18.開門?
案の定、エラ王政府がある城はちょっとしたパニックに陥ったようだった。
突然、数台の大型馬車を守る野生動物の大群が押し寄せて来たんだから当たり前だ。
俺たちの馬車から見ていると、まず城門が閉ざされ、続いて衛兵らしい人達が集合している様子だった。
これはまずいのでは。
「警戒されていますね」
それどころじゃないだろう!
あれは間違いなく臨戦態勢だぞ。
どうするんだよ!
すると馬車の前部のドアが開いて、ハマオルさんが顔を出した。
「主殿。
どうなさいますか」
どうって。
突破しろとか言ったら平気でやりそうで怖いんですが。
「私が門を開けて頂くよう、交渉します。
許可を頂きたい」
トニさんが立ち上がった。
意外だ。
こういうのって、むしろ外務省のセルミナさんの役目かと思ったんだけど。
「エラ王国は保守的ですから。
年配の男である私の方が適任ですので」
さいですか。
ではよろしくお願いします。
俺が言うと、トニさんは平気な顔で頷いてハマオルさんに声をかけた。
「全隊を止めてくれ。
動きがあるまでは待機だ」
「承知いたしました」
ハマオルさんも慣れたものだった。
前部のドアが閉まり、続いてハマオルさんの命令が響き渡ると、すぐに馬車や野生動物たちの動きが変化した。
俺たちの馬車を中心にした方陣のような隊形に変わっていく。
やがて俺たちの馬車が停まると、トニさんは平然と馬車のドアを開けて降りていってしまった。
俺、トニさんって人を誤解していたのかも。
こんなに度胸がある「漢」だとは思ってなかったぞ。
「こういう状況は彼の十八番です。
行政事務官や領主代行官は、まずハッタリの才能が求められる所がありますから」
セルミナさん、クスクス笑うのは不謹慎なのでは。
「マコト殿はまだ経験値が足りんから判らないかもしれないが、この場合トニ殿の身は我々より安全と言っても良い。
交渉官を攻撃したら、開戦を宣言するようなものじゃからな」
カールさんも慣れている様子なのですが。
今までどんな経験をしてきたのか。
益々謎が増えた気がする。
「そんなことはどうでも良い。
始まるぞ」
カールさんの言葉で窓から顔を出して前を見ると、トニさんが派手な制服を着た衛兵の人に挨拶した所だった。
服に飾りが多いから、多分偉い人なんだろうな。
「あれは衛兵長だと思います。
将軍とまではいきませんが、指揮官クラスの軍人ですね」
セルミナさんが冷静に述べる。
それってまずくない?
「交渉担当者にあのクラスが出てくるということは、つまりマコトさんが一軍の指揮官レベルであると認められたということですね。
当然です」
ハスィーも。
どうしてみんなこんなに気軽なんだろう。
ひとつ間違ったらソラージュとエラの戦争のトリガーになるかもしれないのに。
「心配いらん。
今頃ルミトは大笑いしていることじゃろうて」
まあ、あの国王陛下ならそうかもしれませんが。
その間にもトニさんと向こうの派手な制服の人の話し合いが進んだようで、トニさんがきっちりと頭を下げ、相手が敬礼した。
トニさんが戻ってくる。
馬車に乗り込んできたトニさんは落ち着き払って言った。
「話はつきました。
すぐに門を開けてくれるそうです。
ただし、内部に入る員数を制限されました」
それはそうだよね。
この頭数で城内に突入されたら、下手するとエラ王政府は落ちるぞ。
「それからこちらの軍勢はとりあえず引き上げて頂きたいとのことです。
城門前に固まって居座られると、通常業務に支障が出かねないとのことで」
当然と言えば当然の要求だけど、逆に依頼になっているのが変じゃないですか?
押しかけられた側が遠慮してどうする。
「それだけこちらを脅威に感じているということでしょう。
威嚇よりお願いに走ったのがその証拠です」
「ますますこっちに有利になってきたの」
ヒューリアさんとカールさんもいい加減にして。
俺は戦争しにきたんじゃないから!
ブツブツ言っている間にトニさんがハマオルさんと話して、すぐに号令が響き渡った。
ライラさんたち犬類連合にも伝わったらしくて、すぐに周囲の犬たちが引き始める。
窓から眺めていると、まるで軍隊のように整然と引き上げていくんだから見ている人はビビるだろうなあ。
あんなに統制が取れた集団とやり合ったら、例え軍隊だろうが危ないぞ。
しかもいくつかの群れに分散した犬類連合の人たちは、解散せずに広場のあちこちで隊列を組んだまま待機状態に入った。
確かに門の前から引き上げはしたけど、いつでも突入できるような態勢を維持しているわけか。
誰が指揮しているんだろう。
ライラさんはエリンサの犬類連合の長かもしれないが、これだけの指揮能力があるとは思えないし。
「ドルガ商会から派遣された犬が噛んでいますね」
突然、ハスィーの膝の上にいる猫が言った。
不意を打たれたのでどきっとしたぜ。
だって猫だよ!
俺の嫁の膝の上で丸まって寝ていたのに、突然会議中のビジネスマンみたいな口調で話すんだもんな。
まあ、鳴き声なんだけど。
でも意味がはっきり取れる。
この猫もただ者じゃない。
最初に会った時のツォルとかがカタコトだったことを思うと、やはり都会の野生動物は洗練されている。
というよりはむしろ、この猫が精鋭なんだろうな。
それほどの猫がハスィーを守ってくれているのかと思うと心強いよね。
「ありがとうございます」
思わず礼をしてしまった。
「とんでもございません。
こちらこそ『マコトの兄貴』の奥方を守らせて頂けて光栄です。
多数の野生動物が、少しでもおそばに控えさせて頂こうと覇を競っています。
私は幸運です」
何それ。
意味が判らないよね。
「私なんぞの近くにいても、あまり意味がない気がしますが」
「お判りになっておられないようですね」
猫の人は落ち着き払って言った。
「おそらくこの犬類連合も、『マコトの兄貴』が宮殿に登宮するというので集まってきたのだと思いますよ。
これだけの集団を動員できるような権威は、失礼ですが犬類連合の長にもあるとは思えませんので」
この猫、何者なんだろう。
外見は渋茶の毛皮のちょっとでかい普通の猫に見えるんだけど、とんでもない。
なまじの人間どころか専門家でもこれだけの見識や胆力はないぞ。
何か、ホス・ヨランド近衛騎士に近いような迫力を感じる。
やはり猫又か?
「私はニャルー商会に所属する一介の舎員に過ぎません。
まあ、ニャルーの大叔母の血縁ということで、引き立てては頂いておりますが」
やっぱあの化け猫の縁戚か!
まずい。
確か紹介されたような気がするけど、名前忘れた。
雄だし。
「トルメ殿はニャルー殿の血縁でしたか。
素晴らしい方ですね、ニャルー殿は」
ハスィーが助けてくれた。
俺の嫁は世界一ィ!
「ありがとうございます。
大叔母は我らの誇りです」
猫又の甥……じゃなくてトルメさんはハスィーの膝の上から降りて、きちんと正座? してから頭を下げた。
この人、ニャルー商会の中でも結構重要人物? なんじゃないかな。
いくら何でもここまでの人材がそんなにゴロゴロいるとは思えないし。
やはり、何か使命を帯びて送り込まれてきたのだろうか。
するとトルメさんはひょいっとハスィーの膝に上に戻り、丸くなった。
「私は猫撫で要員のふりをしていますので、『マコトの兄貴』もそのつもりでお願いします」
偽装工作員かよ!
だが、ハスィーが背中を撫でると身体の筋肉を弛緩させてゴロゴロ言い始めた。
擬態か。
それともサボっているだけ?
「マコト殿。
門をくぐるぞ」
カールさんに言われて俺は反射的に窓の外を見た。
巨大な扉が巻き上げられ、俺たちの馬車がその真下を通過する所だった。
今襲われたら一発じゃない?
無事に城内に入るとため息が出た。
良かった。
戦争にならなくて。
俺の馬車は周囲を護衛や野生動物に囲まれたまま、聳え立つ城塞のエントランスに向かっていく。
多数の衛兵が緊張して見送っていた。
というか監視だね。
城内に入れたのは馬車数台と野生動物が五十頭程度なのに、まだ警戒するのか。
「当然じゃろう。
手持ちの戦力だけでも結構やれるぞ」
だからカールさん、俺はやるつもりはありませんから!
エントランスに着くと、何とルリシア殿下主従が待っていてくれていた。
王女がこんな所に出てきてもいいの?
「マコトさん!
凄いです!
今なら何を要求しても通りますよ!」
止めて。




