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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第三章 俺は冒険者チームのインターン?

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11.奴隷?

 俺は言葉を失ってホトウさんを見た。

 ホトウさんは、やれやれというかんじで肩を竦める。

「フクロオオカミのテリトリーが狭くて、走り回るのに飽きちゃったらしいよ。もっと遠くに行きたいって。でも仲間は賛成してくれなくて、一人ではちょっと怖いし、仕方なくこの辺りをウロウロしていたって」

 それで徘徊か。

 元気が溢れている少年が、自分の居場所に満足できなくて、もっと違う景色を眺めたくて、でも不安であまり遠くに行けないので、駅前の飲み屋街をうろついていたようなものか。

 中学生の行動だな。

「テリトリーって、狭いんですか」

「そうでもないけど、群れごとにあまりお互いのテリトリーには入りにくいらしいしね。ツォルくんの仲間は結構いるからね。でも食料は十分だし、群れ全体としては満足しているって、長老が言っていたけど」

 ホトウさん、長老と知り合いですか!

 驚く俺を尻目に、ツォルさんが不満げに吼えた。

「飯ハ十分。デモ退屈。アノ丘ノ向コウガ見タイ」

 厨二かよ!

 いや、そう言い切ってしまっては可哀相だ。冒険心に溢れているとか、放浪に憧れているというか、あれ? やっぱ厨二じゃないか。

 日本人の中学生だったら、いくら学校や塾が退屈でも、ゲームやラノベに逃げてその衝動を解消したり別の物に変換したりしてしのぐところだが、フクロオオカミではいかんともし難かった、という所だな。

 フクロオオカミ社会に娯楽用の製品はないだろうし、ていうかそもそもこっちの世界では、人間にもそういう娯楽はないぞ。

「何とかならないんですか」

「協定は守らないとね。お互いに不可侵領域を設定することで、摩擦を避けているから。まあ、一定期間ごとに協定の見直しはやっているから、次の改定ではもう少しテリトリーが広がるかもしれないけどね」

 ツォルさんが吼えた。

「待テナイ! 退屈!」

 でかい吠え声で、鼓膜が破れそうになった。

 協定か。

 協定で決まっているのなら、仕方がない。

 だがどうしたものか。

 この辺りを徘徊しているくらいならいいけど、不満が溜まると家出の計画を立てたり、校舎の窓ガラスを夜中に割って回ったりするかもしれない。

 もっとも、どうも不満なのはツォルさんだけみたいだしな。フクロオオカミの若い連中みんなが爆発しかけているわけではなさそうだ。

 一人だけなら、何とかならないかな。

「うーん、ドリトル先生だったら、この人を雇ってテリトリーから連れ出すことも出来るんだけど」

 うっかり呟いてしまった。

 その途端、ホトウさんとツォルさんの両方が凄い勢いで食いついてきた。

「なんだって? マコト、君はフクロオオカミを雇うと、いや雇っている人を知っているのか?」

「雇ウ? 使ウ? 違ウ場所ニイケルノカ?」

 なんだその食いつきは!

 ホトウさんまで。

「いえ、違います。そのような話があったというだけで、動物の言葉が判るドリトル先生っていうお医者さんが、ライオンとかロバとかを連れて旅したりする、まあ物語です」

 ホトウさんは、なぜかホッとしたように肩を落とした。

「ふう。お話かあ。それはそうだよね。異世界では、そういうことが出来るのかと思った」

「オ話! 夢カ!」

 どうでもいいけど、フクロオオカミってかなり頭がいいんじゃないのか。

 人間と同じくらい。

 夢とかお話とか、抽象概念を平気で受け入れているぞ。

「でも、お話があるってことは、そういう例があるということなのかな?」

「いえ、ドリトル先生は、動物の言葉がわかるお医者さんなんです。それで、たくさんの動物たちと知り合って……」

 言ってて気がついた。

 ドリトル先生って、こっちの世界の住人だったのかも。

 こっちでは、動物の言葉が判るなんて当たり前じゃないか。

 獣医とか、物凄く楽、というよりは人間の医者と同じくらいには優秀になれるだろう。患者の言うことが判るんだから。

 むしろドリトル先生みたいな人が現実にいない方がおかしいくらいだ。

「今、気づいたんですけれど、こっちでは動……フクロオオカミさんの雇用とかはしてないんですか?」

 ホトウさんが思案顔になる。

「うーん。聞いたことないねえ。そもそも人間以外を雇用するという話は有り得ないし」

「でも、ボルノさんはどうなんです? あの人【馬】は、ホトウさんのパーティメンバーなんでしょう?」

「ボルノはメンバーじゃないよ。『栄冠の空』所有の奴隷だから」

 え?

 ボルノさん【馬】って、奴隷だったの!

 あ、いや、当たり前か。

 動物だもんな。

 家畜じゃなくて奴隷か。

 話せるから、家畜ではないんだ。でも、売り買いされる存在であることは間違いない。

 だから奴隷か。

 魔素翻訳、便利すぎて時々かえって判らなくなるな。

 ああ、そうか。

 だから雇用がない、という話になるのか。

 奴隷を使う場合、雇用するとは言わないからな。ボルノさんも雇われているのではなく、所有され使役されているわけだ。

 話せるけど。

「マコトの世界には、奴隷っていないのかい?」

「制度自体はもうないというか、一般的には非合法ですね。やったら犯罪者です。でも、やる奴は時々いますが」

 ニュースで言っていたけど、中東の方でやらかしたのがいるらしい。何を考えているんだろう。

 そもそも、奴隷制度って人権云々以前に、経済的には自由主義に太刀打ちできないから、資本主義が発達したら廃れるものだと習ったっけ。

 考えてみれば当たり前だ。

 奴隷は、基本的に自分では消費しないから、金が回らない。ご主人様は儲かるかもしれないけど、ただそれだけで、社会全体としてみれば消費活動が低調だ。

 一方、自由な市民を雇った場合、その人たちは給料を貰って消費しまくるわけで、どっちが経済的に発展するかは火を見るより明らかじゃないか。

 だから地球では奴隷制度は消滅したわけだが、こっちの世界では奴隷といえば家畜のことなんだろうな。

 奴隷であるボルノさんを解放しても意味はないしな。ボルノさんは消費活動を行わないから。

 いや、やれと言われればやるかもしれないけど、やはり無理があるだろう。

 何のことはない、概念が違うだけで、ホトウさんはこっちでも家畜を雇うことはない、と言っているだけだ。

 待てよ。

 地球で家畜を雇用しないのは、言葉が通じないこともあるけど、家畜には人間並の抽象概念の理解が出来ないからだ。

 例えば契約という概念を動物が理解できるとは思えない。

 だが、さっきから話しているフクロオオカミのツォルさんって、人間に近いくらいの知能があるんじゃないのか。

 ラノベだな。

 ではラノベ的に言ってみるか。

「ツォルさんは、奴隷じゃないんだから、『栄冠の空』かギルドで雇用するって出来るんじゃないですか?」

 ホトウさんが笑顔のまま固まった。

 目がゴルゴだから、物凄い威圧感がある。俺は思わず俯いてしまった。

 怖いんだよ。

 スナイパーの目が。

「……それは、ちょっと上の方と相談する必要があるね」

 ややあってホトウさんが言った。

 声が低い。

 あの、何か気に障ることでも?

 だがホトウさんはすぐにいつもの調子を取り戻した。

「いやあ、なるほど! マコトって凄いね! もちろん直接雇用は出来ないけど、何かやれることはあるかもしれないね!」

 やたらハイテンションだぞ。

 俺とフクロオオカミのツォルさんは、思わず顔を見合わせてしまった。

 いや、なぜか同期しちゃって。

 やっぱ、ツォルさんは人間並の知能を持っているんじゃないのかなあ。

 だったら、居留地に閉じこめられているのが我慢できないのも判る。そのうちに盗んだバイクで走り出しちゃうかもしれないのも、仕方がないよね。

 ホトウさんが、笑顔のまま言った。

「そういうわけでツォルくん、はっきりと約束は出来ないけど、この件は持ち帰って検討してみるよ。だからとりあえず、この辺りの徘徊は止めてくれないかな? それやっていると、印象が悪化するから」

 ホントに怖いよホトウさん!

 ツォルさんが後ずさりしているよ!

「判ッタ。トリアエズ、止メル」

 「説得」しちゃったぞ、ホトウさん。

 凄い。

 これがAクラス冒険者のスキルか!(違)。

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