7.脅迫?
「主殿。
お気を付け下さい」
ハマオルさんに言われるまでもない。
雰囲気が尋常じゃないんだよ。
でも危機とか騒動という感じじゃないな。
どっちかというと、祭りとかでかいスポーツイベントの時みたいだ。
ファンの集い?
「マコトさん!
やっと来て頂けましたか!」
ロッドさんが駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「いやもう。
噂が広まったらしくてですね。
続々集まってきてしまって」
ロッドさん、発言が支離滅裂でよく判らないんですが?
「とにかくこちらへ」
ロッドさんに案内されて進むと、フクロオオカミたちが固まっていた。
「とりあえず、お願いします」
何を、と言う暇もなかった。
よってたかって蹲ったフクロオオカミの上に押し上げられる。
ツォルじゃないか!
「コンチっス。
マコトの兄貴!」
「ツォル。
何がどうなってるんだ?」
「まあまあ。
これで俺がマコトの兄貴の狼っスね!」
訳の判らないことを言いながら、ツォルははしゃいでいた。
ロッドさんがツォルの肩を叩く。
「ツォル、頼む!」
「了解っス!」
立ち上がりやがった!
視界が一気に開ける。
怖いよ!
ていうか、何コレ?
領主の館らしい建物の向こうは山に続いていて、なだらかな坂になっているのだが、そこにぎっしりと言ってもいいほど大量の野生動物が詰まっているんだよ!
そして、俺を乗せたツォルが立ち上がった、というよりは座った姿勢になった途端に一斉に声を上げやがった。
物凄い音量がぶつかってくる。
その大部分は単なる動物の吠え声や鳥の囀り声なんだけど、前の方にいるらしい野生動物たちの声は意味が聞き取れた。
「ヤジママコト!」
「マコトの兄貴!」
「ホントに来てくれた!」
「やっぱりいたんだ!」
五月蠅いの何のって。
ツォルは得意そうに「オレがマコトの兄貴のフクロオオカミだ!」とか吼え続けているし、周りのフクロオオカミたちもそれぞれ吼えている。
見回すと、人間たちはみんな耳を押さえて蹲ったり屈み込んだりしていた。
どうするんだよ、これ?
それが1分くらい続いただろうか。
だんだんと吠え声や囀り声が揃ってきた。
吹奏楽団とかの演奏が終わって指揮者が袖に引っ込んだ後、アンコールを求めるのに拍手するだろ?
あれってしばらくはバラバラに手を叩いているけど、そのうちに一定のリズムで揃ってくるよね。
いや本格的なのは知らないけど、日本の高校の吹奏楽部の演奏会なんかでは。
あんな感じで一定間隔で轟くようになってきたのだ。
「「「マコトの兄貴!」」」
「「「マコトの兄貴!」」」
「「「マコトの兄貴!」」」
どうしよう?
その時、ツォルの隣にいたフクロオオカミが一際高く吼えた。
ワォォォォーーーンというような吠え声が響き渡り、それに押されるようにして静寂が訪れる。
「マコトさん。
手を振って下さい」
ロッドさんか誰かの声が聞こえたので、俺は反射的に手を上げた。
反応は激烈だった。
「「「マコトの兄貴!」」」
「「「マコトの兄貴!」」」
「「「マコトの兄貴!」」」
俺が鞍から落ちそうになったくらいの音量で吠え声や囀り声がぶつかってきた。
これ、どうしたらいいの?
泣きそうになりながら見回しても、周りには拍手している人たちがいるばかり。
少し離れた所では青い顔をした何とかいう男爵が立っていた。
その周りを騎士や衛兵が囲んでいるんだが、護衛というよりは監視みたいな?
責任とらされたりするんだろうか。
こんな事態を招いたのはあの人のせいだろうからなあ。
でも、ここまで激烈な反応が返ってくるって、誰にも予想できたはずはないと思うけど。
しかも、聞こえてくる吠え声や囀り声って別に怒っているわけじゃないよね?
むしろ贔屓のサッカーチームが勝った時みたいな興奮状態のような。
いつまでもこうしていられないので、俺はツォルの肩を叩いた。
「マコトの兄貴?」
「ちょっと降ろしてくれ」
ツォルは素直に屈んでくれた。
怖かった。
地上3メートルくらいの所に俺の目があったんだよ!
フクロオオカミがでかすぎるのがいけない。
ツォルの奴は、その中でも抜きんでているからな。
もうミクスさんに匹敵するどころか、ひょっとしたら越えているんじゃないのか。
ロッドさんが寄ってきたので聞いてみる。
「あの。
未だに何が起こっているのか判らないんですが」
「話すと長くなりますので、とりあえずこちらに」
教えて貰えないようだ。
ハマオルさんたちが寄ってきて、やっと少し落ち着いた。
周りに護衛がいないと心が穏やかでいられないようになってしまっている。
俺、何様なの?
ハスィーやルリシア殿下主従も寄ってきて、ということはつまり護衛の人たちも集まってきたため、ちょっとした集団となって坂を登る。
ツォルの上から見たけど、こっちの方にはあの男爵がいたっけ。
男爵だけではなかった。
ミラルカ様や、お付きの騎士たちの集団が待ち構えていた。
「ヤジマ大使閣下。
ご足労をお掛けします。
ルリシア殿下もこのような所にまで」
公爵の妹であるミラルカ様は、さすがに礼儀を優先させたけど、やっぱりちょっと変な挨拶になっていた。
この大騒ぎの中でこれだけ出来るんだから逆に凄いと思うけど。
「状況を教えて頂けますか」
未だに俺は何も知らないんだよ!
ミラルカ様が頷くと、お付きの騎士が言った。
「使用人が野生動物に襲われたというハサロ男爵閣下の通報を受けて駆けつけましたところ、怪我人はいたものの、全員打撲や擦り傷などの軽傷でした。
明らかに野生動物の仕業ではございません」
後ろの方にいる何とか男爵が俯いた。
やっぱりか。
「すると」
「はい。
聞き知り調査の結果、山中で野生動物と遭遇して逃げる際に転倒したり滑り落ちたりしたことが原因の負傷とのことでした。
ただ、負傷したという結果のみを聞いたハサロ男爵閣下がヤジマ大使閣下の配下のせいであると誤解したことにより、騒動が拡大したというわけでございます」
そこまで言うか。
つまり、結論が出ているのか。
全面的に何とか男爵が悪いと。
それでもかなり誤魔化してはいるよね。
あの時、何とか男爵は使用人たちの負傷それ自体よりは、俺の責任の追求に走っていたからな。
それは許してくれということだろう。
この騎士さんの言い方だと、何とか男爵が慌てて間違えた、という程度で収めることが出来る。
いいっスよ。
俺としても、ここで男爵を破滅させても何の意味も無いからね。
恨みを買いそうだし。
「判りました。
誤解が解けて何よりです」
俺が言うと、ミラルカ様以下公爵家の全員があからさまにほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます」
「それは良いのですが。
この騒ぎは何なのでしょうか」
俺の質問に答えたのはロッドさんだった。
「そもそもハサロ男爵閣下の使用人が事故を起こした理由は、山中であまりにも大量の野生動物と遭遇したことによるためのようです。
しかも、それらの野生動物たちはマコトの兄貴はどこだ、と尋ねてきたらしく」
「突然、大量の野生動物たちに囲まれた連中がパニックを起こして逃げ出し、山道で転んだことが原因で『襲われた』という誤報が広まったとのことでございます」
騎士の人が補足してくれた。
あれ?
じゃあ、何とか男爵が野生動物を捕まえようとしたとかじゃないの?
「いえ。
何らかの接触を持とうと山中に踏み行ったのは確かなのですが」
騎士の人の口が重くなる。
やっぱ何かしようとしてたらしい。
野生動物のことを誤解していたんだろうな。
セルリユ興業舎でサーカスに出たり、子供たちの相手をしている連中はみんな大人しそうに見えるからなあ。
違うんだよ。
実際の野生動物はそんなに生やさしい相手じゃない。
言葉が通じるとは言っても、食い物がなくなったら弱肉強食の世界なのだ。
それについては俺もシルさんから聞かされている。
何でも話し合いで治まるほど、野生動物の世界は甘くない。
人間だって殺し合いはするからね。
それと同じだ。
ていうか、今気になること言わなかった?
「私に会わせろ、ですか?」
「そのようです。
領主館に逃げ帰った使用人たちを追って、野生動物たちが続々と集まってきたとのことで。
我々騎士団にも通報があったのですが、あのように領主館を包囲して『マコトの兄貴を呼べ』と」
野生動物の人たち!
何やってるの!




