6.テネ男爵領?
どっちにしても、俺たちだけでは決められない。
公爵殿下にお伺いを立てたら、しばらくしてミラルカ様ご自身が俺の部屋にいらっしゃった。
「お手数かけてすみません」
「とんでもございません。
ヤジマ大使閣下にはご迷惑をお掛け通しで」
社交辞令もそこそこに打ち合わせたところによると、やはりこれから出発したのでは到着する前に日が暮れるということだった。
ロッドさんたちは馬やフクロオオカミに乗って駆けてきたわけで、俺にはそんなこと出来ないからね。
馬車で行くことになるけど、やはり道路が整備されていないので速度が出ないらしい。
「テネ領は山脈に隣接しておりますもので、道も険しゅうございます。
ここは遅くなりますが、明日の早朝に出発した方が良いかと」
「判りました。
こちらは先行部隊を手配しておきます」
ミラルカ様が去った後、ロッドさんに詳しく話を聞いた。
といってもロッドさん自身も又聞きに近く、あまり詳しいことは判らないらしい。
「さきほどはああ言いましたが、実を言えば一刻を争うような事態ではないようです。
ただ、当事者である野生動物たちがマコトさんに会いたいと主張しているということで」
「何だろう?
俺に文句でもあるのかな?」
「協定を結んでいない野生動物の群れについては、アレスト興業舎が担当していますので。
私もあまり詳しくありません」
そうか。
ロッドさんはセルリユ興業舎に移ったんだっけ。
アレスト興業舎はシルさんが舎長をやっているけど、絵本の生産などの事業はみんなセルリユ興業舎に移管してしまい、現在は野生動物対策に特化した事業を担当しているそうだ。
まだサーカス団は維持しているけど、娯楽というよりは新しく入ってくる野生動物たちの訓練や人間との共同作業のために残してあるだけになっているとか。
「シルさんがそんなことを」
「最近では、しばしば長期出張されておられるようです。
各地の野生動物会議に参加して、ネットワークを広げていると聞いております」
みんな凄いなあ。
シルさんのことだから何か考えがあるんだろうけど、俺にはもうついていけん。
狼騎士どころか、野生動物使いと化しているかもしれないな。
「判りました。
お疲れでしょうが、準備をお願いします」
「お心のままに」
ロッドさんはカッコ良く敬礼して去った。
まだセルリユ興業舎のイベントが続いているけど、明日からは休業だろうな。
既にフクロオオカミは山の方に行ったみたいだし、シイルたちもいない。
「閉めるのは野生動物関連のブースだけのようです」
アレナさんが戻ってきて報告してくれた。
「商談や物品販売は続けると。
商売ですから」
さすが商人。
まあ、よく考えたら俺たち親善使節団とセルリユ興業舎北方開発団は直接の関係はないことになっているんだし、ほっといてもいいか。
「俺たちの準備はどうですか?」
俺がみんなに聞くと、カールさんが言った。
「わしは残る。
野生動物はよくわからんし、行っても役には立つまい」
「我々もこちらで待機させて頂きます」
トニさんとセルミナさんのお役人組も残るか。
アレナさんはセルリユ興業舎の担当だから、やはりこっちで待機だ。
ということは、親善使節団は俺とハスィーにヒューリアさんの三人で出かけることになるのか。
「ルリシア殿下には当然同行して頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
「私どもは、こういった事態のためにいるのでございます。
是非お連れ下さい」
さすが王女と侍女。
即答だった。
「ロッド騎士長以下、ヤジマ閣下の護衛隊が同行しますし、野生動物もほとんどがついていくようです。
何かあるのかもしれませんね」
大集団になってしまった。
緊急の対処が必要じゃないらしいけど、結構大事だからな。
今日の所は休んでおくか。
「それでは準備をよろしくお願いします」
俺の言葉にみんなは頷いて散った。
俺?
やることないから、ハスィーとお茶を飲んでいたよ。
その日の夕食は、公爵家の方は誰も食堂にいらっしゃらなかった。
どうやらそれぞれが執務しながら食べているらしい。
大変だなあ(人事)。
領主とか、なるもんじゃないよね。
配下が大人数になると、どうしても変なのが混じってくるからな。
何かあったらそいつの尻ぬぐいで奔走することになる。
俺の場合、まず民間企業なのであまり変なのは雇う理由がないから排除できるし、組織で管理するのでめったに俺の所まで問題が上がってこないのがいい。
ロッドさんとかフォムさんとか、中間管理職の人たちが解決してしまうから。
問題が大きくなっても、大抵はラナエ嬢やジェイルくん辺りで食い止めてくれるし。
俺は報告を受けて、後は決裁書類にサインしていればいいんだから楽なものだ。
やっぱ経営者っていいなあ。
「そんなことをおっしゃって、配下の方たちをすべて背負う覚悟を忘れたふりをされておられるのですね」
ハスィーが言った。
「いや?
そりゃ責任くらいは取るつもりだけど、実際に忘れているというか、そもそも知らないから」
「それでも、マコトさんが皆様を導き、生活を支えておられることは事実です。
その大変な責任をさりげなく隠してしまう。
素敵です」
ハスィー、何か誤解しているみたいだけど、俺はそんなんじゃないって。
今でも逃げたい気持ちで一杯だから。
「それでもお逃げになられない。
マコトさん。
もっとわたくしに頼って下さい。
わたくしだけでなく、マコトさんの力になりたい方々はたくさんおられます。
すべて一人で背負われることはないのですよ」
ハスィーの気持ちはありがたいけど、本当に何か背負っている気ないんだけどね。
そもそも俺、特に何かやりたいとかいう使命感ってないし。
流されているだけだ。
「では奴隷の方々を救われたのはなぜでしょうか?
アレナから聞いておりますよ。
エリンサで大量の奴隷契約を買い取ってそれらの方々を引き取ったと」
「有能な人が安く手に入るんだから、やらない理由はないでしょ。
セルリユ興業舎は慢性的な人手不足だと聞いているし」
いや、俺も事後報告で聞いただけなんだよね。
前にエラ王国の奴隷の話が出た後、フォムさんに話したら、そのままラナエ嬢やジェイルくんに伝わったらしくて。
快諾の返事が届いたとかで、エリンサで働かされていた奴隷の人たちを片っ端から面接して、契約を大量に買い取ったらしいのだ。
それ以上のことは知らない。
「マコトさんの伝説に、また新しいお話が加わりそうですね」
ハスィー、止めて。
風呂に入った後、ハスィーがあまりにも綺麗なのでまた襲ってしまった。
結構ハイペースだけど、俺はまだ若いから大丈夫だ。
だけど翌朝の鍛錬は結構辛かったし、飯の後すぐに馬車で出発したら、寝てしまった。
やっぱ少しは控えた方がいいかもしれない。
目覚めると昼前で、ハスィーが膝枕してくれていた。
嬉しいけど、出来ればベッドに寝かせて欲しかった。
一緒に乗っていたはずのルリシア殿下主従やヒューリアさんはいない。
気を利かせてくれたらしい。
すみません。
無理な姿勢で寝たためにあちこちボキボキ言う身体を無理に動かして窓から外を見る。
山脈が迫っていた。
険しいな。
あの何とかいう男爵の領地に入ったのか。
あまりいい領地とは言えない気がする。
山ばっかで。
「もうすぐ領主館に到着します」
ハマオルさんが教えてくれた。
結構早かったな。
それでも早朝から駆け通しでも半日かかったのか。
「山が近いですね」
「ここに至るまでにもかなり坂が続きましたので、むしろ山地と言って良いかと」
それは野生動物が跋扈するわけだ。
あの何とかいう男爵、部下が襲われたとか言っていたけど、どっちかというと山で遭難したんじゃないのか?
そのままぼやっとしていると、行く手にちょっとした街並みが見えてきた。
ていうよりはむしろ村?
「男爵家の領地など、あの程度のものでしょう」
ハスィー、きついね。
俺が侮辱されたことを、まだ根に持っているのか。
だんだん近づいてくるその家並みは何の変哲もないものだったけど、雰囲気が変だった。
誰もいない。
ていうか、むしろみんな家に閉じこもっているみたいな。
通り過ぎる俺たちの馬車を、ドアや窓の隙間から息を殺して見ているような。
「何かあったのかな」
「判りません。
ご注意下さい」
ハマオルさんに言われて窓から顔を引っ込める。
いきなり射られたりしたら嫌だしね。
馬車が街の広場を過ぎ、ちょっとした丘の上にある領主館らしい大きな建物に向かうと、さらなる異常が明らかになった。
何これ?
陣地?
馬車がずらっと整列しているのだ。
列の先頭を回った途端、突然爆発的な声がわき起こった。
いや吠え声だ。
何ともしれない野生動物たちが、一斉に吼えているらしい。
「来た!」
「ヤジママコトの兄貴!」
「ホンモノだ!」
「狼騎士様!」
「凄い!
本当に来た!」
俺って珍獣か?




