13.法衣貴族?
ロロニア嬢とやり合ったためか、ハスィーが興奮して誘ってきたのでその夜もやはりヤッてしまった。
最近多すぎない?
いや別に嫌だとか面倒くさいということはないけど。
ていうか好きだけど。
でもこんなにヤッてばかりいると、もはや子供ができるのは時間の問題という気がする。
「でしたら嬉しいのですが。
わたくしは大丈夫です。
マコトさんはお気になさらず」
いつもそう言われるけど、そんなわけにはいかないよね?
男として旦那として責任というものがあるし。
具体的には何をすればいいのかよく判らないけど。
もやもやしたまま眠って起きると夜明けだった。
寝心地がいいベッドだからね。
俺の馬車のベッドも悪くないんだけど、やはりマットレスなんかの質は劣るから。
親善大使、というよりは貴族になってから通されるホテルの部屋は大抵スイートや貴賓室だし、部屋のグレードに伴ってベッドも快適だから、このままでは贅沢に慣れてしまいそうだ。
むしろまだ慣れてないのが俺の本性を現しているようで悲しい。
ちゃんと部屋の前の廊下で待機していた使用人の人に案内されてシャワーを浴び、着替えて領主館を出ると、やはりみんな揃っていた。
ぶれないね、皆さん。
野生動物たちもいるので聞いてみたら、俺の朝練に間に合うように山から帰ってきたそうだ。
そこまで律儀にしなくてもいいのに。
みんなで体操した後、走り出す。
俺の護衛である犬の人たちが併走してくれているな。
猫はこういう場合は待機になるらしい。
長距離の移動は苦手なのか。
ハマオルさんがいつものように先触れをしていてくれたらしくて、問題になるようなことはなかった。
「坂が多いので、いつもよりはきついかもしれません」
「判りました」
昨日も思ったけど、この何とか男爵領って全体的に傾斜しているんだよね。
高度が高いこともあるし、むしろ平野から山の方に向かう裾野に位置している気がする。
いかに公爵と縁続きだとしても、男爵ではこの程度の領地しか与えられないということか。
というよりむしろ、男爵程度でこれほどの領地を持っている方が不思議だったけど、立地条件的にはあまり良くない領地なのかもしれない。
走りながらハスィーにそのことを言うと、少し考えてから教えてくれた。
「そもそも貴族という存在は、初期は領地抜きには考えられませんでした。
むしろ領地を統治するために任命されたり、もともとその土地を支配していた豪族を国王の名の下に爵位を与えて支配下に置いたものが貴族と言えます」
「そうなのか。
だったら」
「はい。
ですから本来貴族はすべて領地持ちであるはずなのですが、国としての形が整ってくると、領地貴族を統治するための上位貴族を作る必要が出てきました。
国が小さい間は国王が直接支配できますが、それにも限界がありますから」
それはそうだ。
日本だって、例えば字とか村レベルだったら首長が一人で全部出来るだろうけど、それがいくつも増えてきて、しかも村や町それぞれに村長や町長がいたりすると、もうトップ一人ではどうにもなるまい。
どうしても組織が必要になるけど、それに属する人たちは少なくとも名目上は支配下の集団の長より上位である必要がある。
でなかったら誰も従わないからだ。
逆に民主主義なら、選挙で選ばれた人が任命したりして統治組織を作れるんだけど、封建主義だとそうはいかない。
各領主たちは、自分より身分が低い者には従わない。
法治国家と違って、法律に従うわけじゃないからね。
あくまで国王に従うわけで、その下にいる平民が何か言っても鼻で笑われるだけだ。
「でも、だったら領地持ちの貴族が国王の補佐をすれば」
「その方の領地はどうするのですか?
放置することは出来ませんが、国家を統治しつつご自分の領地をきちんと支配して運営するのは難しいですよ」
そうだね。
出来なくはないと思うけど、よほど優れた統治者じゃないと駄目だろう。
確か高校の日本史で習ったと思ったけど、保科正之という大名は会津藩を見事に統治しつつ徳川幕府の重鎮として活躍したという。
ほとんど自分の領地に帰らないのに大抵の藩よりうまく運営できていたという話で、でもそんなことが出来るのは一部の天才だけだ。
「すると、自分の領地を持たない高位貴族が必要になるわけか」
「あるいは爵位を持ったまま、有能な家臣や家族に領地の経営を任せるかですね。
その方法は有効で、実際にそうされている貴族はいらっしゃいますが、これも人によります。
そんな都合の良い条件がいつも揃うとは限りませんから」
確かユマさんの父上のララネル公爵殿下がそうだったような。
奥方のエメリタ様が領地を統治して、公爵ご自身は王都にいるとか言っていたな。
でもララネル公爵殿下って、何か政府の役職についていたっけ?
「常設の役職にはつかれておられませんが、帝国に赴任する全権大使や政府の高官を歴任されておられたと思います。」
「そういえば、ユマさんが小さい頃に家族で帝国に赴任したと言っていたな。
そこでシルさんやヒューリアさんに会っていたと聞いたっけ」
「人の縁とは不思議なものですね」
ハスィーが少し息を弾ませながら感慨深げに言った。
お互い走りながらよく会話できるよね。
それだけ体力がついてきているんだろう。
ふと気づくと、俺とハスィーの周りがぽっかり空いている。
みんな気を利かせてくれているらしい。
では話を続けようか。
「話を戻すけど」
「はい。
そういうわけで、面倒な領地を持たない高位貴族が生まれたわけです。
主に王政府の要職につきます。
それらは法衣貴族と呼ばれますが、マコトさんがすんなり理解できるということは、そういった存在をご存じなのですね?」
「直接じゃないけどね。
俺のふるさとにも貴族制度はあったから」
もうあまり残ってないけどな。
ていうか、俺の知識って軽小説から来ているんだけど。
でなければ法衣貴族なんて言葉、知っているはずがない。
「そうなのですか。
わたくしはマコトさんもそちらの世界における貴族家の出身だとばかり」
「違うって!
俺はバリバリの平民だよ!」
正確には市民と言うべきだろうけど、こっちの世界にはまだ民主主義がなさそうだからね。
市民の特徴は選挙権と被選挙権を持っていることで、民主主義の存在抜きには考えられないから。
「……嘘はついていらっしゃらないことは判りますが、やはりマコトさんが単なる平民とは思えません。
何か、国政に関わる存在であったように感じられます」
魔素翻訳でそういう概念は伝わるのか。
ハスィーの言う事は間違ってないけどね。
国会議員や知事なんかの選挙で投票したことがあるから(笑)。
そんなことはいい。
「国が発展するに従って領地がなくて身分だけ高い貴族が必要になったと。
でも、法衣貴族って色々いるよね」
ロッドさんのお父上も男爵だったっけ。
サラリーマンらしいけど。
「いったんそのような存在を肯定してしまうと、これが非常に便利なものであることに気づくわけです。
例えばかつては何か手柄を立てたり大きな功績があった配下には領地を与えて報いるという方法が主流でしたが、その方法論はいつまでも使えるわけではありません。
土地には限りがありますから。
ですが、土地抜きで身分だけ与えれば」
「そうか!
栄誉ではあるし、報酬でもあるけど、政府の懐は痛まないと」
「端的に言えばその通りです。
まあ、俸給や年金を払う必要はありますが、土地に比べたら僅かなものです。
そういうわけで法衣貴族と呼ばれる存在が増えていったわけですが……領地を支配するためには貴族の爵位が必要であることは変わっていません。
ですから、このような領地を統治するためには、例えば男爵という爵位を与えなければならないということです」
やっと最初の疑問に戻ってきたか。
同時に領主館の前に到着だ。
いやー、勉強になりました。
息が切れてヘトヘトなんだけどね。
「では主殿。
ジゲンリュウの訓練はこちらで」
ちょっと待って!




