5.ターゲット?
派遣団の主立ったリーダーが一通り俺の所に来て簡単に挨拶した後、すぐに出発することになった。
日が暮れるまでに、本日の宿泊所にたどり着く必要があるそうだ。
「これだけの大人数が泊まれるホテルってあるんですか?」
「我々の大多数は野営します。
そのための設備も持ってきていますので」
そうか。
それも含めてテストなのだ。
サーカスが巡業するためには、大規模な集団での移動をスムースに行わなければならないだろう。
規模が大きくなれば宿泊できる施設は限られるし、機材とかもあるとしたらみんなで野営するのは理にかなっている。
しかしいきなり実戦投入とは。
もちろんここに来ているのはそのごく一部だろうけど、セルリユ興業舎は大胆にも俺の護衛を兼ねた状態で実験するつもりらしい。
「ここからはまだセルリユが近いですからね。
夜間警戒も兼ねます。
エラ王国に入ったら少しは楽になるでしょう」
ロッドさんが配下の騎士たちに指示を終えてから言った。
まだ襲われる心配があると。
そうだよね。
本来なら、王政府が手配した護衛がいなくなった今が襲撃のチャンスなのだ。
でも替わりが来てしまったから駄目になったのでは。
そんなことを思っていると、唐突に馬車が動き出した。
ハスィーが俺の隣に腰掛ける。
このでかい馬車に二人だけか。
まあ新婚旅行だし。
でも物騒だな。
周囲が騎馬の制服姿や巨大なフクロオオカミで埋まっているのだ。
この状態で襲撃してくるのは馬鹿だけだろうね。
窓から外を見ていると、やはり大名行列状態だった。
そんなに広くない街道が、人や野生動物で道幅いっぱいに埋まっている。
向こうから来る人や馬車は、ちょっと避けて貰っているようだ。
思い切り邪魔だな。
すみません。
うーん。
隊商というよりはもう、これって重列だよね。
まさかここまで大がかりな移動になろうとは。
「マコトさんの力です。
これだけの団体が押し寄せたら、どんな相手でも圧倒できます」
ハスィー、別に侵略に行くわけじゃないから。
どうも俺の嫁は物騒で困る。
「マコトさん。
今は『戦争』しているのですよ。
圧倒的な力を見せつけて、敵対者の戦意を喪失させるのは費用対効果に優れた方法です」
「北方諸国とは敵対しているわけじゃないし」
「ですから、国内だけでも示威行動が必要なのです」
そうか。
これって国内だけか。
「いいえ?
わたくしが聞いた所では、国境を越えるところでさらに合流する部隊があるそうですよ」
マジか。
いや、もういい。
考えるのは止めよう。
しばらくはソラージュ国内の移動だから、このまま行くということでいいよね。
どっちにしても、俺には手が出せないし。
それからは平穏な時間が過ぎた。
退屈はしなかった。
アレスト市から王都に来た時は、ボッチだったから時間を持て余したけど、いまは嫁と一緒だからね。
まあ新婚とは言っても婚約時代から一緒に暮らしていたし、もう慣れてはいたんだが。
それでも今までは二人とも忙しくてあまりゆっくり話す機会もなかったから、この際ということで話しまくった。
ハスィーの子供の頃の話や、俺の学校時代の話。
ハスィーのエルフとしての生き方と、俺の地球での生活。
話すことはいくらでもあった。
というのは、そもそも根本的な常識や認識に食い違いがある場合が多いので、何かを話そうとするとその元から説明しないといけないからだ。
普通なら面倒なだけだが、新婚だからむしろ楽しい。
結婚というのがこんなに良いものなら、みんながするのも頷けるなあ。
「そうでもないそうです。
結婚してから苦労されている方も多いと聞いています」
「そうなの?
魔素翻訳があるから、お互いに理解しやすいと思うけど」
「それでも合わない人はいるようで、口もきかなくなってしまうこともあるとか。
それに経済的な問題で別居したり、失踪してしまったりする方もおられると」
ハスィーの話は多分貴族階級のことだろうけど、やはりあるのか。
まあ、貴族の場合は「合う」から結婚するとは限らないしな。
俺とハスィーみたいなのは例外中の例外で、貴族の場合は大抵爵位や経済状況でかなり相手が限られるらしい。
無視することも出来なくはないが、そうすると貴族社会で村八分に合う可能性が高くなる。
「養子に入るなどすれば身分差は解消出来ますので、一番の問題はやはりお金ですね。
貴族身分の体裁を整えられず、爵位を返上する場合もあるそうです」
それはひどい。
やっぱ貴族ってそうなんだろうな。
俺は特例と見なされているから、マナーや行動についてあまりどうのこうの言われないけど、普通ならやはり貴族として慣習でがんじがらめなのだろう。
外出する時は護衛付きで馬車で、というような目に見えない規則がいくらでもありそうだ。
何かの小説みたいに高位貴族やその子弟が一人でフラフラ街を歩いていたりすることは、ないとは言えないが珍しいらしい。
ラナエ嬢はやったみたいだけど。
「でも爵位を継承する人以外は貴族家の出であっても身分は平民になるんでしょ?
だったら気にすることはないのでは」
「例えば男爵家に3人の子供がいたとして、長男が次の男爵になるわけですが、後の二人は自由にして良いかというとそうではありません。
やはり、男爵家の子弟としての節度が求められるわけです」
そうなのか。
あれだね。
日本で大学教授とか有名俳優を輩出している名家で、あちこちほっつき歩いていて金をたかりに来るような不肖の息子がいたら駄目なのと同じか。
「でもいたらどうなるの」
「勘当というか、義絶ですね。
家名も取り上げられて、いなかったことにされます。
長男の場合でも廃嫡になります」
ヤジマ邸を襲ってきたあの元王太子近習のようなものか。
きついな。
「でもお金があれば、引きこもっていてもいいわけですから。
だからマコトさんは垂涎の的なのですよ。
わたくしと結婚したことで、さらにターゲットとして値打ちが上がったはずです」
ハスィーが悪戯っぽく言った。
でも目が笑ってないぞ。
怖いから止めて!
「結婚したら狙いにくくなるのでは」
「つまり、マコトさんが『結婚しない』とか『夫として駄目』とかでないことが証明されたわけです。
生涯独身主義とか、同性しか愛せないなどという方も希におられますから」
やはりいるのか。
ハーレムじゃなくて腐側だな。
「妻がいてうまくやっているということは、要するに夫や愛人としての有資格者だということになります。
あわよくば第二夫人、でなくても妾志願の方が押し寄せてくると思いますよ」
そうなの?
でも、今までそんな話は来なかったけど。
「それは、まずわたくしの名前が効いていたことと、さらにマコトさんの周囲の方たちが睨みを利かせていたからです。
ヒューリアなど、何人撃退したか判らないと言っていました。
ジェイルさんも大活躍されていますね。
ありがたいことです」
知らなかった。
俺、保護されていたのか。
「もっとも今は『戦争』中ですので、その手の攻勢はひとまず止んでいるようですが。
でも、ソラージュを出たらわかりませんことよ。
これだけの経済力を持つマコトさんがターゲットなのは、海外でも同じです。
むしろわたくしの名前が効かない分、攻勢は増すかもしれませんね」
止めて!
「判った。
ハスィーとずっと一緒にいることにする」
「それは嬉しいことですが、考えようによっては北方諸国にヤジマ商会の勢力を浸透させる機会でもあります。
良い方がいたら、身内に加えるというのも手ですよ?」
いや、ハスィー目が笑ってないって!
俺は浮気も本気もしないから!




