17.示威行為?
そう来ましたか。
いや、確かに発想はいいよ。
エリンサはエラの王都だけど、それ以前にルミト国王陛下の領地だ。
そこで何をしようが、領主である陛下の勝手だ。
だからルミト陛下に後ろ盾になって貰えば、大抵の事は可能になる。
他の貴族からの横やりも入らないだろうし。
だけど、それってエラ王国の話だからね。
よその国の親善大使が口を出していいんだろうか、疑問だ。
「ですから、ヤジマ商会の会長であるヤジママコト殿に」
「いえ、ヤジマ商会の会長としての私は、別にルミト陛下に口利きできるほどの立場にはいませんので」
親善大使なら、親善のためだといって取り入ることは可能かもしれない。
だけどこれはヤジマ商会の事業だからね。
それなことをする権利があるかどうか。
俺が悩んでいると、突然アロネさんが言った。
「差し出がましいとは思いますが、よろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ」
「ありがとうございます。
私はアロネと申します。
セルリユ興業舎狼騎士隊の副隊長を務めさせて頂いております」
後半はライラさんに向けた言葉だ。
「ライラです」
「よろしくお願いします。
再確認させて頂きますが、ライラ様のご要望はルミト王陛下にご紹介して頂きたい、ということですか?」
ライラさんは頭を振った。
すげえな。
身振りまで人間と同じだ。
ドリトル先生って正しかったんだ!
「いえ。
出来れば事業会舎の設立についてもご協力頂きたいと。
そのためには、まずこの国の最高権力者に承認して頂かなければならないと教えられましたが」
誰かに入れ知恵されたか。
多分ドルガ実業の派遣員だろうな。
凄いものだ。
人間でもここまでやれる人ってあまりいないような気がするぞ。
アロネさんは頷いて、俺に言った。
「今のお話ですが、ライラ様のご依頼について、親善大使閣下の業務として考えられても良いと思います」
「それは難しいでしょう。
会社設立は大使の職務ではありませんが」
俺の反論にアロネさんは頷いてから続けた。
「それはそうです。
ですが、離宮や中央広場で実施したセルリユ興業舎のイベントと同じだと考えられませんか?
ソラージュとエラの親善のために、エリンサの発展に寄与するということで」
なるほど。
強引だが理屈は通っているか。
あれはルミト陛下の陰謀だったんだけど、形としては俺が両国の親善のためにセルリユ興業舎のイベントをやらせたみたいになっているからな。
それによって確かに両国の友好は深まったように見えるし、金が回って経済も少しは活性化しただろう。
エラの犬類連合の事業会舎を立ち上げたら、つまり何も無かったところに新しい事業を始めるわけだから、更に経済的な発展が見込まれると。
俺は少し考えてから言った。
「判りました。
事業会舎の設立に関与できるかどうかはまだ判りませんが、とりあえず陛下への謁見については打診してみます」
「ありがとうございます!
ヤジママコト殿」
ライラさんが嬉しそうに吼えた。
うーん。
乗せられた感がビンビンくるけど、まあ仕方がないか。
そもそも大使なんてのは利用されてナンボだからな。
別に俺やソラージュにとって害になるわけでもないし。
ルディン陛下から「好きにやれ」と言われているんだから、好きにやってもいいよね?
それにしても、こういう決断が俺に出来るとは思わなかったなあ。
今まではシルさんやジェイルくんがいてくれて、俺はただ言われた通りにしていれば良かったからね。
経営者の器じゃないのは判っているのだ。
俺はサラリーマンだから。
ああ、そうか。
今回の件も、ルディン陛下やルミト陛下から好きなようにしろ、と言われているからすんなり出来たと。
やっぱ俺って駄目駄目だな(泣)。
ライラさんは俺から協力するとの言質をとったことで満足して去って行った。
詳しいことはまだ聞かない。
まずはルミト陛下に謁見してからだ。
そこで駄目だと言われたら打ち切りだ。
早速セルミナさんにお願いして王政府に謁見を願い出た所、すぐに許可が降りたらしい。
早すぎない?
「それが。
ルミト陛下は予定が詰まっておられるので、代理の方が会ってくださるそうです」
「代理の方、ですか?」
国王の代理というと宰相とか?
「現在、エラ王国には宰相はおられません。
おそらくギルドの総括業務を委任されている方だと思いますが」
セルミナさんが自信なさそうに言った。
よその国のことだから、よく判らないのはしょうがない。
でもギルド総括というと、ソラージュではミラス殿下が担当しておられたっけ。
つまり、王族が直接担当するレベルの重要事ではあるのだ。
ということは、それなりの方が出てくる可能性が高い。
まあ、親善大使である俺の相手がルリシア殿下だったくらいで、大した立場の人じゃないかもしれないけど。
「どうせ私は大したことありません」
失敗った。
ルリシア殿下に聞かれてしまった。
「親善大使の接待を勅命で任されたのですから、殿下は重視されていると思いますよ」
ハスィーが慰めていたけど、ルリシア殿下は暗いままだ。
困ったなあ。
大したことがないのは俺の方だと思うんだけど。
「そんなことはありません!
マコトさんはエラ王国にとっても扱いを間違えると大変な事になる重要人物です!」
ハスィー、その気持ちは嬉しいんだけど、それだと俺が災厄を運んでくる危険人物みたいだぞ。
「傾国姫は正しいです。
マコトさんを怒らせたら、エラ王国はかなり高い確率で滅亡します」
ロロニア嬢も、追い打ちをかけないで下さい!
みんな一体、俺の事を何だと思っているのか。
「マコト殿はマコト殿だな。
世界で一番怒らせてはならない人物じゃよ」
カールさん、ニヤニヤ笑いながらそんなこと言ってもバレバレですって。
でも、みんななんで頷いているの?
「そうですよね!
考えてみたら、私はともかくロロニアがこの案件に専属で投入されているのですから生半可な問題であるはずがありませんでした!」
ルリシア殿下が納得して復活してしまった。
ええと、つまり俺って「問題」なのか。
「もちろん違います!
マコトさんの意思が一番重要だということです!」
もういいです。
ルリシア殿下、というよりはロロニア嬢経由で伝えられた謁見日は何と次の日だった。
よほど暇なのか、あるいは急ぐ理由があるのか。
まあいい。
もちろん俺の予定は詰まっていたが、エラ王政府からの呼び出しとあれば優先順位が覆る。
翌日、俺たちとライラさんたちエリンサ犬類連合の代表は昼飯の後に臨時親善大使館の前で落ち合い、一緒に例の王城に向かった。
ソラージュでは何でもギルドだったけど、エラでは何でも王政府、というよりは宮廷らしい。
実に封建国家だ。
俺たちも初めて謁見する方だというので、親善使節団はフルメンバーだった。
顔つなぎはしといて損はないからね。
さすがの俺の馬車も、使節団全員が乗り込んだために結構窮屈だ。
ちなみにルリシア殿下主従は先方で待つとのことだった。
みんな一緒にいるというのは護衛するのに便利になったかもしれないけど。
でもそれは、俺の馬車の護衛が増えたことになるわけで。
護衛の馬車に野生動物たちも加わって凄い陣容になってしまった。
そして、まさか俺たちに対抗したわけではないだろうけどライラさんたち犬類連合も同じだった。
屈強な野良犬の群れが俺たちの馬車と併走している。
何百頭いるか判らない。
あまり広くない道は完全に馬車と野生動物に埋め尽くされ、すれ違う人たちは恐怖の表情を浮かべている。
濁流のように道を埋め尽くしながら移動する野生動物たち。
これは酷い。
ヒッチコックか誰かのホラー映画みたいじゃないか!
「こんなことして大丈夫なんでしょうか」
俺が思わず漏らすと、馬車に同乗しているカールさんが笑い飛ばした。
「これは良い。
ソラージュの親善大使がどれほどの力を持っているのか、エリンサの連中に見せつけてやる機会じゃな」
何てことを!
これでは本当に俺が恐怖の大王か何かだと思われてしまうぞ!
「既に手遅れです。
セシアラ公爵領で起きた出来事はエリンサどころかエラ王国全体に広まっているそうです」
トニさんが教えてくれて、俺は立ちくらみがした。
そうか。
それはそうだよね。
あれって端から見たら、俺がエラ王国中の野生動物を集めて謁見したようにしか見えないだろう。
困ったなあ。
俺、そんな気は全然ないのに!
「ライラ殿が今回の話を持ちかけてきたのも、おそらくそのせいでしょうね」
ヒューリアさんが無情に述べた。
「この状況は、見ようによっては『野生動物の王』であるマコトさんがエラ王国の王政府に向かって進軍しているようなものです」
「あながち間違っていません。
これで要求が通しやすくなりました」
ハスィー、砲艦外交じゃないんだから!




