4.反逆?
ナレムさんはお茶をセットし終えると、そのままカールさんの後ろに控えようとした。
「ナレム。
私的だ。
掛けてよい」
「畏れ入ります」
言いながら平気で腰掛けてくる。
ナレムさんも結構やるね。
考えてみたら、この場に座っているのは帝国皇子、エラ王国王女、ソラージュの子爵といった貴族・王族・皇族ばっかなんだけど。
関係ないか。
私的らしいし。
「つまり護衛ということでしょうか。
でも組織ではありませんとおっしゃいました?」
ルリシア殿下の疑問ももっともだった。
貴顕の護衛なら理解できるというか、必然だ。
例えばソラージュでは形骸化しているけど近衛騎士という身分が作られたし、それでなくても衛士という形でどこの国にでも存在するだろう。
そして、護衛を行うためには組織化が絶対に必要だ。
人間は一人で四六時中警戒することなど出来ないからだ。
まあ一時的なら可能かもしれないけど、いつかは破綻する。
その組織がない?
「そうでございます。
帝国近衛団には団長といった者はおらず、帝国騎士のみが所属します。
しかも、所属しているとはいえ同僚といった概念はございません。
動く場合は常に単独、もしくは配下の者と隊を組むのみです」
「単独。
他の者もしくは組織との連携は取らないということでしょうか。
よく判りません」
ルリシア殿下だけじゃないよ。
俺にもよく判らん。
ふと思いついて言ってみた。
「つまりこういうことですか?
帝国近衛団に所属する帝国騎士がいるのではなく、帝国騎士を総称して帝国近衛団と呼んでいると?」
「さすがでございます。
ヤジママコト大使閣下」
ナレムさんが褒めてくれた。
皮肉じゃないよね?
「少し違いますが、それに近いですな。
むしろ、近衛団とは帝国騎士を登録する場所、と言った方がよろしいかと」
なるほど判った。
これはあれだ。
異世界物の冒険者だ。
帝国近衛団って、多分酒場みたいな場所というか存在なのだろう。
暇な冒険者が飲んだくれていて、依頼があったら腰を上げる。
だから冒険者同士は同類という以上の関係はないし、組織があるわけでもない。
冒険者は単独とは限らないし、むしろパーティを組む方が一般的だ。
ダンジョン探索や護衛だけじゃなくて、色々な特技を持った冒険者もいる、と。
でも帝国騎士は冒険者じゃなくて、帝国の貴顕を護衛する専門家だということだな。
だから戦闘に特化している人が多いと。
「それだけではございません。
帝国騎士の主な役目は、貴顕が通常の生活から離れて、例えば戦場に出た時の護衛でございます。
敵の襲撃から守るだけでなく、身の回りのお世話やここ一番という時の切り込みなど、主の役に立つことなら何でもこなします。
それが出来て初めて、帝国騎士の称号を手にすることが出来るわけでございます」
「『称号』なのですか?
身分や資格ではなく?」
ルリシア殿下が鋭い所を見せた。
基本的には脳天気な娘さんなんだけど、理解力や判断力は十分あるな。
思索型ではないというだけだ。
そっちはロロニア嬢が担当しているんだろう。
いずれにしてもルリシア殿下やロロニア嬢は異世界物のキャラじゃないんだし、そんなに簡単に分類できるはずもないけど。
「そうですな。
帝国騎士は身分とも言えますが、特権や義務があるわけではございません。
一応帝国政府の所属ですので公務員と言えますが、決まった職務があるわけでもない。
そう呼ばれるというだけです。
ただし、帝国政府に限らず社会的にはそれなりの権威を持って遇されます」
何か聞いたことがあるなあ。
あれだ。
近衛騎士だ。
ソラージュの近衛騎士は貴族だけど、だからといって組織に所属しているわけじゃないし、給料は出るけど義務はない。
何だ、そっくりじゃないか。
それを言うと、ナレムさんは頷いた。
「似ておりますな。
ただ、ソラージュの近衛騎士は貴顕の護衛が名誉称号化・貴族化したものでございますが、帝国騎士はそのまま護衛専門職として定着したわけです。
しかも、帝国では組織的な護衛としてハマオル殿が所属していた中央護衛隊が存在しております。
よって、帝国騎士はそれ以外の状況での護衛を担当することになります」
なるほどね。
ソラージュの近衛騎士も、本来は貴族の護衛をするために生まれたわけだからね。
ハマオルさんたちは護衛のプロではあるけど、貴族じゃないからやっぱり宮廷とかでは使えない。
それを補うための存在なのか。
「でも不思議です。
なぜ帝国騎士などという一種の身分が作られたのか、まだよく判りません。
例えばエラ王国には近衛兵がおりますが、これは身分ではなく職種です。
もちろん近衛隊もあって組織化されております。
どう違うのでしょうか」
ルリシア殿下、鋭いというかしつこいね。
まあ暇だからいいけど。
「それは帝国の特殊事情という奴じゃな」
カールさんが口を挟んだ。
「ソラージュやエラと帝国は、国のあり方に大きな違いがある。
マコト殿なら判るじゃろう?」
俺に振らないで欲しい。
「王族と皇族の違いですね」
「端折り過ぎじゃが、まあその通りじゃな」
面倒くさいので端的に言ったんだけど、駄目か。
「王族と皇族、ですか」
テストのつもりかよ!
カールさんが何も言わないので、俺は仕方なく続けた。
「ルリシア様は王女殿下ですが、なぜ王女殿下なのかというと、王族の血をひいておられるからです」
さらに言えばルリシア殿下の場合、ルミト陛下が認知したからだけど。
「そうですね」
「つまり、王室というひとつの一族があるわけですね。
ですが帝国は違います。
確かに皇族は一族と言えないこともありませんが、血族とは限りません。
皇族みんなが帝都にお住まいというわけでもない。
各領地や帝国外に拠点を置いていらっしゃる方もおられます」
シルさんやフレアちゃんなんかがその典型かも。
カールさんもそうだな。
この方たちは紛れもなく皇族なんだけど、例えば帝国の中央護衛隊が組織的に護衛するわけにはいかないからね。
「判りました!
帝国では、一つの組織がすべての皇族の方をお守りするわけにはいかないのですね?」
「厳密に言えば、そういった機能を持つ中央護衛隊という組織は存在します。
ですが、この組織は帝国政府の役職についた貴顕を護衛するためのもので、無役の皇族を四六時中守るというお役目は持っておりません。
そのため、帝国では私兵の存在を認めています」
まあ、聞いた限りでは帝国って連邦国家みたいなものらしいからな。
各領地には統治者がいて、地方政府組織みたいなものもある。
騎士団や警備隊じみたものもあるはずだ。
例の難民って何とか領の警備隊に追われて国境を越えたらしいし。
それって、ある意味その地の領主の私兵だもんな。
「私兵が認められているのなら、帝国騎士のお役目は何でしょうか」
ルリシア殿下の好奇心は収まらない。
面倒くさくなったので黙っていると、カールさんが肩を竦めてナレムさんを見た。
ナレムさんが話す。
「帝国騎士は、個人として貴顕をお守りします。
どなたを守るのかは帝国騎士自身に任されております。
まあ、そういった判断を含めた職務と思って頂ければ良いかと」
うまくまとめたように見えるけど、ルリシア殿下は満足してないぞ。
「では、帝国皇子であられるカル様をお守りするのが、ナレム様のお役目ということですか?」
そう、それは俺も知りたい。
ナレムさんって、確か帝国騎士を退役したかどうかしたんじゃなかったっけ?
「いえ。
私は個人的にカル・シミト皇子殿下の執事をさせて頂いております。
必ずしも、帝国の意向に従うとは限りませんので」
淡々と言っているけど、それって反逆?




