3.早駆け?
急いで臨時親善大使館にとって返し、セルミナさんからみんなにルミト陛下の「ご命令」を伝えて貰った。
俺が言うと無意味にハスィーを刺激しそうだし。
特にルリシア殿下の件で。
セルミナさんが話し終わると、トニさんが真っ先に言った。
「つまり、ヤジマ大使閣下の出国には問題ないということですね」
いやそれはそうだけど。
あいかわらずドライというか、ハスィーに危険が及ばない限りそれ以外には無関心というか。
「私!
マコトさんについて行けるんですね?
やったーっ!
がんばります!」
「少し不安だったけど、要求が通って良かった。
ルミト陛下に感謝」
何かヤバい方面にテンションが高い主従がいるけど、それも大した問題ではない。
「マコトさん」
「はい」
「その条件を承知したのですか」
「……はい」
ハスィー、怒っている?
それはそうだよね。
ちなみに「ルリシア殿下には決まった人がいない」というルミト陛下のお言葉は伝わっていない。
さすがのセルミナさんも、そんな危険な行為は自粛したのだ。
だがルリシア殿下が同行するという事実のみでも十分だったようだ。
意味が判らないもんな。
ララエ公国で何が起こっていたとしたって、ルリシア殿下が何かの役に立つとはとても思えない。
万一その御身に危険が及ぶようなことがあったら、下手すると俺の責任になってしまうし。
親善大使にとってはデメリットしかない要請なのだ。
悪く考えればルリシア殿下を生贄にしてこっちの失点を作って優位に立とうとしているとすら解釈できる。
「そうきたか。
ルミトの奴はこういうことが好きじゃからな。
まあ、気にせんで良いじゃろう。
ルリシア殿下とロロニア嬢はわしが引き受けよう」
カールさんが割り込んでくれた。
なるほど。
親善使節団のじゃなくて、カールさんの個人的な随員ということで誤魔化せばいいのか。
考えてみれば当たり前だ。
一国の王女殿下なんだよ!
よその国のたかが子爵で大使が引き受けられる身分じゃない!
あ、でもソラージュでフレアちゃんの身元引受人になってたっけ、俺。
「あれは、王政府の後ろ盾があってのことですので」
ヒューリアさんが堅い表情で言った。
そういえばそうか。
ソラージュ王政府公認というか黙認というか、何かあったら庇ってくれるという条件だったような。
よく知らないけど。
「そういうことなら良いのです」
ハスィーがよく判らないうちに納得してくれたようだ。
やっぱルリシア殿下を親善大使が預かるって、ヤバかった?
「いえ。
殿下はよろしいのです。
問題はロロニアです」
ハスィーがじとっとした目でロロニア嬢を見た。
傾国姫って、そういう表情できるのか!
知らなかった。
でも美貌との相乗効果が凄すぎて強烈だぞ。
なまじの人ならそれだけで失神しそうだ。
「何が?
私はルリの侍女に過ぎない」
「判っているでしょう。
何を企んでいるのですか?」
「傾国姫は考えすぎ。
私はただ、マコトさんのそばにいたいだけで」
「それが企みだと言っているのです!」
また始まった。
ハスィーの警戒はロロニア嬢向けだったのか。
天敵だからな。
「ああいうのには巻き込まれないようにしていれば良いと思います」
ヒューリアさんが忠告してくれたので、俺は近寄らないことにした。
まさか人死には出まい。
「判りました。
それでは準備をお願いします」
「承知致しました」
ヒューリアさんに丸投げして、オレの役目は終わった。
親善大使は細々したことはやらなくていいのだ。
ていうか出来ないし。
ヒューリアさんが早速フォムさんを呼んで話し始めている。
いつの間にかセルミナさんとトニさんも混じっていた。
大変そうだから近寄らないけど。
ルリシア殿下はカールさんと話していて、話が弾んでいるようだ。
エラ王国王女と帝国皇子だから、身分的には釣り合っているし、両方とも正統な皇/王族ではないので下町的な対応も可能というベストマッチングだ。
まあ、年齢差は50くらいありそうだけど。
そういえばカールさんって、ご家族はどうなっているのだろう。
今まで聞きそびれていたけど、確か転移して最初に流れ着いた街で商家に婿入りしたと言っていたから、ご家族がいないはずはない。
「マコトさん!
他の人たちが忙しいそうなので、私とカル様とでちょっとお茶しませんか?」
誰かに焚きつけられたのか、ルリシア殿下が無邪気に呼びかけてきた。
カールさんも苦笑している。
つまり、準備作業に役に立たない3人はどっか邪魔にならないところに引っ込んでいろ、ということらしい。
見るとハスィーやロロニア嬢もフォムさんたちと打ち合わせを始めているからな。
みんな、こういう事の専門家なんだよね。
俺たち3人を除いて(泣)。
「そういうわけだ。
ナレム、頼んだ」
「承知致しました」
ハマオルさんと話していたナレムさんが頷いて、俺たちは中庭に面した小さい部屋に追いやられた。
どうするのかと思っていたら、ナレムさんがハマオルさんとちょっと話してからきてくれた。
給仕をしてくれるようだ。
何でも出来るんだな。
執事だし。
「何でもというわけではございませんが」
私的な集まりだから、使用人的な立場のナレムさんも対等に話してくれる。
まあ、そんなの気にする人はここには一人もいないからな。
男爵家の私生児から成り上がった王女に「迷い人」が2人だ。
「ナレムは元『帝国騎士』じゃから、仕える相手の世話も出来るよう訓練されておる。
まあ、限定的じゃが」
「『帝国騎士』ですか!」
ルリシア殿下が好奇心を隠そうともせずに言った。
カールさんが頷いて、ナレムさんが頷いて話し始めた。
給仕しながらだよ!
優秀だ。
ハマオルさんとはまた別の方向の特化した護衛のプロか。
「王女殿下は、ホルム帝国についてご存じでしょうか」
「帝国のことなら、概略は存じ上げております。
王室の家庭教師に教わりますので。
公用言語も一通り読み書きできます」
そうなのか!
ルリシア殿下凄い。
まあ、王女ともなれば主要な他国の言葉や基本知識くらいは習うんだろうね。
外交とまではいかなくても、舞踏会や儀式でよその国の外交官に話しかけられて絶句するようでは失格だし。
「帝国の貴族制度については?」
「私の理解している所では、まず皇族がいらっしゃいます。
これは帝国政府によって認められた身分ですが、所属についてはさまざまであったと思います。
次に帝国の各領地における領主および貴族、その方達に仕える臣下、そして庶民という構成であると習いました」
「大変よくご理解されておられます」
ナレムさんが微笑んだ。
利発な孫を褒める優しいおじいちゃん、じゃない!
本気になったらハマオルさんより強いらしいんだよ!
ヤジマ屋敷が襲われた時なんか、窓を破って突入してきた敵をドアごしの「気」だけで撃退していたし。
戦々恐々としているオレに構わず、ナレムさんは茶器をセットしながら続けた。
「帝国政府の配下に『帝国近衛団』という部署がございます。
これは帝国政府直轄で、つまりどなたか個人や特定の役所の所属というわけではございません。
また団とは名乗っておりますが団長といった組織の長は存在せず、指揮系統もございません」
そうなのか。
知らなかったなあ。
あ、そういえばシルさんが「帝国には近衛団があるけど団長はいない」とか言っていた気がする。
いつだったっけ。
「近衛団に所属する者を『帝国騎士』と呼ぶわけですが、この者たちは一人一人が独立した組織の長と言えます。
自分の配下にいかような者を配置してもよし。
使い方もそれぞれ。
そもそも、帝国騎士と呼ばれてはおりますが、必ずしも騎士である必要はございません。
例えば商業や外交に特化した者でも構わないわけでございます。
ただし、それはあくまで余技ですが」
「余技?」
「はい」
ナレムさんの顔が一瞬、凄味を帯びた。
怖っ!
「帝国騎士の第一のお役目は、戦場における貴顕の早駆けを勤めることです。
常に主の前で、あらゆる危険を排除します。
少なくとも、帝国騎士が倒れる前に主が命を落とすことはございません」
やっぱ、そっち方面?




