15.成功?
フクロオオカミの一人が身を翻して袖に駆け去ると、すぐに袖からわらわらと大量の野生動物が現れた。
巨大な鴉が中庭上空を飛び、キツネのような野生動物の群れが駆ける。
ユニコーンが荷物を背負って現れ、フクロオオカミの背中から人が飛び降りる。
たちまち中庭は災害救助現場と化した。
「この人は怪我をしています!
歩行不能!」
「よし!
ただちに麓に移送だ!」
狼騎士隊の隊員たちがてきぱきと難民を捌いていく。
全員、なぜかヘルメットを脱いでいるので若い女の子だということがバレバレだ。
まあ演出なんだろうけど。
最初はあっけに取られていた観衆は、今や口々に叫んだり口笛を吹いたりしている。
こんな学芸会に、なあ。
それでもフクロオオカミを初めとする野生動物たちが連携して動く様は凄かったし、それぞれの動物にも役割が振られていることが判った。
巨大な鴉は上空を旋回しながら「他の難民なし!」とか叫び続けているし、多分ヤマコヨーテだと思うけどキツネもどきは数頭で秩序だった動きを繰り返している。
よく観ると無意味にウロウロしているだけみたいだけど。
いや、あの難民救助の現場って、こんなんじゃなかったよね。
もっと殺伐としていたし、そもそも野生動物はフクロオオカミしかいなかった。
ラナエ嬢にかかると、こんな風になってしまうのか。
「整列!」
狼騎士隊の誰かが叫んで、その場にいた人間と野生動物が姿勢を正した。
そこにひときわ巨大なフクロオオカミが!
「ヤジママコト近衛騎士様、到着!」
そこまでやるのか!
それにしても、ツォルに乗っているのは誰だ?
首に真っ赤なスカーフを巻いていて、しかもヘルメットを被っているせいで顔が判らない。
だが、引き締まった体躯やメリハリのついた動作がただ者ではない感を発散している。
「あれはロッド騎士長ですね」
ハスィーが言った。
「判るの?」
「アレスト興業舎で拝見しましたから。
フクロオオカミをあそこまで自然に乗りこなせるのは、成人男性ではロッドさんだけでした」
確かにロッドさんは一番フクロオオカミに馴染んでいたからな。
俺より親しかったし、みんなに慕われていた。
そもそも難民を救助したときのリーダーは実際にもロッドさんだったのだ。
その功績で近衛騎士になってもおかしくないくらいで。
だから、この図はある意味正しいのか。
でもヤジママコトは止めて!
「ヤジママコト近衛騎士様!
報告します。
難民を発見、現在要救助者の確認中です!」
シイルが叫んだ。
あいかわらず綺麗だけどよく通る声だ。
役者に向いているのかもしれない。
シイルもジェイルくんと同じで、何でもこなせるタイプだからな。
生まれながらのリーダーだし。
何で俺なんかに入れ込んでいるのか判らないけど。
「よろしい。
直ちに移送隊を編成し、要救助者を搬送せよ。
残りの者は、他にも要救助者がいないかどうか捜索を続行。
かかれ!」
ロッドさんがカッコよく指示して、人間も野生動物たちが一斉に叫んだ。
「「了解しました! ヤジママコト近衛騎士様!」」
「「判ったぜ!
マコトの兄貴!」」
ああもう、宣伝なのか教宣なのか知らないけど、いい加減にして。
狼騎士たちが寝転がっている人たちを手早く担架に載せ、フクロオオカミがそれを背負う。
撤収。
同時に野生動物たちが一斉に散った。
最後に残ったロッドさんとシイルが辺りを見回し、ひらりとフクロオオカミに跨がる。
「さあ行くぞ!
まだまだ要救助者は多い!」
「はい!
ヤジママコト近衛騎士様!」
そして四人(ロッドさんとシイルおよびフクロオオカミたち)は駆け去って行った。
静寂。
次の瞬間、どっと歓声と拍手が上がった。
良かった。
ウケたようだ。
確かにスピーディで劇的、「傾国姫物語」の頃からかなり進歩しているね。
ずっと練習してきたんだろうな。
でもヤジママコトは止めて欲しかった。
「本当のことですから。
あなたはまさしく英雄なのですよ」
「いや違うから」
ハスィーと小声で言い合っていると、興奮した子供たちに囲まれた。
「凄い!
本当に野生動物を使役しているんだ!」
「私も狼騎士になれますか?」
王子様と王女様か。
まあ、子供向けの劇だからね。
カッコいいし。
特に狼騎士はインパクトがあるよね。
女の子だから。
「野生動物たちは、人間と同じですよ。
使役ではなくて、一緒に働いているのです。
フクロオオカミも狼騎士隊の隊員です。
他の野生動物たちも」
ハスィーが優しく言った。
王子様はいきなり傾国姫に声をかけられて硬直したが、王女様は幸いハスィーの視線から外れていたようで、さらに興奮した。
「フクロオオカミたちも隊員なのですか!
凄い!」
そこでお付きの人が慌てて回収しに来たので、何とか王室ご一家の悩殺事件に至る前に事態が収束した。
ふと観ると、中庭の中央にソラルちゃんが出ている。
何か話していて、観衆は大人しく聞いているようだ。
「何と言っているの?」
「この劇は事実を元に構成されていると言っておられます。
野生動物の中には、実際の難民救助に従事した者もいると。
セルリユ興業舎では、今後こういった救助隊を拡大していく方針ですが、エラ王国でも同様の対応をお願いしたいとおっしゃってますね」
凄い。
強引だけど、いきなり野生動物との共同作業についてぶちまけたわけだ。
救助隊の編制と言えば、反対しにくいからな。
有効性は明らかだし。
軍事利用とかも考えている人がいるはずだけど、それについては触れない。
とにかく導入する空気を作ってから、徐に「野生動物は戦わない」ことを示せばいいということか。
これはラナエ嬢だけじゃなくて、シルさんの戦略も入っているとみた。
あの人、野生動物の間ではもはやカリスマ化しているらしいからね。
俺の事は絵本なんかで広まっているけど、かつての傾国姫がそうだったように物語の中の人としてだ。
それに対してシルさんは、アレスト市という最前線で対応しているからな。
スゲーなあ。
ソラルちゃんが最後に頭を下げてテントに消えた。
続いて誰かが何かを言うと、周りの人たちが一斉に立ち上がった。
「これで公演は終わりだそうです」
さいですか。
では俺たちも引き上げるか。
そう思っていたら、ルミト陛下の従者らしい人が来て言った。
「ヤジマ大使閣下におかれましては、是非招待に応じて頂きたいとのことです」
上から目線は仕方が無いな。
しかも誰から、とは言わない。
そういう風習があるんだろうね。
これは断れないので、俺たちは近習について離宮の奥に向かった。
ひょっとしたら宮廷貴族の策謀かもしれないけど、これだけ目撃者がいる所で何か仕掛けてくるはずもない。
ユマさんの話では、貴族が自分の手で直接何かをすることはほとんどないそうだ。
やるとしたら誰か「手の者」を使うと。
いざとなったら切り捨てるために。
保身が第一らしい。
従って、こういうケースは大丈夫と聞いているんだけど、それでも怖いよね。
無意識にハスィーの手を握っていたようで、ハスィーも強く握り返してくれた。
カールさんがそばにいるのになあ。
ちなみに王族からの呼び出しということで、ヒューリアさんとアレナさん、そして役人の二人は引き上げた。
貴族以外は謁見できないのだ。
ヒューリアさんは男爵令嬢だけど、この場合は貴族に含まれない。
立場としては、俺の従者ということになっているからね。
これはエラ王国だけじゃなくて、ソラージュでも同じだ。
ハスィーは子爵である俺の正室だから貴族と見なされるし、カールさんは帝国の皇族だ。
皇子の身分なんか役に立たないと言っていたけど、こういう場所では使える。
でも、護衛も連れて行けないのはちょっと不安だな。
だんだんと人が少なくなって、人っ子一人いない廊下のドアの前に着いた時には不安でいっぱいだった。
大丈夫だろうな?
カールさんは平然としているけど、腹が据わっているんだろうな。
同じ「迷い人」でも段違いだ。
「ヤジマ大使閣下夫妻、およびカル・シミト帝国皇子殿下をお連れしました」
この場合、呼ばれたのは俺なので先に名乗りが上がるらしい。
「入室を許可する」
ドアが開いて、従者の人が手で指し示す。
俺が覚悟を決めて踏み込むと、そこは予想外の場所だった。
広い部屋だけどソファーしかなくて、しかも大半の人は床に座っていた。
「ソラージュの傾国姫様だ!」
「ヤジママコト近衛騎士も!」
「違うよ!
ヤジマ大使閣下だって」
「フクロオオカミはいないの?」
子供ばっか。
託児所かよ!
これ、みんな王子様や王女様?
「孫たちが、どうしても会いたいというのでね。
よく来てくれた。
まあ、寛いでくれ」
ルミト陛下がニヤニヤ笑っている。
寛げませんよ!




