1.政変?
数日後、フォムさんたちセルリユ興業舎の幹部にも集まって貰って対策会議が開催された。
いや俺が開いたというよりはやりますと告げられたんだけど。
仕切はヒューリアさんだ。
親善使節団のプランナーを任せているからね。
俺は言われた通りにするだけだ。
多分、結論的にゆるゆると次の国に向かうということになると思っていたんだけど。
親善使節団の全員とフォムさん、ソラルちゃんにその他何人かが加わり、さしものリビングルームも人で埋まった後、メイドさんたちがお茶を配膳する。
まあ、一応。
公式な会議のようだ。
使用人の皆さんが去った後、ハマオルさんたちが人払いを確認する。
ヒューリアさんが立ち上がって言った。
「皆様。
お忙しい所を集まって頂き、ありがとうございます。
申し訳ありませんが、緊急事態ということで強行させて頂きました」
緊急事態?
自由にやっていいんじゃなかった?
「実は第一報の後各方面に調査をお願いしたところ、大変な問題が発生していることが判明しました。
といってもまだ詳細は不明なのですが、ララエ公国において政変とまではいきませんがそれに近い状態になっているのではないか、という情報です」
ざわっ、と空気が動いた。
政変?
大変じゃないか!
でもそれ、俺たちにはあまり関係ない気がするけど。
「親善使節団と何か関係があるのですか?」
ハスィーの声が上がった。
俺の替わりに質問してくれたのか。
いや多分、本人の疑問なんだろうけど。
「直接的にはあまりせん。
ただし、ララエ公国の大使館からソラージュ王政府に対して、マコトさんの派遣を強力に要請され続けられているとのことです。
つまり、マコトさんが何らかの解決策を持っているか、あるいは突破口になると先方が考えている可能性が高いかと」
何だよそれ。
意味わかんないよね。
よその国の大問題に俺なんかが役に立つって?
そもそも政治問題なんかにはカカワリアイになりたくないなあ。
俺の目指すところは「日々是平穏」だ。
そもそも親善大使を引き受けたのだって、ソラージュ国内に居たら危険が危ないと脅されたからであって。
「昨日、エリンサのソラージュ大使館から急報がありました。
ルディン王陛下の要請で、ヤジマ親善大使は至急ララエ公国に赴くように、とのことです。
ご命令ではありませんが、事実上はそうですね。
ソラージュ王政府も今回の事態を重く見ているようです」
命令じゃないって、違うでしょう。
自由にやっていいとか言っといて。
それが国王陛下のやり方なのか。
まあ、そうだろうな。
いいですよ。
俺の意思なんか、どっちにしても関係ないからね。
「判りました。
ところで私はララエ公国で何をすれば良いのでしょうか?」
尋ねると、セルミナさんがすまなそうに頭を下げた。
「それについては不明です。
王陛下のご命令でも何も触れていないとのことで」
今「命令」って言ったよね?
魔素翻訳だとそういう表現になるのか。
いいけど。
国王に「要請」されたら逆らいようがないもんね。
するとハスィーが発言した。
「何が起きているのか、推測でもいいですから教えていただけないでしょうか」
「色々手を回して調べてみましたが、情報が錯綜しておりまして。
政変とは言いましたが表面的な混乱は発生していないとのことです。
商人の動きもいつも通りですし、軍が集結したという情報もありません。
ただ、騎士団の動きが活発になっていると」
騎士団ね。
「それはララエ公国の騎士団ですね?」
「そうです。
それもひとつだけではなく、公国を構成する諸領の騎士団のほぼすべてですね。
大規模な動きが見られたり、予備役の招集が始まっているとの噂もあります」
俺は思わず手を上げた。
「ちょっとお聞きしてもいいでしょうか」
「もちろんです。
でもヤジマ大使閣下。
敬語はお使いにならないで下さい」
セルミナさんに叱られてしまった。
「気をつけます。
ところで私はよく知らないのですが、ララエ公国の騎士団は統合されているのですか?」
ソラージュは中央集権制の騎士団だったけど、エラ王国は各領地ごとに独立している。
ララエもそうだと思っていたけど、今の話だと全部が一斉に動いたみたいだぞ。
「そういうわけではないのですが……。
簡単にご説明させて頂きますと、ララエ公国は一種の連邦制国家です。
そもそも「公国」と名乗っているのは絶対王制や帝制ではないためで、従って国王や皇帝といった存在はおられません。
その代わりに大公と名乗る各領地の指導者が集まり、合議制の大公会議を通じて公国全体を支配するという形をとっております」
へえ。
王様がいないのか。
またまた中世にはそぐわない制度が出てきた。
江戸時代じゃなかったっけ。
あ、でも高校の世界史で習ったような気がするな。
地球でも中世から近代にかけてずっと封建制度が続いていたわけじゃなくて、色々な政治形態が試行錯誤されたらしい。
ベネツィアみたいに商人が合議制で国家運営していたり、宗教指導者が政治まで全部やっていた所もあったと教えられたっけ。
今でもイスラム教国家ってあるもんね。
政教分離していても、宗教指導者が大統領より強い権限持っていたりすることもあるとか。
民主主義や共産主義もそのごった煮の中から出てきたわけで、理論的にはどんな形態の国があっても不思議じゃないわけだ。
でもこっちの世界では魔素翻訳があるから、それに従った進化を遂げているはずだけど。
「ララエ公国の国権はその大公会議が持ちますが、国家元首といったものはおらず、すべて合議制で動きます。
つまり、ララエ公国を構成する各領地はその指導者会議の決定に従って統治されているわけですね。
もちろん各領地ごとに騎士団や軍は独立しておりますが、国家規模の問題が発生した時は全体が一度に動くことになります」
そうか。
それで「政変に近い状態」という表現になったと。
確かに、国の領地全部の騎士団が一度に動き出したということは国家規模の何かが起こったことになる。
そんなの、革命とか反乱とかそういうレベルしか考えにくいもんね。
でも、だったらどうして俺を呼ぶの?
関係ないでしょう。
「ひとつ考えられるのは、野生動物関係という事かの」
カールさんが言った。
「野生動物ですか」
「現時点ではマコト殿とララエ公国は何の関係もないじゃろう。
それに、動いているのは騎士団じゃ。
ララエでの騎士団の仕事も魔王対策が含まれるが、マコト殿と魔王は無関係じゃからな」
「それで野生動物と?」
「可能性の問題じゃよ」
カールさんはそこで切ったが、確かにそのくらいしか思い当たらないな。
でも繰り返すけど何で俺が呼ばれなきゃならないんだ?
ララエ公国にいる野生動物なんか、会ったこともないのに。
「野生動物は人間の国や国境に関係なく分布していますからね。
情報は驚くほど早く伝わります。
アレスト興業舎が調査した所では、定期的な野生動物会議以外にも非公式な情報伝達経路が複数存在しているようで」
フォムさんはこないだまでアレスト興業舎にいたんだっけ。
何やってるのやら。
あのシルさんが率いる会舎だからな。
益々尖った活動内容になっているのかも。
「そういった疑問はとりあえず置いておきます。
ルディン陛下の命令が下った以上、ヤジマ大使閣下は出来るだけ速くララエ公国に向かう必要があります。
問題は2つ。
一つは、ルミト陛下にどうお断りを入れるかということです」
トニさんがきびきびと言った。
この人、マジ有能だな。
というよりは「非常の人」なのかもしれない。
特に問題が起こらない時は目立たないけど、何かあったら大活躍するという。
「そしてもう一つの問題は、親善使節団はともかくとして随行のセルリユ興業舎北方開発部隊はどうするのか、です」
トニさんが言いながらフォムさんを見ると、フォムさんはにこやかに笑いながら言った。
「残念ながら、セルリユ興業舎北方開発部隊はしばらく動けません。
従って、ヤジマ大使閣下におかれましては我々の随行なしでララエ公国に赴かれて頂くことになりますね」
見捨てられた?




