21.喝采?
ユリス殿下の「何でも許可するから今日の所はこのくらいで」という訳が判らない言葉に追い出されるようにして部屋を出た俺たちは、再びルリシア殿下の案内でエントランスに戻ってきた。
残してきた俺たちの護衛が駆け寄って来る。
何でそんなにほっとした様子なの?
釈然としないが、目的は果たしたんだからまあいいか。
「ではヒューリアさん、後はよろしくお願いします」
「かしこまりました」
忘れないうちに丸投げしておく。
後は帰るだけだが、エントランスから出てみると大変なことになっていた。
方陣を組んだ衛兵隊が整列しているのだ。
それも複数。
広い城内広場のかなりの部分が埋まってしまっている。
城にいる衛兵を総動員したらしい。
「重武装しているわけではないようです。
装備は通常のままですな。
むしろ儀礼的な態勢かと」
トニさんが教えてくれてほっとした。
でも雰囲気だけなら、今にも合戦が始まりそうなんだよ!
「なんでこんなことに」
「マコト殿の見送りだよ。
親善大使に対する儀礼ではないが、最上級の対応と言って良い。
そうするに相応しいと認められたということだ」
カールさん、俺は親善大使であって将軍とかではないんですが。
「敬意の表れであると同時に示威行動でもあります。
自分たちの持てる力を最大限示して、相手がそれに値することを示すわけです。
エラの古い習慣のひとつですね。
敵対してはいない有力な他領の領主が帰還される時などに行うことがあると聞いていますが」
セルミナさんが外国の儀礼に詳しいところをみせてくれた。
それはそうか。
敵対している相手にやったら、即宣戦布告になってしまうかもしれない。
「しかも、これは領主の命令によってではないそうです。
軍隊の指揮官や兵士が自発的に行う見送りの礼ですね」
「つまり、マコトさんはこのお城の兵士に敬意を払われているということですか」
ハスィーが嬉しそうに言った。
俺は嬉しくないからね。
軍隊に見送って貰っても。
しかもよその国の軍隊だぞ?
「まあ、気にすることはないじゃろう。
軍人なら大変な名誉じゃが、マコト殿はそうではないからな。
とはいえこの影響は小さくはないな」
脅かさないで下さい。
どうなるんですか?
「変なちょっかいをかけてくる連中が減ることは間違いない。
マコト殿が一人でこれだけの軍勢に匹敵すると認められたのじゃからな。
うかつに手を出すと、一軍を相手にすることになる」
「俺はそんなんじゃないですが」
よく判らんけど、核兵器みたいなものか?
表面的には貧弱に見えても、報復攻撃力が激烈であると。
北○鮮みたいに思われているのか俺は!
俺がパニックになりかけていると、吠え声が聞こえた。
犬類連合のライラさんがきちんと座ってこっちを向いている。
その後ろには護衛の犬たちがずらっと並んで頭を下げていた。
「ヤジママコト殿。
今回は本当にありがとうございました。
我々のために、お手を煩わせて申し訳ありませんでした」
何か態度が卑屈になってない?
「とんでもありません。
エラ国王陛下に謁見出来ませんでしたし」
「それはもういいのです。
あの王族から会舎設立のご許可を頂きましたから。
それより、我々の行動のせいでヤジママコト殿にご迷惑をかけてしまったようで」
「いや、むしろありがたかった」
カールさんが口を出してきた。
「マコト殿の力を示すことが出来た。
ただし、この件でエリンサ犬類連合がマコト殿のお味方であると明白に示してしまったが、よいじゃろうか?」
「もちろんでございます。
エリンサ犬類連合は、ヤジママコト殿の依頼があれば、いかなる場所へもはせ参じさせて頂きます」
カールさんが満足そうに頷くと、ライラさんたちは頭を下げてから去って行った。
いつの間にか会話を乗っ取られていたぞ。
まあいいけど。
50頭の犬の群れが堂々と門を抜けていく。
衛兵隊は方陣を組んだまま微動だにしなかった。
「さて、我々も行こうか。
そうしないと連中、いつまでたっても解散できんぞ」
それは大変だ。
カールさんの言葉に、俺たちは馬車に乗り込んでトランスを出る。
ルリシア殿下主従が見送ってくれた。
王女殿下に見送らせる俺って何物?
馬車が進むに従って、城内の風景に変化が現れた。
ちょっと!
方陣が接近してきているみたいなんですけど!
お城のエントランスから門まで、一本道が出来てしまっている。
両側に方陣が展開しているんだよ!
「これは見事なものですね」
「エラの得意技じゃな」
セルミナさんとカールさんが呑気に話していたけど、俺は馬車の中で震えていた。
誰かがその気になったら、この馬車なんか一瞬で押しつぶされるんじゃない?
すると前部のドアが開いてハマオルさんが顔を出した。
「主殿。
こちらへお願いします」
何?
やだよ。
「マコト殿。
これも礼儀じゃ。
ハマオルの言う通りにしていれば良いから」
よってたかって前部のドアから押し出され、御者席に座らされた。
視界が広い。
両側に方陣が展開しているぞ。
怖いんだよ!
すると、誰かが大声で命令しているのが聞こえた。
その途端だった。
方陣が一斉に動き、剣が抜かれた。
ああ、キラキラ光って綺麗だ。
じゃなくて、どうすんだよこれ!
「主殿。
返礼を」
返礼?
ああ、返せばいいのか。
何を?
その思った時には、俺は無意識に立ち上がっていた。
そのままソラージュ騎士団の礼をする。
ロッドさんに教えて貰った奴で、なぜか宇宙戦艦ヤ○トの乗組員がやっていたアレにそっくりなボーズだ。
背筋を伸ばし、左腕を垂らしたまま右腕を肘の所で直角に曲げて腹の前で握り拳を作る。
ちょっとカッコいいので、何度かこっそり練習していたりして。
厨二って言うなよ?
そのポーズがとっさに出てしまった。
いや俺、他に敬礼とか知らないし。
ウォォォォーーーッというような雄叫びが上がった。
方陣が叫んでいる。
「ヤジママコト!」
「ヤジママコト!」
「ヤジママコト!」
「「「ヤジマ! ヤジマ! ヤジマ!」」」
五月蠅くてそれ以外が聞こえない!
魔素翻訳に頼るまでもなく、周り中すべての人がヤジマとか叫んでいるのが判った。
いや、ちょっと変だけどヤジマという発音がはっきり聞こえるんだよ。
これ、どうすれば。
「お見事です。
主殿」
ハマオルさんが満足そうに言うのがかろうじて聞こえる。
「どうすればいいんでしょうか?」
前を向いたまま聞いてみたら、ちゃんと答えてくれた。
「門を抜けるまでそのままの姿勢でお願いします」
さいですか。
まあ、それくらいなら。
ていうか、他に何をしていいのか判らなかったので助かった。
だが、これって露骨に厨二だよね?
何で俺がこんな目に遭わなきゃならないの?
でも現実だ。
誰も助けてくれない。
俺は唖然としたまま、固まり続けたのだった。
やっとお城の門を出ると、俺はすぐに厨二の姿勢を止めて馬車に逃げ込んだ。
「マコトさん。
凄かったです!」
ハスィーが俺の胸に飛び込んで来た。
嬉しいんだけど、腰が抜けて力が入らない。
身体の震えも収まらないので、腕の中のハスィーを抱きしめる。
うん、これで誤魔化せるかも。
「さすがじゃな。
これでもう、マコト殿はエラでは無敵じゃよ」
カールさん、何ですかそれ。
「カル様のおっしゃる意味は、今後はエラ王国軍がマコトさんの後ろ盾になるという意味です。
つまりマコトさんに敵対する者は自動的にエラ王国自体を敵に回すと」
セルミナさんが解説してくれたけど、何それ!
俺、何をしたの?
「地球の古代ローマでの儀式に似ておるの。
誰に命じられることもなく、ローマ兵自らが『ローマ兵を率いるに相応しい将』を称えて、その場に居るすべての兵が喝采する。
それに応えた者は『将軍』の称号を得る。
よく似ておる。
エラ王国軍の古い習慣じゃな」
つまり?
「マコト殿はエラ王国軍を率いるに相応しいと認められたということじゃ。
良かったの?」
パネェ。




