7.狼騎士?
その後の旅は順調だった。
大体夕方にはそれなりの街に着いて、予め予約してある宿に泊まる。
収容能力的に親善使節団全員が泊まれないこともあったけど、とりあえずルリシア殿下主従と俺たち夫婦は最優先だ。
夕食はその街一番の食堂でとる。
騎士団や狼騎士隊を含む野生動物の護衛隊は、近くで野営していた。
飯はどこかに交代で食べに行ったり、先行部隊が用意したものを食べてるらしい。
交代で夜間警備もやってくれているようで、俺が恐縮してお礼を言ったらハマオルさんに叱られた。
「主殿。
我々の役目でございます。
お気になさらず」
これ、叱責だよね?
人の担当範囲に口を出すなって言う。
夜はみんなで翌日の予定などを教えて貰った後、すぐに寝る。
大抵の場合、俺とハスィーのどっちかがその気になって誘うので、ヤッてしまうわけだが。
おかげでよく眠れる。
当然だけど、朝は早い。
みんなで朝練した後、シャワーと朝食をとってすぐに出発する。
昼は弁当だったり適当な街に立ち寄って食べたり色々だ。
基本的にはその繰り返しで、距離を稼ぐ。
それにしても、俺たちは馬車に乗ってるからいいけど、みんなタフだよね。
だって交代とはいえ夜間警備をした後に走って、そのまま一日中移動だよ?
それが毎日繰り返される。
大人の警備員や野生動物はいいとしても、狼騎士隊の女の子たちも一緒にやっているのだ。
どうみても無理がある気がするんだけど。
「鍛えていますから大丈夫です」
シイルがにっこり笑い、配下の狼騎士たちも平然としていた。
若いからか?
隊長のシイル自身がまだミドルティーンに近いハイティーンだろうし、狼騎士隊の隊員たちはみんな十代らしい。
しかも全員が美少女。
何その軽小説設定。
あまり美少女を出し過ぎるとインフレで魅力が激減するんだけどなあ。
まあ俺には関係ないけど。
嫁がいれば十分だし。
「実を言えばですね」
狼騎士隊第一分隊長のスイノちゃんがこっそり教えてくれた。
「狼騎士隊の騎士がずっと騎乗しているとフクロオオカミが疲れるので、ほとんどの隊員は馬車で移動しています。
あまり乗り心地は良くないのですが、疲れているのでよく眠れます。
それで目が冴えて夜間警備も平気なんですが、睡眠時間が足りなくなるのでまた昼間に馬車で寝ます。
その繰り返しです」
そんなことしていたら、いつか倒れるぞ!
ロッドさんに抗議したけど、笑って返された。
「狼騎士隊の隊員は、そんなヤワじゃありませんよ。
マコトさんはご存じないでしょうが、狼騎士隊と言えばセルリユ興業舎ではエリートというよりはもう、憧れの的です。
いえ、むしろ舎外の方がその気持ちは強いかもしれません。
志願者は内外から掃いて捨てるほど集まってきますし、適性試験に受かっても基準を満たさないと隊員になれません。
フクロオオカミを初めとする野生動物たちから信頼されないと駄目ですしね。
特に、シイルが率いる狼騎士隊は第一隊ですから、精鋭が集まっています。
正直、正騎士になるより狼騎士隊の隊員になる方が難しいですよ」
さいですか。
それほどのものだったとは。
俺はてっきり美少女コンテストでもやって集めたのかと。
「とんでもないです。
いえ、確かにそんな風に見えるんですが」
ロッドさんは声を潜めた。
「不思議なんですが、選抜された時点では大半の者がごく普通の容姿だったんですよ。
でも、訓練しているうちにみんなどんどん綺麗になっていくんです。
顔が変わったというわけではないのですが、やはり厳しい訓練をくぐり抜けているうちに肉体的にも精神的にもシェイプアップされるのではないかと」
判りました。
微妙な話題になったので、話を打ち切る。
そうか、別に顔で集めたわけじゃなかったのか。
美少女ばっかだったもんで誤解していた。
でも、ロッドさんの話だと狼騎士隊って別にシイルたちだけじゃないみたいだな。
第一隊とか言っていたし。
美少女と巨大な狼で構成された騎士団か。
そんなもん作ってどうしようというのか。
ラナエ嬢の暴走か?
アレナさんを呼んで尋ねてみたら、これはむしろアレスト興業舎というかシルさんの考えなのだそうだ。
俺が決めたことになっている「野生動物は戦わない」という原則を守る限り、フクロオオカミがいかに強くても軍事的には使えない。
だったら騎士団や警備隊だ、ということになったけど、警備隊ではでかすぎて持て余す。
消去法で騎士団になるが、ソラージュにおける騎士団の仕事は司法関係の他に広域災害救助だ。
魔王対策なんかも騎士団の仕事だし。
だったら、もういっそフクロオオカミは災害救助に特化すればいいのでは、と考えたらしい。
「じゃあ、あの絵本は」
「はい。
『フクロオオカミ山岳救助隊』は、その意図を持って製作されたと聞いています」
アレナさんが教えてくれた。
当時はアレスト市ギルドのプロジェクト室にいたので、アレナさん自身がその稟議書を処理したそうだ。
「まあ、実際にはそんな理由付けがなくても通したでしょうけれど。
ハスィー様は、マコトさんのお仕事に関係すると思えば無条件でハンコを押していましたので」
その代わり、俺に関係ないと思ったら当事者を呼んでとことん聞き出したらしい。
シルさんも何度かそれをやられて、おかげでハスィーに対する畏怖が精神的外傷になってしまったとか。
シルさん、それで未だにハスィーの事を「様」付けで呼んでいるのか。
哀れな。
本人は帝国皇女のはずなのになあ。
アレナさんの話によれば、その後フクロオオカミの本格導入が始まって、どういった使い方が良いのか研究が進んだそうだ。
そもそもフクロオオカミが活躍できるのは平地よりは山や高原だそうで、道なき道を踏破したり、帝国の難民の時にやったみたいに険しい場所を最短距離で移動したりする時に無類の強さを発揮する。
だが、フクロオオカミだけが現地に着いても大したことは出来ないわけで、人間が一緒に行かないと駄目だ。
「あの帝国の難民救助で有効な方法が判明しました。
偵察はその状況に適した野生動物が行います。
それである程度の状況を把握出来たら、その次は少数の騎士がフクロオオカミと共に先行して地固めをします。
その後に本隊が救助体制を整えて現地に乗り込むことになります」
私が知っているのはこの辺りまでですが、とアレナさんが言うのでお礼を言って帰って貰った。
なるほどね。
確かあの時は、まずロッドさんがミクスさんに乗って山頂に向かったんだっけ。
それで難民の人たちと接触して状況を把握し、フクロオオカミが情報を持ち帰った。
ヤジママコトを呼んで来いとかいう変な条件がついていたため、俺が山登りしなきゃならない羽目になったんだけど、それはいい。
要点は、ロッドさんが先行しなければ対処出来なかったということだな。
強力無比の機動力を持つフクロオオカミと、状況把握が出来る騎士のコンビが必要なのか。
つまり、シイルたち狼騎士隊は基本的には強行偵察部隊なわけだね。
隊と言っているけど、本来は単独もしくは少数で先行し、偵察するのが任務だ。
美少女であるかどうかは別にして、騎士はフクロオオカミが背中に乗せて走れるくらい体重が軽い者じゃないと駄目だ。
女性である必要って実はないけど、シイルたちが女の子だったために、何となく女性騎士が定着してしまったらしい。
これだけ女率が高い所に、男が入っていくのはきついものがあるしな。
そもそもフクロオオカミ自身、男を乗せたがらないとか?
「それもあるかもしれませんが、一番の問題は体重でしょう。
少年を採用しても、いずれは成長します。
育ってしまったらフクロオオカミに乗れなくなるわけです。
それくらいなら、体重が増えない女性騎士の方がいいということかと」
ヒューリアさんが言うけど、本当かどうかは判らないよね。
まあいい。
俺には関係がない。
「じゃが体重などに関係なく、ムサい男と若くて可愛い女性とでは、人気に格段の差がでる事も確かじゃろうよ。
ビジュアル面は重要じゃよ?
野生動物を売り込もうというのなら、そういった面での条件も考慮されているとみて良い。
マコト殿、フクロオオカミに乗った髭もじゃの厳つい男に助けられて、嬉しいか?」
カールさん、それは言わないでおきましょうよ。




