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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第三部 第三章 俺が巡業団長?

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10.優先順位?

 セルリユ興業舎サーカス団演劇班の出張公演見学の後は、それぞれの出し物を一通り見て回った。

 俺も全部知っているわけじゃないし、お役人の二人は初めてというものも多かった。

 何よりルリシア殿下が見たがったのが大きい。

 この人、親善使節団の接待役じゃなかったっけ。

 むしろ俺たちが接待しているような。

「ルリシア殿下の存在価値は別にあります。

 すぐにお判りになりますよ」

 セルミナさんが言うのでそのままにしているけど。

 でもソラージュの親善使節団がエラ王国の王女殿下を連れ歩くのに何のメリットがあるというのか。

 まあ、ロロニア嬢は物凄く役立ってくれているけどね。

 だったらロロニア嬢だけでいいんじゃないのか。

 そう思っていたら、いきなりルリシア殿下の価値を証明する出来事に遭遇した。

 歩き疲れた俺たちが、敷地内の休憩所で休んでいた時のことだ。

 突然威厳のある男が近寄ってきたかと思うと、俺の前にどっかと座り込んだのだ。

 他の人たちは無視だ。

 といってもその時は女性陣がお花畑に行っていたし、カールさんも誰かと話し込んでいて俺のそばにはトニさんくらいしかいなかったんだけど。

「失礼する。

 ソラージュのヤジマ大使とお見受けするが」

「はい。

 申し訳ありませんが、そちらは?」

 失礼かもしれないけど、尋ねるしかない。

 以前に紹介されていたらアウトだけど、マジで見覚えがない人だ。

「タダプト侯爵だ。

 ヤジマ大使とは初対面だ」

 助かった。

「ヤジマ子爵です。

 ソラージュの親善大使を拝命しております。

 以後、お見知りおきを」

 マコトと呼べとは言わない。

 相手の目的が判らないからね。

 勘だけど、何か厄介事な気がする。

「うむ。

 ところで、このセルリユ興業舎とやらは貴殿の所有ということでよろしいか?」

「私というか、ヤジマ商会という会舎の子会舎です。

 私はヤジマ商会の会長をさせて頂いております。

 現在は親善大使職を拝命しておりますので、休職中ですが」

 説明しながら相手を観察する。

 唐突すぎる質問だが、答えが判っていて確認しているという所だろう。

 初対面だと言っていたから、俺やセルリユ興業舎について調べて乗り込んできたという所だな。

「これはこれは。

 タダプト侯爵閣下」

 誰かが知らせたのか、フォムさんがさりげなく近寄ってきた。

 タダプト侯爵は一瞬苛立たしげな表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。

「フォム団長。

 ヤジマ大使閣下にご挨拶していた所だ」

「まだご紹介申し上げておりませんでしたか。

 失礼しました」

「いや。

 今挨拶した」

 判らんな。

 何が目的だ?

 フォムさんも変だ。

 このタダプト侯爵閣下とやらが招待客なのは間違いないと思うんだけど。

「マコトさん。

 次のブースは……あ、申し訳ありません。

 お話中でした?」

 ルリシア殿下が現れた!

 空気読めない様子はまるで学園物(ラブコメ)の定番ヒロインのようだ。

 タダプト侯爵は驚きの表情を見せたが、すぐに立ち直って立ち上がり、片膝をついて一礼した。

「ルリシア王女殿下。

 タダプトでございます。

 お久しぶりです」

「タダプト侯爵。

 確か、半年ほど前にお会いしました?」

「は。

 園遊会では娘がお世話になりました」

 娘さんがいるのか。

 で、ルリシア殿下とお知り合いと。

 まだ判らん。

「ルリシア殿下はなぜこちらに?」

 タダプト侯爵の質問に答えたのはロロニア嬢だった。

「失礼いたします。

 侍女のロロニアにございます。

 ルリシア殿下は勅命により、ヤジマ親善大使閣下の接待役を務めております」

「……接待役?」

「はい」

 ロロニア嬢は無表情に続ける。

「既に何度も夕餉を共にしておられます。

 これは王陛下も存じていらっしゃられます」

「……そうか」

 タダプト侯爵は頷いた。

「よく判った。

 それではルリシア王女殿下。

 ヤジマ大使。

 これで失礼いたします」

 そして、タダプト侯爵閣下とやらは唐突に去って行った。

 何だったの?

「ご招待の申し出ですよ」

 セルミナさんが言った。

 いつの間にかみんな戻ってきている。

「招待?」

「個人的に、ヤジマ大使閣下をご自宅にお誘い申し上げようとされたのでしょうね」

「俺を?」

 何で?

「もちろん、娘さんとお引き合わせするためです」

 セルミナさんが肩を竦める。

「マコトさんは判っておられないようですが、あなたはああいう方から見たら肥え太った鴨のようなものなのですよ」

「……つまり、マコトさんが狙われたと?」

 ハスィーが俺の腕をとりながら鋭く言った。

 がっちりとホールドされる。

 いいけどね。

「狙うというか、配下に収めるというか、取り込もうとされたわけです。

 そこまでいかなくとも、少なくとも関係を持ちたいということですね。

 ご自分の娘とめあわせるという一番簡単な方法で」

 何じゃそりゃ?

 無茶にもほどがあるぞ。

「でも俺にはハスィーがいますし」

「ここはソラージュではありませんし、貴族たちから見た『傾国姫』の認識も違います。

 いささか美しすぎますが、奥方様のことを単なる伯爵家出身の令嬢であると思われたのでしょうね。

 侯爵令嬢である自分の娘なら、正室の座を奪えると考える方がいても不思議ではありません」

 セルミナさんが明解に説明してくれた。

「そんな馬鹿な。

 何だってそんなことを?」

「これですから。

 マコトさん、ご自分が超優良物件だということをいい加減に判って下さい。

 これだけの財産、優秀な配下企業、しかも発展中。

 親善大使に任命されるほどソラージュ王室や王政府に近い。

 余計な係累はないも同然。

 貴族からしてみれば、どれをとっても取り込みたい要素満載ではありませんか」

 ハスィーの締め付けがきつくなった。

 そうなのか。

 自覚ないけどなあ。

「それにしては、随分簡単に引き下がりましたけど?」

 俺の疑問に、セルミナさんは苦笑しながら答えた。

「ロロニア様がおっしゃったではありませんか。

 『ルリシア王女殿下は王陛下の勅命によってヤジマ親善大使の接待役に任じられた』と」

 それはその通りですが。

 それが何か?

「そして『夕餉を共にされた』わけです。

 それも何度も。

 これでお判りでしょう?」

 ヒューリアさんが皮肉げに言ったけど、まだ判らん。

 夕餉を共にする、つまり夕食を一緒に食ったからどうだっていう……。

 あ。

 思い出した。

 前に説明されたっけ。

 ハスィーがさらにホールドを強めてきたので辺りを見回すと、ルリシア殿下が真っ赤になっていた。

 そういうことか!

 つまり、ルミト王陛下はルリシア殿下を俺の接待役に任じることで、貴族に対して「この親善大使(ヤジママコト)は俺のモノだから手を出すなよ」と警告しているわけだ。

 えげつないやり方だけど、効果的だ。

「ルリシア王女殿下は王位継承権こそございませんが、歴としたエラ王室の一員でございます。

 臣籍降嫁される場合、当然ですが正室以外には収まることはありません。

 仮にタダプト侯爵閣下のご令嬢が先に嫁入りしていたとしても、順位は自動的に繰り下がることになりますし、実家の影響力はないも同然になります」

 それでタダプト侯爵は大人しく引き下がったと。

 セルミナさんの冷静な分析に、ルリシア王女殿下は両手で顔を覆って座り込んでしまった。

 つまり、それがルリシア殿下の存在価値ということか。

 ルミト王陛下が虫除けに用意して下さったんだろうな。

 助かった。

 もしルリシア殿下がおられなかったら、俺はどうなっていたかわからんぞ。

 ぞっとしながら座り込んでいると、カールさんが言った。

「まぁこうなることは判っていたから、わしがロロニア嬢を通じてルミトに依頼したんじゃがね。

 うまくいって良かった。

 ついでに言えば、最初にエラに寄るように進めたのもわしじゃがな」

 カールさん、ありがとうございます!

 助かりました!

 でもルリシア殿下は知らなかったのか。

 それはショックだろう。

 生贄に差し出されたようなもんじゃないか。

 俺にはハスィーがいるから、万が一にもそんなことにはならないけどね。

「あの……マコトさん」

 ルリシア殿下が赤い顔でおずおずと言ってきた。

「ルリシア殿下。

 ご足労をかけます。

 申し訳ありませんが、これからもよろしくお願い致します」

 ルリシア殿下はパッと明るい顔になった。

 勢い込んで言う。

「それはもちろん!

 不束者(ふつつかもの)ですが、精一杯努めさせて頂きます!」

 まさか、本当に臣籍降嫁するつもりじゃないよね?

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