1.俺の秘密?
早速翌日から俺の訓練が開始されることになった。
まずはいつもの通り、朝の体操の後ジョギングする。
なんちゃって示現流の稽古もそのまま続けるように言われたので、淡々とこなす。
こういうのは止めるとあっという間に劣化するそうで、もう上達が望めないことが判っていても続けることに意義があるそうだ。
つまり俺の負担は今まで通りで、それに加えて新しい面倒が加わるということですね?
しょうがない。
そう思っていたら、意外にも朝の練習はそこで終わって解散となった。
新必殺技(笑)の訓練は?
「後で行います。
主殿」
ハマオルさんにそう言われては仕方がない。
肉体的な訓練じゃないのか?
俺はびくびくしながら朝食を摂った。
ちなみにセシアラ公爵家の飯は貴族が食うものとしては普通、つまり美味い。
公爵家にしてはさばけていて、身分的には平民である親善使節団の随員も同じ食堂で一緒に食べることが出来た。
といっても、俺とハスィーに加えてカールさんとルリシア殿下だけが公爵殿下と同じテーブルで、残りの人たちは少し離れた大テーブルについていたけど。
従って食事中の会話などは完全に分断されることになる。
公爵家側は、公爵ご自身と世継ぎの嫡男の人、それにミラルカ様だ。
今日は公爵殿下しかいないけど。
次期公爵の人はなぜか俺を避けているらしく、ほとんど顔を見せない。
ミラルカ様も、セルリユ興業舎のイベントにつきっきりであまり朝食には出てこないんだよね。
というわけで、俺たちはもっぱら公爵殿下と話しながら飯を食うことになる。
でもあまり話は弾まなかった。
身分的に言えば、ルリシア王女殿下にカール帝国皇子殿下、公爵殿下とほぼ頂点の人たちが揃っている。
俺は大使と言ってもたかが子爵だし、ハスィーはその妻というだけなので、明らかに格落ちだ。
にも関わらず、みんなやたらに俺に話を振ってくるんだよなあ。
こっちは不敬にならないように気をつけるので精一杯だ。
ハスィーもあまり喋らないしね。
もともと傾国姫は食事中は静かだから。
「部屋に不満などはないかね?」
セシアラ公爵殿下が聞いてくる。
ほぼ毎日なんですが。
「ありません。
快適に過ごさせて頂いております」
「そうか。
何かあったらすぐに言って欲しい」
「はい。
ありがとうございます」
こればっかだよ。
仕事のことは別途報告書が行っているはずだし、話題に出来るのはむしろ個人的な事柄なんだけど、ここはエラ王国だ。
セシアラ公爵ご自身は気になさらないかもしれないけど、殿下が3人も揃っていたらうかつにモノも言えない。
何が不敬になるか判らないからね。
これがカールさんだけとか、あるいはお気楽モードのルリシア殿下なら大丈夫だろうけど、現役の公爵相手では危険はおかせないんだよ。
セシアラ公爵殿下もそれは判っているらしく、だから会話が続かない。
今更天気の話なんかしてもしょうがないしな。
無言の行に等しい朝飯が終わると、俺たちはそれそれの仕事の為に散った。
今日は俺の予定は入っていないということで、とりあえず部屋に戻る。
ルリシア殿下はロロニア嬢と連れだって屋敷を出て行った。
王女として何かやることがあるらしい。
公爵殿下は領主なので、暇ということはあり得ない。
日本の総理大臣や県知事と一緒で、仕事はいくらでもあるのだ。
むしろ、飯を俺につきあってくれているのはご好意なのかもしれない。
俺たちにあてがわれている部屋は、贅沢にも独立した寝室とリビングがついている。
小さいけど風呂やトイレもあって、ホテルだったらスイートクラスだ。
公爵家の屋敷だから、例え離れだとしたもプチホテル並の設備があるんだろうな。
お客が泊まることが前提なのだ。
それも貴顕が。
そういうわけで、リビングと言っても十人くらいは寛げそうな広さなんだけど、そこに俺とハスィー、カールさんに加えてそれぞれの護衛の人が集合した。
ハマオルさん、リズィレさん、そしてナレムさんだ。
つまり、ここで必殺技(笑)の訓練をやるってことですか?
「その方法を説明させていただきます。
訓練自体は、人目のない所でお好きな時に行うと良いでしょう。
基本的には一人で出来るはずです。
ただし、人が近くにいない事を確認してからにして下さい」
ナレムさんが言った。
帝国騎士が仕切るらしい。
ていうか、訓練方法を伝授してくれるのか。
でも訓練自体というよりはその方法のようだ。
練習とかは自習?
「私もイメージはあるのですが、どちらかといえばナレム殿の専門分野に近いように思います。
主殿」
ハマオルさんがそう言うのならそうなんだろうな。
俺は別に構いませんが。
「ハスィーもやるんですか?」
「奥方様には、主殿の技について知っておいて頂きたく。
この技を使う時は、奥方様を守ってのことが多いと推察しますので」
俺はハスィーと顔を見合わせた。
そうか。
ハスィーと一緒にいるときに使うんだったら、ハスィーが知らないと不都合が出るかもしれないからな。
つまり、これはなんちゃって示現流と違って俺だけがピンチをくぐり抜けて逃走するためだけのものではないということだ。
でもなあ。
誰かを守って戦うって、俺に出来るのか。
「主殿はユマ司法管理官をお守りしたではありませんか。
あのような状況がこれからもないとは申せませんので」
ハマオルさんの言葉に、カールさんとナレムさんも頷いている。
リズィレさんはあの時ハスィーを守ってアレスト伯爵邸にいたから、見てないのか。
「実は、俺はよく覚えていないんです。
気がついたらあの何とか言う人が倒れていただけで」
白状すると、カールさんが口を挟んだ。
「わしは見ていたよ。
ユマ閣下が暴漢を言葉で抑えようとして、逆上したそやつに突き飛ばされた。
それを見たマコト殿は叫びながら素手でそやつに襲いかかり、剣ごと撥ね飛ばしてからユマ閣下を抱き起こした。
あっという間の出来事だった」
俺、そんなことしたのかよ!
相手は剣を持ってたんだろう?
よく無事だったな(汗)。
「私もとっさのことで反応出来ませんでした。
申し訳ありません」
ハマオルさんが頭を下げたけど、無理ないよ。
どう見ても俺の暴走だ。
獲物を持っていて、さらに興奮している相手に素手で向かっていってどうする。
「私はマコト殿の書斎にいた連中に集中しておりましたもので、目視はしておりません。
ですが、途轍もない衝撃の余波は感じました。
書斎にいた連中も感じたようで、一瞬集中が乱れましたな」
ナレムさんの言葉に、ハマオルさんも頷いた。
「私が動きを封じられたのも、その余波の影響があります。
それくらい物凄いものでした。
主殿は私に背を向けていたのですが、その状況でそれを感じたくらいですので、正面から受けた相手はひとたまりもなかったでしょうな」
実際、暴漢は腰を抜かしておりました、とハマオルさんが言った。
そんなに。
俺、何をやったの?
「わしはそういうものは感じなかったが、それはつまりわしも『迷い人』だからということだろうて。
マコト殿。
そういうことじゃ」
あれか!
俺とカールさんが共通して持っている、というよりは持っていないもの。
『心の防壁(A・T・フィー○ド)』がない俺たちは、相手の気迫を感じられないと。
「まったく感じ取れないということではありませんな。
私の主殿も同じですが、効果が著しく減少するようです」
ナレムさんが言うには、俺やカールさんでも相手の感情や「気」を受け取れないわけではないそうだ。
地球でも柔道や剣道なんかでは気迫の勝負になったりすることがあるから、そういうものなんだろう。
だがこっちの人は、魔素のせいでそれをより強く感じ取ってしまうらしい。
そのせいで、物理的な力以上に感情の強さや動きなどが大きな働きをするのだとか。
そうなのか。
俺の反チート能力って凄いんだな。
そう思っていたら、ハマオルさんが言った。
「主殿。
あの時もそうでしたが、アレスト市で警備隊士官と決闘した時のことは覚えておいででしょうか」
「あ、はい。
覚えている、といってもやはり記憶は曖昧なんですが」
「その時はどうされましたか?」
抽象的な質問だけど、意味は判る。
「確か、それまでにあった嫌なこととかを思い出して、相手に鬱憤をぶつけたような覚えがあります。
集中して」
「やはりそうですか。
実は、それについてユマ様にお聞きしたことがあります。
ユマ様は近衛騎士ホス・ヨランド様から主殿の秘密について聞き出されたそうです」
何だよ、俺の秘密って。
ていうか、ホスさんもユマさんにやられたのか。
「略術の戦将」パネェ。
「主殿には我々が持っている『心の壁(A・T・○ィールド)』がないため、怒りや悲しみといった感情が露骨に発散されてしまっているのではないかと。
おそらく、主殿の気迫は集中することで数倍に増幅させて伝わる可能性がある、ということでした」
それって。
チート?




