5.野外公演?
ルリシア殿下の話は本当だった。
既に公演場所も確保してあるらしい。
やたらに手回しが良すぎると思ったら、俺たちが離宮に行っている間にエリンサに直行したセルリユ興業舎の分隊が準備を進めていたということだった。
というよりは、もともと設立されていたセルリユ興業舎エリンサ支店が前から当地のギルドなどと交渉を行っていたらしい。
そしてこの度、王政府からの後押しもあって難行していた上演許可その他をギルドからもぎ取って実施される運びとなったようだった。
あまり詳しいことは教えて貰えなかったんだけどね。
フォムさんが仕切っていて、俺たち親善使節団は距離を置かれていたんだよ。
関わってしまうと、政治問題化しかねないということで。
だけど王陛下に謁見して好印象を持たれた親善大使が事実上のオーナーだということで、セルリユ興業舎は王政府からは最大限の援助を受けられるようになったようだった。
もちろんこれは王都エリンサだけのことなんだけど。
もっともエラ王国の政治経済の中枢で、最大の人口と富を誇る王都において商業活動が保証されたわけで、フォムさん以下セルリユ興業舎エラ王国派遣団は張り切っている。
俺たちは王都エリンサのほぼ中心にある広場に来ていた。
やたらに広い。
中国の天安門広場をテレビで見たことがあるけど、あれに匹敵するかも。
そして、あそこと一緒でとにかく何もないんだよね。
昔はここに軍隊とかがずらっと整列したのかもしれない。
「そうですね。
エラ王国の発祥の地はこの広場だと言われているくらいですから。
伝説というよりは神話になってしまいますが、ある時ここに降り立った美しい女神が、勢力争いに敗れて敗走してたどり着いたエルフに知恵と勇気を授けたとされています。
そのエルフはここを拠点として新しい国に築き、初代の国王となりました」
ルリシア王女殿下が説明してくれたけど、ちょっと想像つかないな。
だって、今の広場は真っ平らで石張りなんだよ。
明らかに儀礼用、というか権力の象徴だ。
物凄い労力が注ぎ込まれたんだろうな。
「ここにお城はないんですか?」
「地形的に攻めやすく守りにくいので。
むしろ軍隊の拠点だったらしいです。
今は取り払われているけど、昔は兵舎がずらっと並んでいたと記録にあります」
ロロニア嬢が解説してくれる。
なるほど。
神話とか伝説とか王家に関する話はルリシア殿下で、現実的な記録はロロニア嬢が担当しているのか。
「そういうわけでは……。
昨日、頑張って覚えてきました」
「ずっと図書室に籠もっていたのはそのせい?
ルリにしては珍しいと思った」
「うっ」
あいかわらず楽しい主従だな。
こんな軽小説みたいな芸を見られるとは。
他の親善使節団のメンバーは聞いてないふりをしている。
相手の片方は王女だからね。
下手なことを言うと不敬になったりして。
関わって良いことなんか何もないし。
でも俺はそうはいかないからなあ。
「そのエルフ、いえ初代国王陛下がルリシア様のご先祖なのですか?」
そういうことにまったく怯まない傾国姫はマイペースだった。
もともと好奇心が強く、知識欲も貪欲だから、エラ王国の歴史に興味を引かれたのかもしれない。
「それが……神話ですので、よく判らないのです。
一応系図などはありますが、曖昧な上に矛盾もあって」
まあそうだろうね。
ローマ帝国の建国も狼の乳で育てられた双子が発祥などといういい加減な話になっているし。
日本だって、どうみても後付けの建国神話、というよりはもうあれって英雄談に近いような気がする。
国土自体を神様が作ったことになっているのは創作だろうけど、高天原から天皇が来たってのはかなり本当くさいけどね。
高天原がどこかは別にして。
多分、エラ王国の建国神話も似たようなレベルの話なんだろう。
神話の話ばかりしていても始まらない。
俺はフォムさんに言った。
「それはいいとして、ここでセルリユ興業舎が公演を行うわけですか」
「はい。
臨時に場所をお借りして、我々が用意してきたイベントを開催します。
セルリユ興業舎が主体となっておりますが、実際にはヤジマ商会系列の企業の大半が何らかの出物を披露します。
まあ、見本市というところです」
フォムさんは淡々と言うけど、それって凄いことなのでは。
「どのようなものがあります?
やはりサーカスですか?」
ルリシア殿下が弾んだ声を上げた。
離宮からの帰途でも見ていたはずだから、大体想像はつくのか。
「それがメインですね。
後はヤジマ芸能のダンスチームや『ニャルーの館』の出張サービスなどが主な出し物でしょうか。
その他、セルリユ興業舎の商品などの展示即売会なども行う予定です」
総力戦ですよ、とフォムさんは笑ったが、俺とハスィーはちょっと気が遠くなって後ずさった。
つまり、あの絵本も売られるのか。
「続・傾国姫物語」も。
何とか止められないのか。
そう思ってフォムさんを見ても、にこやかな笑みが返ってくるばかり。
あ、これは駄目だ。
笑いながら短刀を突き刺してくるタイプだ。
「マコトさん」
「うん。
気を強く持とう。
俺やハスィーには関係ないことだ」
「はい」
俺たち夫婦が悲壮な覚悟を固めている間に、フォムさんはルリシア殿下を案内して既に準備が始まっているテントなどを見せていた。
ちなみに、ここでのルリシア殿下は母親の実家である男爵家の令嬢という設定になっている。
ルリシア殿下の母上は側室ですらなかったらしく、ルミト陛下の単なる愛人だったようだ。
貴族家の令嬢が王様に気に入られてお付き合いをして子供を産んだというだけで、ルミト陛下がその子供を認知したために「王女の母親」ということになったわけだ。
ルリシア殿下を産むために実家に下がった後、どこかの貴族家に嫁入りしたらしいけど、もともとの身分は男爵家の令嬢なんだよね。
ルリシア殿下はルミト陛下に認知されることで王女の身分を得て王室に引き取られたわけだが、王女の身分を消してしまえば男爵家の者というだけなので、下々の者たちと平気で交わえる。
でなかったら、さすがに外国の民間企業の幹部でしかないフォムさんたちと対等には話せないからな。
面白いのは、侍女であるロロニア嬢は子爵家の令嬢なので、現状の身分がルリシア殿下より上になってしまったことだ。
どっちにしても下級貴族なので明確な序列があるわけではないんだけど、見ていると何て言うか二人が実に自然なんだよね。
身分が上で年上でもあるロロニア嬢が、妹分のルリシア嬢の世話をやいているという風景が実に当たり前で。
この二人の本来の姿って、これなのかも。
「どれくらい続けるのでしょうか」
「とりあえずは決めておりません。
受け入れられるかどうかも判りませんので、もし駄目でしたら撤退しますし、人気が出るようなら郊外に用意した本格施設に移行するまで継続するかもしれませんね」
まあ、この広場の使用許可が降りればですが、とまとめるフォムさんに対して、ルリシア殿下ははしゃいで言った。
「きっと人気が出ますよ!
私も精一杯後押ししますから!」
「それはありがとうございます。
よろしくお願いします」
王女としては軽率じゃないかと思ったけど、ロロニア嬢は何も言わなかった。
まあ、この程度なら口約束にもならないからな。
ルリシア殿下がギルド関係者に顔が利くとも思えないし、精神的な応援ということか。
でも、綺麗で年頃の王女が公然と応援してくれるというのは幸先が良いかもなあ。
ルリシア殿下も純粋なエルフだし、辺りを圧する程度の美貌と輝きには満ちている。
俺の嫁の前では無力だけど。
「そのことなのですが」
フォムさんが寄ってきて言った。
「何か?」
「オープニングの挨拶で、ハスィー様に出て頂くわけには参りませんでしょうか。
もちろんセキュリティには十分注意しますし、決して無理なことを要求したりはしませんので」
商売人だ。
セルリユ興業舎のコンテンツって、はっきり言って傾国姫を土台として成り立っているようなものだからな。
まあ俺も入っているんだけど、俺なんか出してもあまりウケないことは判っているのだろう。
俺がハスィーを振り返ると、嫁は微笑みながら言った。
「かまいませんよ?
わたくしはギルド時代から、同じようなことばかりやらされていて慣れておりますから」
うわっ。
言葉に棘がある!
でもフォムさんは何も気づかないような態度で大きく礼を言って頭を下げた。
「よろしくお願い致します。
これで、セルリユ興業舎のエラ王国進出は成功したも同然です」
商売人やねえ!




