21.親善訪問?
翌日から公爵領での俺の「仕事」が始まった。
何をするのかというと、色々な場所に行って挨拶するのだ。
俺には全然判らないので、スケジュールその他は全部セルミナさんとトニさんが決めている。
俺に同行してくれるのはハスィーに加えてこのお役人の二人だ。
その他、当然だがルリシア殿下主従とサリアさんがついてくれている。
この国の王女様と領主の孫だからね。
ほとんどどんな場所でもフリーパスだ。
この集団で各地を回るわけだが、残りのカールさん、ヒューリアさん、アレナさんの三人はセルリユ興業舎の活動に参加していた。
社交秘書なのに俺たちについてくれないのかと聞いたら、公的な活動のサポートはソラージュ政府に任せるという回答だった。
ドライだなあ。
もっともカールさんたちも遊んでいるわけではないし、セルリユ興業舎の事業にただ参加しているだけというわけでもない。
いや表面的にはそうなんだけど、そもそもセルリユ興業舎の活動自体がむしろ俺のサポートなんだよな。
親善大使が個人でやれることは限られているけど、セルリユ興業舎は目に見える形で貢献することができるから。
ヒューリアさんが説明してくれた。
「ミラルカ様のご依頼としては、まずセシアラ領の特産品でセルリユ興業舎が扱える物がないかどうかの調査ですね。
これは専任担当の者が対応しています」
「ありそう?」
「まだ何とも。
有望であっても、輸送費や賞味期限などで変わってきますから」
なるほど。
セルリユ興業舎と取引するということは、必然的に長距離輸送が必要になるわけか。
エラ王国内での取引なら、もう既にやっているはずだからね。
「それから、実はこちらが本命なのですがセルリユ興業舎が王都エリンサで開いたサーカスをここでも開催して欲しい、という依頼です。
当然臨時開催の上に規模は小さくなりますが、出来るだけ盛大にとお願いされました」
何と。
王都の向こうを張る気か。
でも公爵領は人口も少ないし、金や暇の余裕がある人はさらに少数だろうから、あまり効果が期待できないような。
セルリユ興業舎にしたって赤字だろう。
「公爵家が公演料を払ってくれるそうです。
領民へのサービスというか、啓蒙活動ですね。
なかなか強かでございますよ、あのミラルカ様は」
セルミナさんが笑いながら言った。
「というと?」
「お話を伺った限りでは、セシアラ公爵領の内政を司っているのはミラルカ様のようです。
公爵殿下ご自身は通常は王都エリンサで活動しておられるようで、公爵領の統治は嫡男様が担当し、それ以外はミラルカ様と、棲み分けができていると推測できます」
トニさんが淡々と言った。
「つまり、我々の活動はミラルカ様次第と」
「そうなりますな。
ミラルカ様は長女で次代様より年上であられるとのことで、皆様頭が上がらないようでした。
領内での発言力は次代様を凌ぐかもしれません」
あー。
次期公爵殿下はおっかないお姉ちゃんに牛耳られていると。
こっちの世界ではよくあることなのかもなあ。
ユマさんの実家のララネル公爵家も似たような状態らしいし。
女性とか男性とか関係なしに、能力と気迫が勝る方が強いのだ。
結婚もせずに子供を産んで実家に居座っている長女だったとしても、それなりの実績を示せば存在感で跡継ぎを上回れる。
きつい世界だな。
俺みたいなペーペーだと、あっという間においてかれそうだ。
「マコトさんは常にトップを走っていらっしゃいます。
私たちはそのお背中を追うだけです」
ハスィー、そういうのはもういいから。
というわけで、俺たちは公爵領のあちこちに出かけては色々な場所と人に表敬訪問させて頂いた。
俺は挨拶するだけだ。
後はハスィーとフクロオオカミなどが引き受けてくれる。
圧倒的な美貌と驚異的な体躯で人々を制圧し、帰る時には大勢のファンが残るという。
多分、俺の印象なんか全然残ってないだろうな。
いや別にいいけど。
「ハスィー、きつくない?」
「この程度なら。
アレスト市ギルドの執行委員だった頃は、もっとタイトなスケジュールで動いておりましたので」
やっぱ凄いわ、俺の嫁は。
ヒューリアさんが指示してくる訪問先は、大規模な農場だとか地元のギルドだとかの、人が大勢集まる場所だった。
多分、セシアラ公爵領のめぼしい場所を片っ端から指定してるんじゃないかな。
必ずしも金持ちや影響力がある人の居場所限定というわけではなく、山の中の村みたいな場所にも行かされた。
その辺りで一番偉い人に人を集めて貰って、まずサリアさんが挨拶する。
公爵家の令嬢が突然やってくるわけだから、みんな何事かとパニック寸前だ。
サリアさんが俺とハスィーを紹介した後、狼騎士隊がちょっとしたデモンストレーションをするんだけど、ここまで来るともう皆さん情報過多で呆然としてしまう。
で、最後にルリシア殿下がご挨拶して引き上げるわけだが、自分の国の王女様がわざわざ来たというのにほとんど反応しない人たちが多いのは可哀想なくらいだった。
それだけ衝撃が激しすぎるんだろうな。
多分、記憶に残っているのはハスィーの美貌とフクロオオカミくらいなものだろう。
で、それって「傾国姫物語」のメンバーというわけで。
誰が書いたシナリオなのか知らないけど、えげつないことをする。
まあいいか。
俺たちがそうやって公爵領内をほっつき歩いている間、セルリユ興業舎の派遣隊は大車輪で働いていた。
公爵領都の中心に近い広場が提供され、簡易型のテントなどが張られる。
周囲を移動可能な塀で囲んで敷地を確保。
公爵領の騎士団にも手伝って貰って、たった3日で準備が完了したとの報告があった。
「そんなに急いで大丈夫?」
「テストを兼ねますので。
多少の無理は承知の上です」
ロッドさんも指揮官が板に付いてきたな。
個々の仕事はリーダーに任せて、全体的な調整などをやっているらしい。
「ヒューリア様やアレナさんにお任せしているだけです。
私には経営的な感覚はありませんから。
マコトさんについて行くのは容易ではありませんが、自分の世界が広がるのは嬉しいものですね」
何か後半、違った話になったこみたいだけど、まあいいか。
でもロッドさん。
俺になんかついて来たって仕方がないと思うよ。
だって俺って担がれているだけで、どこに向かっているのか自分でも判らないんだし。
「そうおっしゃりながら、みんなを引っ張ってきたではありませんか。
いいんですよ。
我々はマコトさんが行く所なら、どこにでもついて行きますから」
ハスィーやヒューリアさんも頷かないでよ!
認識の齟齬が酷かったけど、もうそんなのは気にしないことにして、淡々と仕事をこなす。
1週間もたたないうちに、広場にはエリンサにあったものの縮小版と言うべきサーカス団が出来上がっていた。
セルリユ興業舎って、何気に凄いんじゃないの?
「セルリユ興業舎サーカス団・セシアラ公演会場」と銘打った臨時施設には、朝から続々と人が集まってきた。
エリンサと同じく最初は招待客で、領都および近郊にいる有力な商人や貴族を集めたらしい。
あまりにも急な事で、出席できない人も多かったらしいけど、その人たちは代理を送ってきたそうだ。
「公爵家の直接の招待ですからね。
参列しないと無礼どころか反逆扱いされかねません」
怖!
大体の人たちが集まった頃を見計らって、何と公爵殿下自らが挨拶に立った。
でもちょっと何か言っただけで引っ込んでしまって、後はミラルカ様の独演場だった。
客は文句も言わずに聞いている。
やっぱこの貴族のお姉様、領内ではブイブイ言わせているんだろうな。
事実上の公爵代理かもしれない。
嫡男の人が可哀想だけど。
実際、次期公爵殿下は参加していなかった。
俺には関係ないからいいけど。
途中で紹介されたので、来賓の皆様に向かってご挨拶する。
適当な事を言って引き上げたら満場の拍手を頂いた。
もっとも次に挨拶したルリシア殿下はもっと拍手が多かったし、ハスィーの開幕宣言では耳が痛いくらいの熱狂だったけど。
扉が開かれ、客が我先にと入っていく。
「今日は来賓の人たちだけ?」
「午後からは一般に開放します。
来賓の方々とは商談会を予定しています」
王都エリンサでやった方法を踏襲しているのか。
あのスタイルが有効という評価なのかもしれないな。
まあいい。
俺の仕事は終わった。
「まだです。
公爵領内の有力な商人や貴族家の方と会談をお願いします」
ヒューリアさん、上司使いが荒いね!




