13.社長面接?
そこは、執務室と呼べる場所だった。こっちの世界に来てから、初めて見た。
つまり事務机のような机があって、書類の束が積んであるという、一昔前の日本映画によく出てくるような部屋だ。今はもう、パソコン抜きにしては何も語れないからそんな風景は有り得ないけど。
机に向かっているのは、見事なネコミミ(髪)を持つ壮年の親父だった。うん、物凄い違和感があるね。
キディちゃんなら日本でもコスプレ好きという認識で容認できるが、オヤジでは駄目だ。何というかもう、何か叫んで庭に駆け出したい衝動が突き上げてくる。
でも俺はサラリーマンだ。
今は違うけど。
とにかく、上司に連れられてもっと上の上司の前にいるのだから、こういう時は何も言わないでただ待てばいいのだ。
ネコミミ親父は書類を置くと、俺の方を見た。
この人が『栄冠の空』の代表にして、キディちゃんの親か。他にネコミミオヤジがいるとも思えないから、多分間違いないだろう。
そういえば、今まで社長? に挨拶してなかったな。
面接の時にもいなかったし。
まあそれはよくあることで、バイトの採用面接に社長が立ち会う方が希だ。
つまりこれは、ようやく時間がとれた社長にリーダーが新人を紹介するというイベントか。
いやイベントじゃないけど。
良かった。
今のところ、ヘマはしてないよね?
俺は何もしてないけど、初クエストはうまくいったし。
「君がヤジママコトくんか」
ネコミミオヤジが重く言った。
いや声に重量があるわけじゃないんだけど、重低音なのでどうしても質量を感じてしまうのだ。
さすが有力な冒険者チームを率いる男。
パワーと威厳が滲み出している。
まあ、実際には企業の社長がみんなそんなだとは限らないんだけど。
社長にも色々いるからね。
俺の会社の社長は、親会社からの天下りだったけど、線が細くていつもニコニコしている人だったっけ。
まあ、直接会ったことは実はないんだけど。
ぺーぺーとトップの接点なんか、普通はないからな。従業員が数百人もいれば、社長から見えるのはせいぜい管理職までだろう。
ま、うちはIT企業で、荒事は皆無だったから、社長がヒョロヒョロでも関係なかったし。
冒険者チームの代表ともなれば、そうはいかないのも判る。
日本で言えば、中小の工事会社みたいなもんだからな。肉体労働専門の業者の人って、みんな凄いよ。
そういうのって、実力はもちろんだけど、押し出しも重要だよね。
まあいい。
ここは穏便に済ませればいいわけで。
「はい。ヤジママコトです。ヤジマは家名です」
「ああ、聞いている。報告は受けた」
ネコミミオヤジは、ホトウさんに頷いた。
「私は『栄冠の空』代表のモス・ハラムだ。会うのは初めてだな」
俺が頷くと、ネコミミオヤジじゃなくてモス代表は、腕を組んでちょっと身を乗り出した。
「ホトウから聞いたが、今日が初クエストだったんだって?」
「はい」
「その割には落ち着いていたし、見事な成果をあげたというじゃないか。さすが、マルトが送り込んでくるだけのことはある」
え?
色々、聞き捨てならないことを聞いた気がしますが。
俺、何か成果あげたっけ。
マルトさんって、俺を『栄冠の空』に送り込んだことになっているよ?
「マコトはさすがです。後で報告書を上げますが、フクロオオカミ問題で画期的な解決策が……」
ホトウさんが話し始めたが、モス代表は手を挙げて止めた。
「その件については、後で詳しく聞こう。それより、今はマコトの意志を聞いておきたい」
何でしょうか。
「マコト、『栄冠の空』に加わる気はあるか?」
なんと!
いきなり社長から入社の打診だよ!
ファーストフードで、物凄く出来るバイトを経営者が正社員に勧誘するようなものじゃないか。もちろん、俺はそんな出来るバイトじゃないし、そもそもまだ何の実績も上げてないだろう。
あ、そうか。
マルトさん対策ということか。
マルト商会が送り込んできた得体の知れない奴を取り込もうという戦略か?
いや、そうじゃない。
ホトウさんも俺が異世界人であることを知っていたんだから、代表が知らないはずはない。つまり、モス代表は俺の異世界人としての価値を考えて、自社に引っこ抜こうとしているということになる。
しかし、そんなに簡単にいくだろうか。
俺は一応、マルトさんの配下というか被保護者なわけで、俺がうんと言ったからといって、マルトさんがすんなり俺を手放すとは思えない。
う……厄介払いされる可能性はあるか?
だが、どっちにしても、ここで「ある」と言うわけにはいかないだろう。
サラリーマンとしての矜持、というよりはむしろ組織人としての常識だ。
声をかけられただけで、ホイホイ転職するような奴は信用されない。別の人に声を掛けられたら、すぐに逃げてしまうかもしれないからな。
まあ、日本以外ではそういうことは当たり前かもしれないけど、俺は日本のサラリーマンなのだ。
とはいえ、一方的な拒絶というのも失礼かもしれん。
ここは曖昧に逃げておくか。
「私は今のところ、マルト商会からこちらにインターンとして来ていますので、そういった事を考える時期ではないと思います」
「そうか。確かに。今のことは忘れてくれ」
何だ、取り消し?
ちょっとガッカリ……じゃなくて、ほっとする。
「それはそれとして、順序が逆だが、冒険者をやってみてどう思った?」
何か意図がある質問かと思ったが、違うらしい。好奇心で聞いているようだ。
魔素翻訳って、こういう感情まで判るのが凄いよね。
「何というか、想像していたのと違うので驚きました」
「どんなところが?」
「もっと動きがあるものかと思ってました。でも、実際の仕事は短い時間で、大部分は移動時間だったので」
「まあ、そうだな。うちは主に街の外の仕事を請けるから、どうしても移動に時間がかかってくる。ただし、仕事自体も時間がかかって大変なことも多いぞ。今回のは、例外的に短かったたということだな」
そうですね。
多分、俺のためにそういう仕事を選んでくれたんだろう。
簡単かどうかは別にして、少なくとも暴力沙汰にはなりそうにない内容だったし。
むしろ、今回の案件はホトウさんが一人で行って、ツォルさん【フクロオオカミ】をちょっと説得すれば、とりあえず完了していた可能性が高い。
実際にもそうだったしな。
本来の仕事は、もっと大変なんだろう。
ああ、嫌だ。
こんな仕事、専業でやりたくなんかないなあ。
「まあ、慌てることはない。しばらくはホトウと一緒にやってくれ。何かアドバイスなどあれば歓迎だ。ホトウに言ってくれればいいから」
「はい」
それだけか。
やはり、顔合わせ程度だったようだ。
ホトウさんはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、モス代表が身振りで会見の終わりを告げたので、俺たちは一礼して部屋を出た。
「僕は、これから報告書を書かなければならないんだけど、マコトは一人で帰れるよね?」
ホトウさん、あなたもですか。
子供じゃないんだから、帰れますよ!
ていうか、時間があったらちょっとぶらつきたい。
マルトさんから仮払いして貰ったお金もあるしね。
「それじゃ。さっき言った通り、明日は休みだから、明後日の定時に来てね」
ホトウさんは、そう言って別の部屋に入っていった。そこが執務室というか、デスクがあるんだろう。
ホトウさんはリーダーだから、専用の机とか持っているのかもしれない。いや、ないと報告書なんか書けないから、確実にあるな。
俺たち、というかケイルさんたちパーティのメンバーは、報告書を書かなくてもいいのかな。
いいのだろう。
冒険者のパーティだもんね。
仕事はパーティとして行うから、詳細はリーダーが把握していれば済む。
不明な点があったら、リーダーがメンバーに説明すればいいわけだし。
さて、暇になってしまったな。
俺はナップザックを背負い直すと、『栄冠の空』を出た。装備が重いけど、これは個人用なので自分で管理するように言われている。
何かあったときに、いちいち拠点まで取りに来るのは非効率だからだそうだ。
何かって何だよ。
魔物が突然集団で襲ってくるとかか?
あるはずないだろう!
ラノベでは、よく不意打ちで魔人や魔物が街になだれ込んできて、街角で冒険者と殺り合うシーンがあるけど、実際にそんなことが起こるとしたら、ゴーストタウンになってしまうぞ。
戦時中の最前線みたいな場所でまともな市民生活なんかできっこないからだ。
地球でも、戦争をやっている国では戦線が移動して街に近づいてきたら、それだけで大半の人は逃げ出す。
その時点で流通は壊滅だし、商売もあがったりだ。
それでも逃げない人がいるじゃないかと言われそうだけど、少なくとも街の経済活動は維持できなくなるから、長期的にみればそんな街は消えてなくなる。
回復するにしても、大規模な支援が前提になるけど、地球でそれが可能なのは世界規模のネットワークと迅速・大量の輸送手段があるからだ。
支援物資の空輸とか、高速・大量輸送用の船舶やトラックが大量にないと、一度壊滅した街はそのまま消えてしまう。
そもそも支援ができる余力が他の国にあるのが前提だ。
こっちの世界の文明度では、まず無理だな。機械化されていないから、生産力が低くてよその国への支援なんか出来ないだろう。
だから、魔物や魔人の襲来ではなく、『栄冠の空』の従業員にはいきなり招集されるというリスクがついて回るということか。
ある意味、警察や自衛隊に準ずる機能を持っているのかもしれない。
ますます、やる気がなくなってきたなあ。
そんな滅私奉公的な仕事は、俺は嫌だ。




