4.馬鹿?
俺がみんなを振り返ると、揃って首を振った。
「こちらにはまだ連絡がありません」
ヒューリアさんが言うからには、セルリユ興業舎の野生動物とは関係がないんだろうな。
セルリユ興業舎の野生動物はみんな街中にいるし。
「ということは、我々の管理外の野生動物ですか」
「だと思うがね。
どうやら先走った者がいたようなのだ。
セルリユ興業舎の出し物を見て、自分たちでもやってみようと思ったのかもしれぬ」
あちゃー。
あり得るよ、それ。
セルリユ興業舎の野生動物たちはみんな人間に従順で、いかにも使役しやすそうに見えるからなあ。
実際には群れの長老たちと話をつけて、契約で働いて貰っているんだけど、傍目にはそんなことは判らない。
山をうろついている野生動物を強引に捕まえようとして反撃されたというところか。
「恥ずかしい話だが、そやつは激怒して騎士団を動員して山狩りをして欲しいと申し入れてきおった。
わしの方で止めておるが、放置すると自分で冒険者を雇って突撃しかねん」
「判りました。
とりあえず、その方に会わせて頂けませんでしょうか」
「おお。
やってくれるか」
引き受けるしかないよね。
シルさんが野生動物会議を通じて交渉を進めているはずだから、ここでトラブルになるのはまずい。
もちろん俺に何ができるわけでもないけど、幸いこっちには狼騎士隊がいる。
というよりはロッドさんがいてくれるじゃないか!
丸投げすればいいだけで。
「早速、手配しよう」
「お願いします。
その間に、私どもの方で現地調査を行わせて頂きたいのですが」
「よかろう。
騎士団に通達しておく」
セシアラ公爵殿下が言い終わると同時に、ドアが開いてミラルカ様が飛び込んで来た。
「父上!
今聞いたのですが、ハサロの馬鹿が野生動物を襲ったと!」
「うむ。
その件でマコト殿に対処を依頼したところじゃ」
ハサロとかいうのか、その馬鹿は。
ていうか、ミラルカ様に馬鹿呼ばわりされるって、マジで馬鹿なのか。
「そうですか。
マコト殿。
お手数をおかけして申し訳ございません。
すべて、こちらの監督不行き届きでございます」
ミラルカ様が深く頭を下げた。
そんなに?
俺は慌てて宥めた。
「どうか頭をお上げ下さい。
野生動物をセシアラ公爵領に持ち込んだのは我々ですから。
それに、遅かれ早かれこういったことは起きていたはずです。
野生動物との協調はもはや後戻りできません。
国境など関係なく、野生動物は繋がっていますので」
ミラルカ様がはっとしたように俺を見た。
何でしょうか?
「……ありがとうございます」
「では」
それ以上何か言われないうちに退散する。
廊下を歩きながらヒューリアさんに「よろしくお願いします」と振ると、俺の社交秘書兼プランナーは頷いた。
「セルリユ興業舎のソラルさんに連絡すれば、それだけで動いてくれるはずです。
私が参ります」
そのまま小走りに消える。
アレナさんも続いた。
「私に出来ることはございますか?」
ルリシア殿下が聞いてくるけど、現時点では特にやって貰うことはないな。
その何とか言う馬鹿との面談の時には、そばにいて頂きたいですが。
そいつの身分が何であれ、王女に勝てるはずがない。
「ハスィーは待機ね」
「……はい」
俺の嫁は、いるだけで場を支配してしまうからな。
俺はレベル1でも、カンストした聖剣や聖盾や聖鎧をフル装備できるのだ。
魔王は無理としても、中ボスクラスなら撃破できないはずがない。
だから逆に、状況がはっきりしないうちに決戦兵器を持ち出すわけにはいかないんだよ。
とりあえず俺たちにあてがわれた部屋に戻って待機していたら、ヒューリアさんが戻ってきた。
ロッドさんはあいにくどこかに出かけているけど、すぐにシイルを隊長とする狼騎士隊および斥候部隊が該当地に向けて出撃したそうだ。
ロッドさんにも伝令が入り、出来るだけ早く戻ってくるように伝えたという。
「『斥候』ですか?」
俺が聞くと、ヒューリアさんは頷いた。
「私も詳しくは知らないのですが、同行している野生動物のうち、偵察任務に優れた者を編成して同行するとのことです。
銀鷲やヤマコヨーテなどですね。
その他にもいるらしいですが」
そこまで来ているのか!
つまり、空中偵察や山地での活動に特化した戦力がいるわけね。
フクロオオカミは万能型だけど、でかすぎて小回りがきかないと聞いたことがある。
そういえば夜鴉や砂豹なんて、いかにも局地戦用の仕様くさい名前だ。
いや、戦争するわけじゃないけど。
それにしても、厨二的な名前の野生動物だと思ったが、これってそういう名前がついているんじゃなくて、俺の脳がそう受け取った名称だ。
つまり銀鷲は文字通り銀色の鷲だし、砂豹は砂漠に住む豹なのだろう。
そういう連中は今までフクロオオカミの影に隠れて目立たなかったけど、よく考えてみればセルリユ興業舎の劇に出演していたっけ。
既に相当の共同運用体制が整っていると考えていい。
ひょっとしたら、俺が想像しているより野生動物って人間に近くなってないか?
そんなことを考えていると、公爵家の使用人さんが来た。
「公爵殿下より、ヤジマ大使閣下においで願えないかという伝言です」
来たか。
俺に習って、みんなが一斉に立ち上がる。
いや、そんな軍団で行くと喧嘩売っているみたいだから。
聖剣はないけど、とりあえず聖盾があれば大丈夫だ。
ロロニア嬢にも来て貰おう。
他にはヒューリアさんかな。
ハスィーやカールさん、そしてお役人の二人には待機して貰う。
傾国姫は渋い表情だけど納得してくれた。
最終兵器は持っていかない方がいいからね。
「お気を付けて」
セルミナさんが言ってくれたけど、大丈夫ですよ。
これだけの装備があれば。
案内されたのは、公爵家の執務室だった。
執務机についた公爵殿下とミラルカ様に向かって何やら主張している男がいる。
お付きの人がはらはらしながら見守っているが、止められないんだろうな。
つまり男は貴族だ。
これがあの何とかいう奴か?
「おお、マコト殿。
お手数かけてすまない」
公爵殿下が俺を見てほっとしたような声を出した。
「マコト?
ヤジマ大使か?」
振り返った男は、意外にもイケメンだった。
軽小説のチョイ役みたいなのを想像していたんだけどね。
金髪に碧い瞳、長身細身のエルフだ。
公爵のお身内か。
見たところ二十歳くらいに見えるけど、エルフの歳って判らないからな。
十二歳から四十歳くらいのどこでもあり得る。
「ちょうど良かった。
うちの者がお前の配下の野生動物に襲われた。
どう責任を取る?」
のっけから飛ばしているな。
「ヤジマ大使閣下に対して失礼でしょう!
ハサロ!
身分を弁えなさい!」
「大使と言っても成り上がりの、それもソラージュの子爵でしょう。
エラ王国公爵の身内である俺の方が上です」
いやー、すがすがしいくらい馬鹿ですね。
なんか俺、今まで出会った貴族の人たちがあまりにも出来すぎてたもんでちょっと凹んでいたんだけど、それが解消された気分です。
ミラス殿下の近習くらいだもんね。
マジで馬鹿だったのって。
「ご存じのようですが、私がソラージュ王国にて子爵位を頂いているヤジママコトです。
失礼ですが、御身のお名前は?」
ラナエ嬢に叩き込まれた貴族のマナー初歩の成果がここに。
「俺はハサロ・テネ。
エラ王国男爵だ。
テネ領の領主をやっている。
名乗ったんだから答えろ。
どう責任を取るつもりだ?」
「ハサロ。
黙れ」
公爵殿下が押し殺した声で言った。
「父上?」
「まずは控えろ。
こちらのお方を誰だと思っておる」
「ヤジマ子爵でしょう。
成り上がりの。
そんな奴に遠慮は」
「失礼いたします」
不意にロロニア嬢が前に出た。
「あ?」
「ご紹介させて頂きます。
エラ王国王女、ルリシア殿下でございます」
ルリシア殿下が一歩前に出て優雅に挨拶をした。
ドレススカートをちょっとつまんで膝を曲げる奴ね。
こういう時は、ルリシア殿下って完璧に王女を演れるんだよなあ。
ロロニア嬢の仕込みか?
「ルリシアです。
ハサロ、と言いましたね?
ヤジマ大使閣下の責任とは何か、教えて頂けないでしょうか?」
パネぇ。




