23.冷静沈着キャラ?
侍従長の人が「これ、殿下」と咎めたが、ルリシア王女殿下はまったく構わずに立ち上がった。
「ルミト陛下でなくてごめんなさい。
本日来て頂いたのは正式な手続きのためです。
私が陛下の代行になります」
そうなのですか。
まあ陛下と対面せずに済んでほっとしましたが。
よく見ると、ルリシア殿下が腰掛けていたのは玉座じゃなくて単なる椅子だった。
部屋が豪華だったもので、つい錯覚してしまったけど、そもそもここは単なる執務室だったようだ。
ソファーもある。
「座って座って。
他の人たちも」
軽すぎる台詞に石像と化していた使節団員たちがぎくしゃくと動き出す。
「あの……マコトさん、王女殿下とお知り合いなのですか?」
セルミナさんがおずおずと聞いてきた。
ああ、お役人の人たちは知らないのか。
「ルリシア様は、ここに来るときの夜の公演を手伝って下さった方だよ。
まさか王女殿下だとは知らなかったけど」
俺が応えると、ルリシア殿下は両手で手を振って否定した。
「『様』とか『殿下』とかは止めて下さい。
ここは私的空間ですから!」
またか。
どうも、俺の知り合う王族の人たちってみんなやたらと距離が近いんだよね。
というよりは、距離が近い王族の人しか俺に近寄ってこないというべきか。
それでもみんなは躊躇っているみたいだったので、とりあえず俺が率先して座った。
これでも複数の国王陛下たちや公爵などの高位貴族と軽口を叩き合った仲だ。
今更王女くらいでビビッたりしない。
こっちには帝国皇子だっているのだ。
プライベートだというのなら、それなりに振る舞うまでだ。
ハスィーが俺の隣に座り、逆側にヒューリアさんが、そしてアレナさんとカールさんがそれぞれ左右の座席に腰掛ける。
犬猫たちが大人しく並んで座り込んでも、セルミナさんとトニさんは立ったままだ。
それを見て、ルリシア王女殿下がため息をついた。
「判りました。
ワラム、そちらの方々をお願いします」
「かしこまりました」
侍従長のワラムさんが身振りで示すと、セルミナさんとトニさんはほっとしたように従った。
それはそうか。
あの二人はソラージュ王政府の役人だ。
公的にソラージュの禄を食んでいる立場なんだよ。
従って、俺なんかよりよほどソラージュ王政府を代表しているとみることもできる。
万が一にも不作法があってはならないんだろうな。
俺なら失敗しちゃいました、で済む所が下手したら政府間の問題になりかねない。
いやそこまでいかないにしても俺だったら親善大使を辞めればいい所を、国家に損害を与えた罪とかに問われる恐れがある。
そんなことになったら、良くて懲戒免職だ。
言っちゃ悪いけど、こんな危なそうな王女殿下とはカカワリアイになりたくないというのが本音だろう。
「ヤジマ大使閣下。
我々はこちらで手続きを行います。
よろしくお願い致します」
トニさんが真面目に言ってきた。
言外の意味は判るよ。
ハスィーは守るから大丈夫だ。
侍従長さんやその他の人たちとうちの役人二人が別室に消えてしまうと、ルリシア王女殿下は肩の力を抜いた。
「あー、やっと五月蠅いのが消えてくれた。
私にマナーを求めること自体が間違っているのに」
あれでも緊張していたのか。
確かに型破りさではムト子爵モードのミラス殿下並だけど。
やっぱ、俺の所に回ってくるのはこんなんばっかりか。
でも、正式な王女殿下なんですよね?
「それはその通りですが、ちょっとワケ有りでして。
でもその説明の前に、私の侍女を皆さんに紹介しますね。
ロロ、出てきていいわよ」
庶民的なルリシア殿下の声に呼ばれるように、カーテンの影から女性が進み出た。
さっきの声の主か。
その途端、ヒューリアさんが立ち上がって叫んだ。
「ロロニアじゃないの!
あなた、侍女なんかやっていたの?」
「お久しぶりです。
ヒューリア。
傾国姫も」
薄く微笑みながら軽く頭を下げたのは、小柄な美少女だった。
髪の色はアッシュブロンドというか、灰色がかった金髪だ。
瞳の色は落ち着いた茶色。
にもかかわらず、妙に光っているように見えるのは目の錯覚だろうか。
とにかく派手なのか地味なのかよく判らない容姿で、印象が混乱している。
「ロロニア。
あなたでしたか」
ハスィーも驚いたように言った。
てことは、「学校」仲間か。
「はい。
ロロニアはエラからの留学生で、確か子爵家の令嬢だったはずです」
ヒューリアさんが説明してくれたが、その間に小柄な美少女はルリシア王女殿下のそばに進み、その後ろに立った。
侍女か。
王女の侍女なんだから、貴族の令嬢なのは当然だな。
「マコトさん。
こちらが今紹介された通り、私の侍女でクレモン子爵家のロロニアです」
「ロロニア・クレモンと申します。
お初にお目にかかります。
ヤジマ親善大使閣下」
ロロニアさんが、長いスカートの両側をつまんで優雅に礼をしてくれた。
俺も立ち上がって腕を胸に当てる。
「ヤジママコトです。
マコトと呼んで下さい」
反射的に出てしまった。
いや、なんかこのロロニアさん、印象がちぐはぐで混乱させられるんだよね。
ぱっと見た目は小柄で子供みたいなんだけど、瞳を見るとひょっとしたら俺なんかより年上なんじゃないかと思えるような落ち着きが感じられる。
髪の色はむしろ派手なんだけど、全体としては何だか地味なイメージがある。
いずれにしても、一筋縄じゃいかなさそうだなあ。
「学校」出らしいし。
「ロロニアは我が国とソラージュの協定によって派遣された留学生で、マコトさんの奥方の同窓生ということになります。
ですから、私もロロリアから聞いて皆さんのことはある程度は知っていました」
ルリシア王女殿下は得意そうだけど、それはどうかな。
「学校」が終わってからもう数年たっているし、多分当時の知識はもう古くなっていると思うぞ。
「でもマコトさんの事はまったく聞いておりませんでしたので、陛下からマコトさん付きのお役目を頂いた時は少し困りました」
ルミト陛下が?
ルリシア王女殿下、俺のお付きだったのか!
ていうか、それが何でフクロオオカミたちと戯れることになったのでしょうか。
「マコトさんが最初に陛下に謁見した時、私は所用で遅れてしまって参加できなかったのです。
離宮で上演された劇は見ましたが。
その後もズルズルと公式に紹介されないままになってしまって。
野生動物を見るのもほとんど初めてだったもので、好奇心を満たしがてら、この機会にお近づきになれば、と」
ルリシア殿下、あまり説明が上手くないというか、どっちかというと感情で話すタイプみたいだな。
旅の途中で寸劇なんかを手伝ってくれた時は、頭の回転が速くてよく気の付く人に思えたけど。
背後に控えていたロロニア嬢が突然割り込んだ。
「申し訳ありません。
ルリは今、ちょっと舞い上がっていて正常な対応が出来ていないようです」
「あう。
ロロ、それはあんまり」
「ルリはちょっと黙って。
ということで、これからの話は私からさせて頂きます」
仕切ったよ!
王女殿下を遮って!
しかも愛称で呼んだ!
これはあれだな。
ミラス殿下とグレンさんみたいな関係だろうな。
違うのはルリシア王女殿下は次期国王などという枷がないために、自己規制が緩いということか。
その証拠に、ルリシア殿下は涙目で黙ってしまった。
「ロロニア、王女殿下相手にもその態度ですか。
変わっておられませんね」
ハスィーが呆れたような口調で言った。
「学校」時代からそうだったのか。
小柄で大人しそうな美少女にしか見えないんだけど。
あれか。
アニメでいう無表情キャラという奴か。
青髪の。
いやロロニア嬢はアッシュブロンドだし、結構表情が動くけど。
「ここは私的空間だとルリが宣言しました。
従って身分は関係ないと判断できます」
マジで某アニメの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースのようだ。
現実でもいるんだな、こういうの。
感心していたら、カールさんが言った。
「あいかわらずだの。
ロロニア」
「カル様もお久しぶりです。
その節はお世話になりました」
カールさん、知り合い?




