14.面倒?
荷物は重いが、仕方がないので背負ったままマルト商会の方に向かう。
まだ日が高いから、いったん戻って身軽になってからぶらついてもいいかもしれない。
急ぐことはないので、辺りを見物しながらブラブラ歩いていて、ふと俺も余裕が出てきたな、と思った。
異世界転移して1週間くらいになるけど、やっと慣れてきたというか。
実は、毎朝起きるたびに変な夢を見たなと思うのだが、よく知るようになってしまった天井が目に入って現実に呼び戻される日々が続いている。
でも、なぜか仕事の夢はまったく見ないんだよね。先輩たちの話では、年期が入ってくると夢の中でも書類を作ったりプログラムを組んだりするそうだが、俺はそこまでいかないうちにこっちに来てしまったからなあ。
実際問題として、俺が入社して働いていたのは1年ちょっとなわけで、それ以前の4年間の大学生生活とか、もっと前の中学・高校の頃の事が出てきてもいいと思うんだが、それもない。
なんか俺、物凄く寂しい人生をおくってきたんじゃないのか?
いや、親や友達のことも夢に見ないしな。
むしろハッサンや兆さんといった仕事仲間や、上司たちのことをよく思い出すくらいだ。
男なんてそんなもんじゃないのか?
彼女どころか知り合いの女の子すらいなかったし。
同期の女子とは完全に没交渉だったしな。
まあ、お互いに仕事に慣れるのに必死で、それどころじゃなかったせいもあると思うんだが。
そう願いたい。
そんなことを考えながら歩いているうちに、マルト商会が見えてきてしまった。
門のところで挨拶して、社員寮に戻る。
自分の部屋に入り、荷物を置いてさてと思った瞬間、身体がズンと重くなった。
ああ、そうだよな。
今日は半日歩いたんだ。
これから外出なんて、とんでもない。
俺は上着を脱ぎ捨てると、靴を蹴り飛ばしてベッドに倒れ込んだのであった。
あっという間に眠って、起きたら暗くなっていた。
起こしてくれたのは、ソラルちゃんじゃなくてジェイルくんだったので、ちょっとガッカリした。
そのまま飯を食いに行って、初クエストがどうだったかを聞きたがるジェイルくんに適当に答えながら素早く食事を済ませ、振り切って自分の部屋に戻ってすぐに寝た。
起きたら夜が明けていて、身体中が痛かった。
その日は『栄冠の空』が休みだというので、結局一日中ブラブラしていた。
筋肉痛がたまらない。
気づかなかったけど、股擦れもかなり酷くて、ガニマタで食事に行ってソラルちゃんに笑われた。後で塗り薬を届けてくれたから許すけど。
初クエストが無事に終わったことは、『栄冠の空』からも情報が入っていたみたいで、やれやれである。
俺としては、何しに行ったのかよく判らない仕事だったけど。
まあ、新人にはよくあることだ。
俺だって、研修を終えて配属されてしばらくは、何がなんだか判らないままに、言われた通りにしていただけだったからなあ。
まあ、その前に一応研修を受けていたので、専門用語なんかは何とか理解できたけど、現場の仕事は現場でしか覚えられない。
経験を積むしかないんだよね。
そういう意味では、俺なんか当分の間は『栄冠の空』では役に立つどころか邪魔しないようにできれば上出来だ。
夜になって、やっとまともに歩けるようになってきたので食堂で飯を食っていると、ジェイルくんが来て俺の隣に座り込んだ。
何か浮かない顔をしているんだよな。
珍しいから聞いてみた。
「いえ、何でも……いや、マコトさんにも関係があることですね。ちょっと面倒なことになってまして」
「俺が? 何かした?」
「マコトさんが直接的にしたわけでは……いや、やっぱりマコトさんが原因と言えますね」
そこで言葉を切ってため息をつく。
止めるなよ。
気になるだろう!
「まだ話せないんですが……まあ、そのうちに判るでしょう」
ジェイルの奴は、それで話を打ち切って黙々と食べ始めた。
何だよ。
いやな予感はするけど、どうしようもないな。
食い終わってすぐに部屋に戻り、まだ身体が怠かったのですぐに寝てしまった。
昨日、やっぱ無理しすぎたからな。
夢も見なかった。
翌日から『栄冠の空』に通勤する日々が続いたが、仕事がなかった。
毎日待機だ。
考えてみれば、ある程度の大事が起こらないと『栄冠の空』ほどのチームにはお呼びがかからないのは当然で、日帰りクエストなんかめったにないらしい。
従って、いったん仕事にかかると何日も遠征するのが普通で、そうじゃない時は待機状態になる。
この機会に、俺は少しでも体力をつけようと思ってホトウさんに武術などの指南を頼んでみたが、俺にはまず基礎体力が圧倒的に足りないということで、当分の間はとにかく歩いて身体を鍛えろと言われた。
武芸や戦闘方法、あるいは冒険者としての技術知識は、その後だそうである。
まあ当然か。
大体、俺は冒険者にはならないからな。
染まるのは嫌だし。
というわけで、俺は毎日、給料を貰いながら街を見物して過ごしていた。
昼休みにはマルト商会に戻ってきて飯を食いながら、ジェイルくんやキディちゃんとお話しする。
色々教えて貰った。
二人とも忙しいから毎日じゃなかったけど、俺が今いる街がアレスト市であることや、アレスト市はサリ州にあることや、国の名はソラージュで王制だということも知った。
通貨はソラで、俺の感覚では1ソラが5円くらいかな。まあよく判らないけど。
あまりにも覚えなければならないことが多くて、そのほとんどが頭を素通りしてしまったが、毎日が結構楽しかった。
いい仕事じゃないか!
楽だし。
ほとんどニートだし。
『栄冠の空』の人たちともかなり話せるようになってきたし、この調子でまったり生活がいつまでも続けばいいなと思っていたんだが。
無理だよね。
ある日、夕食を食っているとジェイルくんが来て言った。
「マコト、明日は出勤ですね?」
「ああ。いつも通りだけど」
「そうですか。私も一緒に行きます。明日の朝は、部屋で待っていて下さい」
何だよ!
また保護者付きか?
ジェイルくんは、飯も食わずにそのまま立ち去ってしまった。
よほどのことが起こったのかなあ。
まあ、俺には関係ない……とは言えないけど、どうにもならないからパス。
翌日、早々に起きて飯を食い、部屋で待っているとジェイルくんがやってきた。
こないだと同じ正装というか、商売形態だ。まあ、別組織に乗り込むんだから当たり前だろう。
日本でも、顧客のところに行くときには背広にネクタイ締めるからね。
俺は仕事なので、作業着にナップザックを背負ったいつもの恰好である。
なんか、この姿が板に付いてきてしまった。靴も足に合っていて履きやすいし。
そういえば、最近はいくら歩いても靴擦れが出来なくなってきた。地球の靴並に性能がいいものを購入した(高かった)こともあるけど、むしろ俺の身体がこの生活に慣れてきたんだろう。
やだなあ。
俺、インドア派なのに。
ジェイルくんも食事は済んだというので、二人で『栄冠の空』に向かう。
しかし、ジェイルくんは何をしに行くんだろう。まあ、俺に関係があることなのは確かだけど、心当たりがない。
特に何もしてないしな。
まともな仕事と言えば、フクロオオカミさんの奴だけだし。あの時は『栄冠の空』の代表と会ったけど、ただそれだけだった。
それ以来、完全に忘れられている。
いや待て。
ひょっとしたら、代表とマルトさんの間で取引か何かがあって、俺って売られたのでは?
買ったのがどっちかは判らないけど。
ひょっとしたら、押しつけあったのかもしれない。
でもインターンだし、そう簡単に首とかできないはずだよな。大体、勤め始めてまだ数日だぞ。
そのうち仕事したと言えるのは1日だけだし。
そんなことを考えながら『栄冠の空』に到着し、受付でネコミミのキディちゃんに挨拶する。
いや耳じゃなくて髪の毛なんだけどね。
でも、ちょっと遠くから見たらどうみてもネコミミだ。本当にファッションなんだろうか。
似合っているから違和感ないけど。
でもモス代表も、あんな顔と身体でネコミミだったし、何かアイデンティティに関わる問題があるのかもしれない。
あ、そういえば猫獣人とか言っていたっけ。まさか、本当に猫の血が混じっているとか。
そのうちに朝礼? の時間になったが、今日は人数が少なかった。
みんな仕事に出ているらしい。
街にいる限りはこの朝礼の出席義務があるらしいので、いない人たちは泊まりで街の外に出ているのだろう。
朝礼はすぐに終わったが、解散する時にホトウさんが合図するので、ジェイルくんと一緒に奥に向かう。
ああ、この辺は完全に会社だなあ。
目を瞑れば日本にいると錯覚しそうだ。
もちろん、日本にあってこっちにはないアレ、つまりパソコンの臭いがしないので、すぐに違いが判るけど。
部屋に大量のパソコンがあると、空気がなんか暑いし微妙な気流があるし、何とも言えない臭いがするんだよね。
金属とプラスチックが暖められて揮発しているような臭いが。
「ホトウです。マコトとジェイルさんをお連れしました」
「入れ」
全員で部屋に踏み込んで、次の瞬間俺は棒立ちになった。
モス代表が、デスクではなくソファーに座っている。それはいい。
シルさんもその斜め前に同席している。
渉外だからな。
だけど、なんでこんな所にいるんですか、ハスィーさん?




