと考えられております。
しかし、さらに人口が増えて貴族だけでは統治できなくなった時、平民の中でも自分の『家』を存続させようという動きが出たわけです。
例えば商人などは、やはり何代も続く老舗という権威が有効ですから。
また税金の徴収が組織だってくると、徴収対象を識別するための家名の有効性が判明したため、家名は自然に広まっていったとされています」
ギルドか。
ソラージュの場合はそれが税金の徴収に直結したんだろうね。
日本でもそうだったと習ったっけ。
歴史だったか経済史だったかの講義で。
貴族、つまり領主が税金ていうか年貢を集めるんだけど、この場合農民一人一人から徴集するわけじゃない。
名主とか村長とかが代表してその村や地域の分を集めて、○○村とかの名前で納税する。
簡単に言えば、その○○が家名になったと。
「ギルドで個人からの納税制度を導入した時、名前だけでは混乱するというので、貴族家に習って家名をつけたとされています。
納税者名簿を名前と家名で登録したわけです。
この場合、家名は単なる識別の為のものですので、別に由緒あるとか何代も続くといった条件は必要ありません。
よって、現在では家名は個人ごとに勝手につけて良いことになっております」
まあ、頻繁に変えたりするとギルドから警告されますが、とトニさんは言った。
なるほど。
家名は何でもいいのか。
シイルなんか、ヤジマだもんね。
そんな誤解されまくりの家名をつけるのも本人の自由ということか。
でも、俺だからいいけど普通の貴族は自分の家名を勝手に使われたら、多分感情を害するぞ。
そういう意味では完全に自由というわけではないだろう。
「マコトさん。
どうしました?」
いつの間に来たのか、そばにナムスが立っていた。
ていうか蹲っているんだけど、それでも顔が俺の頭と同じ位置にあるんだよね。
つくづくでかい種族だ。
普通に考えたら真っ先に滅びそうだけど、際だった知性や好奇心といった特質がそれを防いだんだろうね。
「いや、ナムスたちはどう思っているんだろうってね」
そう言うと、シイルが不思議そうに俺を見た。
よく判らないんだろうな。
それはそうか。
でもナムスは微笑んだ、ように見えた。
フクロオオカミの表情はもちろん読めないんだけど、何となく。
「心配なさらずとも、私達は幸せですよ。
というよりは楽しいです。
狼生に目標が出来たというか」
「そうなのか。
ナムスは何を目指しているの?」
俺の問いかけに、ナムス・マラライクさんはつんと頭を上げた。
「秘密です」
パネェ。




