3.下克上?
お昼になったので、みんなで飯を食うことにした。
フォムさんが気を利かせてくれたらしく、セルリユ興業舎エリンサ支店から弁当が届けられた。
「ヤジマ食堂」の料理人が早速活動を始めているらしい。
失礼かと思ったけどルリシア殿下主従にも勧めてみたら、喜んで召し上がって頂けた。
「美味しいです!」
「王宮の食事より美味です。
ヤジマ食堂、凄いのですね」
この人たち、あまりいい食生活してないんじゃ。
弁当が珍しいだけかもしれないけど。
ついでなので聞いてみる。
「いつもの殿下のお食事はどのような?」
「私は王室専用の食事室で頂きます。
人数が多いものですから、いちいち個別の部屋に配膳など出来ないと言われてしまって。
私が物心ついた頃には既に王族が集まって食事することが当たり前になっておりました」
そうか。
ルミト陛下の子孫が大量に居すぎて、異世界物に出てくるみたいな優雅な食事は無理なのか。
ていうかもうそれって合宿というか寮生活なのでは。
「私は使用人食堂で食べる。
使用人は勤務時間が不規則なため、いつ行っても食べられるようになっているので」
その分、味は大したことがない上に下手をすると食い逃すこともある、とロロニア嬢が淡々と語った。
王女の侍女なのに、酷い待遇だな。
「仕方がありません。
王室の頭数の分だけ侍女や侍従がおりますし、経費にも限界がありますので。
これでも年長の者から順に臣籍降下したりお嫁に行ったりして、かなり減ったのですが」
何てことだ。
ソラージュとは真逆だな。
あそこは王子や王女の数が少なすぎて、王弟殿下すらまだ臣籍降下してないくらいなのに。
「……それらの王室の方々は、普段は何をなさっておられるのでしょうか」
「無任所で舞踏会に花を添えたり、よく判らないご用で動き回っているだけです。
お給料が出ない宮廷公務員のようなものですね。
たまに、今の私のように王陛下からお役目を頂いてお仕事につきます」
ルリシア殿下が弁当を美味しそうに頬張りながら興味がなさそうに語ると、ロロニア嬢が付け加えた。
「ルリは、これでも多忙な方です。
ただ並んでいるだけというような方々もいるので」
酷すぎる!
何か仕事をさせればいいのに。
「王族だからの」
カールさんが食いながら言った。
「汚れ仕事や身分に合わない仕事はさせられん。
マコト殿はソラージュの親善大使という役割を背負っておるからとりあえず王女と対等に話が出来るが、本来なら子爵程度ではまともに話したら無礼に当たる」
そうだよね。
確か大使は伯爵級もしくは侯爵級として扱われると聞いたことがある。
国を代表しているんだからな。
だから俺は王女であるルリシア殿下と直接顔をつきあわせることが出来るのか。
逆に言えば、ルリシア殿下もそういう仕事が出来るわけだけど。
でも、だったら俺以外の人たちは?
「親善使節団のメンバーやセルリユ興業舎の幹部職員はマコト殿のスタッフ扱いになるからな。
従者ということで会話くらいは出来る。
本当はそれでも身分差がありすぎるのじゃが、そんなことを言い出したら話が進まないから、公でなければ見逃されておるわけじゃな」
そういうカールさんは……ああ、帝国皇子だったっけ。
何の役にも立たないと言っていたけど、この身分って結構便利なのでは。
普段は平民のふりをしていて、何かあれば皇子でございと言えるわけだしね。
離宮でもそうだったみたいに、親善使節団とは関係なく他国の宮廷に堂々と入り込める。
エラ王国の場合はカールさんがルミト陛下と知り合いだったからもあるんだけど。
もっとも平民のカールさんとルミト陛下がそもそも知り合う機会ってなさそうだから、やっぱり帝国皇子の身分が関係しているのかもしれない。
「ご馳走様でした。
美味しかったです」
「同じく」
ルリシア殿下主従が食べ終わって軽く頭を下げた。
さすがに王族とその侍女だけあって、マナーはしっかりしているな。
最初から思っていたけど、ルリシア殿下ってとても王女とは思えないくらい庶民的だし、何というか裏がないので話していて楽しい人だ。
その分、侍女がちょっと怖いけど。
しかし、いつまでも引き留めるわけにもいくまい。
ご予定もあるだろうし。
「ところで、ルリシア殿下のご予定は?」
俺が聞くと、殿下はきょとんとして言った。
「可能な限り、ヤジマ大使にお付き合い致しますよ?
どなたかと会ったりする場合、私がいた方が有利に進む可能性が高いですから」
何?
専属ガイドをして下さると?
「マコトさんのお手伝いをしろという陛下の勅命ですので」
凄え。
勅命ってあるんだ。
でもあれって、皇帝陛下の直接命令のことじゃなかったっけ?
王様の命令でもいいの?
いや、俺の脳がいいと判断したんだろうけど。
それにしても、一国の王女殿下が一介の大使風情にそんなに入れ込んでいいのか。
「ルリの場合、宮殿に帰ってもやることがない。
それどころか、うろついていると何かの接待役として駆り出される恐れがある」
「ロロ!
ばらしては駄目じゃないの!」
「マコトさんほどの人ならすぐに気づく。
下手に隠し事をして、信頼を失う方が怖い」
なるほど。
忘れていたけど、ルリシア王女殿下は常勤の仕事がないわけか。
子供なら勉強するか遊ぶかしていてもいいだろうけど、殿下は少なくとも外見上はもう立派な成人だ。
フラフラしている所を見られるのはまずいということね。
「ロロニアはいいの?
あなただったら、ルリシア殿下の侍女としてだけではなくてもお役目が回ってきそうだけど」
ヒューリアさんが尋ねると、ロロニア嬢は淡々と答えた。
「陛下の勅命が下っているので、そういうのは拒否できる。
確かにルリについているだけでは防ぎきれない可能性があるから、幸運だった」
「ううっ」
ルリシア殿下のうめき声が聞こえた。
エラ王政府というか宮廷における立場の重さの差が如実に表れているな。
ロロニア嬢って、多分ルリシア殿下の侍女という以上に宮廷内において使える人材として認識されているんだろう。
侍女をやっているのは本人の希望か、あるいは適当な役職がないからとりあえずそこにはめ込まれているだけなのかもしれない。
そんな風に思っていると、ロロニア嬢は俺を見てなぜか深く礼をした。
「何か?」
「私はいつでも侍女を辞任できます。
ご用命の際はこのロロニア・クレモンを」
「ロロ!」
ルリシア殿下、半泣きだぞ。
からかうのもいい加減にしてあげて。
「別にからかってなんかいません。
本気です」
ヒューリアさんが割って入ってくれた。
「ロロニアも止めなさい。
ハスィーが睨んでいるから」
そこで初めて気づいたんだけど、ハスィーが俺の腕を両手で抱え込んでいた。
何か腕が重いなと思っていたんだが。
「傾国姫は心が狭い。
優れた者が多数の者を引きつけるのは当然のこと」
「あなたが言うことではありませんでしょう!」
やっぱロロニアさんって、ハスィーの天敵なのかもしれない。
それにしても変に静かだと思ったら、いつの間にかみんないなくなっているぞ。
お役人の二人はもちろん、フォムさんやカールさん、アレナさんもいない。
好意的に見れば、細かい打ち合わせをするために退出したんだろうけど。
でも、どう考えても「逃げた」のは見え見えだ。
まあ俺としても、よその国の侍女が主である王女を虐めるシーンなんか見て貰いたくないけどね。
ていうか、何で俺がそんなシーンに立ち合わなきゃならないんだよ!
ルリシア王女殿下は突っ伏してしまっているし、ハスィーがロロニア嬢に掴み掛かろうとするのをヒューリアさんが力尽くで止めているという、ある意味シュールな場面だよ!
肝心のロロニア嬢は落ち着いてお茶なんか飲んでいるし。
このままにはしておけないよなあ。
俺は咳払いして言った。
「ルリシア王女殿下。
先ほどの続きで、もっとお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
ルリシア王女殿下がぱっと顔を上げた。
満面の笑みを浮かべる。
「はい!
よろこんで!」
俺は子守か?




