24.インターミッション~ロロニア・クレモン~
私は自分の国が嫌いだ。
私の名はロロニア。
エラ王国の法衣貴族クレモン子爵家の令嬢ということになっている。
いや実際にも貴族令嬢ではあるのだけれど。
ちなみに末娘。
クレモン家は貴族ではあるものの実質的には商人で、領地はないが経済力はちょっとしたものだ。
エラ王国の商家では上位20舎に入る。
家業の主力は交易で、周辺諸国はもちろん帝国やその更に遠方の国とも取引がある。
そんなことはどうでもいいのだが、問題はクレモン家が爵位を頂いているエラ王国という国だ。
まったくもって古くさい。
歴史だの権威だのが幅をきかせていて、事実上何もしない連中が威張っている。
自己中が多く、それぞれが勝手に自己主張を繰り返し、ちっぽけなプライドを優先させて、あらゆる方面で非効率極まりない無駄を垂れ流している。
わがクレモン家は、そんな連中のご機嫌をとることで業績を伸ばし、結果的に抜きんでることが出来た。
その反面、数少ない開明的な貴族とは利益抜きで友誼を結び、何とか安定を保てているというのが実情だ。
つまり、クレモン家にとっては現状維持が利益につながるわけで、社会を改革しようなどという気概はない。
そのことを訴えると、父上は苦笑して言った。
「それはクレモン家の者なら誰でも一度は罹る病気だ。
そのうち治る」
「父上も罹って治ったのですか?」
「だから当主をやっておる」
父上は私が尊敬できる人物で、つまりそのような言い方をするということは何か裏があるはずだ。
私が考えていると、父上は苦笑を引っ込めた。
「治り方が問題だ。
治るという状況は現状を認めることだ。
その後が問題になる」
「後ですか」
「そうだ。
現状を認めた上で、自分はどうしたいのか。
クレモン家にとってどういう状態が望ましいのか。
将来は、というような事を総合して、初めて回復したと言える」
なるほど。
「では上の兄上が帝国に行ったのは」
「奴は、とりあえず外に出てみると言いおった。
将来はまだ判らんそうだ。
帝国で自分の店を開いたらしいから、独立の方向に向かったとみていい」
上の兄上の顔をもう何年も見てないのはそういうことか。
その気になれば顔を出すくらいは出来ないはずがないので、つまりとりあえずクレモン本家を切ったのだろう。
「子爵位を捨ててですか」
「それが奴の治り方だということだ。
珍しいことではない。
わしが次男だということは知っておろう」
そういえばそうでした。
父上はクレモン子爵だから、つまり祖父の長男である叔父は爵位を捨てたのか。
「わしの兄上は酷い治り方をしたからな。
兄上は当時のルミト第一王子殿下の側近だった」
「そうだったのですか。
初めて知りました。
でも今の宮廷にはクレモンはいませんが」
「ルミト陛下は一時エラを出奔して行方不明になっておられた。
兄上も時を同じくして消えた。
父上に何か手紙を残していたらしいが、教えて貰えなかったがな」
それって反逆?
「いや。
貴族院には父上が正式に廃嫡の届け出を出した。
おかげでわしに爵位が回ってきたというわけだ。
酷い話だ」
「酷いのですか」
「そうだ。
父上には男の子供は二人しかいなかったから、わしの選択肢が塞がれてしまった。
まあ、わしの気質から言って現状維持が相応しいことは判っていたのだが。
それでも選ぶ自由を奪われたのが忌々しいことには変わりは無い」
いつも快活な父上の表情に暗い影がよぎった。
この話題は避けた方がいいかも。
「すると、叔父上はそれきり?」
「そうだ。
時々どこそこに金を送れとか、何々を買い占めろとかいう指示が届くがな」
「叔父上は何をやってるんです?」
「知らん。
いや、本当に判らんのだ。
知ってしまうとわしのエラでの動きに影響してしまうかもしれんからな」
父上も何やってるんですか!
そうか。
これが父上の「治り方」なのか。
それはそれで面白いかもしれないが、私には合わない気がする。
「ひょっとしたら、叔母上たちなどもその類いですか」
「そうだ。
言われたとおりに大人しく嫁に行くわしの姉上や妹たちではない。
好き勝手やっているのは知っておろう」
何となく判ってきました。
それがクレモン家でしたか。
「私はどうすればいいのでしょうか」
「好きにすればよかろう。
嫁に行くもよし。
独立して商売するもよし。
いっそクレモン家を継いでみるか?
お前の他の兄たちも逃げたそうにしているぞ」
とんでもない!
こんな国で女子爵なんかやったら精神的に死んでしまう。
しかし、私は病を得たと言っても条件に恵まれすぎていて、イマイチ決心がつかなかった。
私は何をしたいのだろうか。
「だったらとりあえず結論を先送りしたら」
悩んでいたら、母上が言ってきた。
この人も何かやっていそうな臭いがぷんぷんするな。
「ルミト陛下に教えて頂いたのだけれど、今度ソラージュで『学校』とやらを始めるそうよ。
お金に余裕があるクレモン家に、ちょっと見てきて欲しいという依頼があったの」
やはり何かやっておられるぞ母上!
「それは何なのですか」
「貴族の子弟を集めて一緒に教育するというものらしいわ。
あちらの王太子殿下と、将来の側近を育てるとかで。
年齢制限があるんだけど、貴方がぴったりだそうよ」
つまり、もう全部決まっているということですね?
判りました。
そういうわけで、私は単身ソラージュに赴いて3年間を過ごした。
いい経験だった。
おかげでエラがどんなに遅れているか、身に染みて思い知らされた。
どうするのよ!
「学校」が終わって帰国した私は、報告書を書いて母上に渡した後、しばらく無為に過ごした。
これからどうしよう。
ぼやっとしていると、ルミト陛下の命令が来た。
幼なじみのルリシア王女の侍女になれということだった。
命令ならしょうがない。
ルリシアは昔からどんくさい子で、だけどエルフだから無駄に大人っぽくて美人なので随分得をしている女の子である。
母親が法衣男爵家出身なので陛下と正式に結婚出来ず、認知だけされた娘だ。
つまり王位継承権はない。
後ろ盾その他もないも同然。
性格は素直で明るくて良いのだけれど、それだけとも言える。
これを私にどうしろと?
ルリシアは宮廷で孤立無援に近かったので、適当にサポートして立場を作ってやったら大喜びでなついてきた。
王女としての気概など皆無。
どうしてくれよう。
決心がつかないまま数年がたった時、運命が訪れた。
ソラージュでの「学校」仲間だった傾国姫。
同じエルフといってもルリシアとは桁違いの美貌とカリスマを持つハスィーが、ソラージュの親善大使の妻としてエラを訪れたのだ。
いや、ハスィー自身はあまり関係ないかもしれない。
問題は傾国姫の夫の方だった。
ヤジマ子爵。
最近ソラージュで何かと話題になっている男。
当然その噂はエラにも聞こえてきている。
絵本などを読んでも荒唐無稽過ぎて半信半疑だったのだが、実物を見て納得した。
凄まじいばかりの存在。
果てしなく深く、底が見えない。
あの「傾国姫」が霞んで見える。
よくこんな危険人物を入国させたものだ。
その経済力を含めた圧倒的な支配力は、エラ王国自体を揺るがしかねない。
ルミト陛下も何を考えておられるのか。
まさか本当にエラをぶっ壊すつもりなのでは。
まあいいか。
もはやエラなどどうでもいい。
私は「治った」。
私自身の方向は決まった。
どうやって取り入ろうか。
やはりルリシアをヤジマ子爵の妾にして、私がお付きということで。
無理か。




