20.続編?
セルミナさんと無駄話をしているとハスィーがトニさんと一緒に戻ってきたので、とりあえず本日はここまでということになった。
二人が帰ったので早速聞いてみる。
「トニさんと何を?」
「アレスト市の近況を聞いていました。
兄の手紙だけではよく判らないことがあったので」
トニさんに何か言うことはなかったのか。
そういうことは全然考えてないらしい。
アウトオブ眼中か。
それにトニさんにとってはハスィーは主家のお嬢様というよりは女神に近いんだし、何が起ころうが全部受け入れるだけだろうしね。
「トニさんに判るの?」
「行政省内部の情報には詳しいはずです。
アレスト市の代官を辞任はされましたが、意外にそういった情報は伝わるものですので」
ハスィーの話によれば、トニさんはアレスト市から王都に帰還した後、行政省内で事務などをやっていたらしい。
代官の辞任については、むしろ同情的な空気があったために大した失点にはならなかったとか。
日本の役所だったら個人的な感情で組織の影響力を行使したりしたら一発で懲戒免職だけど、こっちでは違うのか。
「マコトさんが絡んでいたために、役所内でも内々に処理したそうです。
『迷い人』が関係していると判ると、行政省というよりは王政府の問題になってしまうとかで」
俺のせいか(泣)。
それでトニさんが助かったのならいいけど。
でもあのトニさんの暴挙は完全に自業自得という気がするけどなあ。
「わたくしもトニに甘えていましたから。
もっと気をつけていれば、あそこまで暴走してしまうこともなかったと思います」
「無理ないよ。
ハスィーは知らなかったんだろう?
それに……トニさんの態度はちょっと行き過ぎだったと思うし」
「申し訳ありません。
わたくしのせいでマコトさんにご迷惑を」
こうなるから、話題に載せるのが嫌なんだよなあ。
俺の嫁はすぐに思い詰めるタイプだからね。
面倒くさいと言えばそうだけど、不思議に気にならないんだよな。
むしろ面倒かけられて嬉しいかも。
「ハスィーのやることで俺に迷惑なことなんかないよ。
それも全部、ハスィーの一部なんだから」
失敗した。
泣かれた。
その日はハスィーを何とか立ち直らせるだけで終わってしまった。
女の子、というよりは嫁の扱い方がまだいまいちよくわかってないからなあ。
「マコトさんは良くやっていると思いますわ」
ヒューリアさんが言ってくれた。
「そうかな」
「ハスィーは難しい女ですから。
ちょっと、普通の人の手には負えないでしょう。
あれほど条件がいいのに、マコトさんに出会うまで浮いた噂ひとつなかったのは伊達ではありません」
そうなのですか。
でも、ミラス殿下とか惚れていたのでは。
「ミラスの想いは例えばトニ・ローラルト領主代行官に近いもので、憧れに過ぎません。
実際、面と向かったらまともに口も利けなかったわけですし。
ハスィーと平気で話せていたのは、ユマやラナエなどのごく一部だけでした」
まあ私やグレンなども大丈夫でしたが、とヒューリアさんは笑ったけど、そこまで酷かったのか。
それはそうかもな。
例えば学校のクラスにテレビに出るようなアイドルがいたら、それは最初は遠巻きにするけれど、だんだん慣れてきて溶け込んでいくはずだ。
だがもしそれがハリウッドスター、それも頂点の女優だったら?
しかも大人っぽい超美形だったとしたら。
無理だ。
自分とレベルが違いすぎて、会話するのも難しいだろう。
ハスィーは伯爵令嬢だけど、周りにいるのは全部貴族だから遠慮することはない、と思うのは間違いなんだろうな。
王太子すら圧倒されて口を利けないんだから。
「でも、そんなに凄い?
俺には最初から親しげに話してくれたけど」
「マコトさんは『迷い人』ですから。
言わば、ハスィーと同じ舞台に立っているわけです。
対等な関係を築けたのはそのためかと」
よく判らん。
その夜、夕食会にやってきたラナエ嬢を捕まえて聞いてみた。
ハスィーって、そんなに難しい?
「マコトさん。
お判りになっていないとは思っておりましたが、今更ですか。
ええ、おっしゃる通りです。
難しいなどと言うレベルではございません」
断言されたよ!
ラナエ嬢ってハスィーの親友じゃなかったっけ?
「親友ですわ。
でも、だからといって難しくないわけではございません。
ある意味、わたくしも難しい女ですので」
「そうなんですか?
ラナエさんは、何というか普通だと思いますが」
「そんなことをおっしゃって下さるのはマコトさんだけです。
ハスィーほどではございませんが、わたくしも遠巻きにされて避けられるタイプですのよ」
そうなんですか。
あ、なるほど。
そうかもしれないな。
でなければ「完璧」などという二つ名はつかないはずだし。
「ハスィーとユマ、それからわたくしの3人が『学校』の難しいベスト、いえワースト3ということになっておりました。
不本意ですが実際にそうなのは理解できます。
二つ名がつくということ自体がその証拠なので」
ラナエ嬢も溜まっているのかも。
俺ってなぜか「学校」の難しいベスト3の全員と知り合っていたわけね。
止めて欲しい。
学園物じゃないんだから。
登場人物の特徴なのかよ。
「二つ名持ちは、わたくしたちだけではございませんが」
「そういえばグレンさんやモレルさんにもついていたと聞きました」
「宰相」と「衛兵」だったっけ。
軍人将棋か何かのようだ。
「ヒューリアもある意味目立ってましたから、やはりマコトさんはそういうタイプを吸引するのかもしれませんね。
他にも……いえ、今は止めておきましょう。
後のお楽しみということで」
ラナエ嬢はそこで話を切って去った。
何だよ。
気になるじゃないの。
まあいいか。
ハスィーが難しい女だということは判ったけど、それで何が変わるというわけでもないしね。
俺の嫁なのだ。
文字通り一蓮托生だ。
いや、そんな理屈をつけなくたって美人で可愛い女だからな。
「ハスィー様のことを、そんな風に表現なさる人ってマコトさんくらいでしょうね」
いつの間にか近くにいたジェイルくんが言った。
「そうかな」
「マコトさんの前では誰も言いませんが、ハスィー様は女神の化身のように思われていますよ。
大半の人は崇拝しているのではないでしょうか」
それは言い過ぎでしょう。
だって、現実に生きて生活している人間だよ?
「それでもです。
『傾国姫物語』が広まったせいで、ハスィー様とマコトさんの関係も知れ渡りました。
マコトさんももちろん凄いですが、むしろそのマコトさんを市井から拾い上げて育てたということで、ハスィー様が神格化されてしまっているんです」
俺のせいかよ!
まあ、そうか。
ハスィーがいなければ俺なんかとっくにのたれ死んでいただろうしね。
あれ?
ジェイルくん、今何て言った?
「『傾国姫物語』に俺なんか出てこなかったような」
そう言うとジェイルくんは頷いた。
「すみません。
『続・傾国姫物語』の方です」
そんなの出ていたんだ!
「それって」
「『傾国姫物語』は王太子の手から逃れた傾国姫がフクロオオカミと共に故郷の辺境の街に向かって旅立つところで終わっていますが、続編では街道で行き倒れていた男を助けるんです。
その男こそ、のちにフクロオオカミを従えてサーカスを立ち上げ近衛騎士となり、狼騎士と呼ばれる英雄です」
何てことを!
ラナエ嬢、どこまでやれば気が済むんだよ!
「そんな絵本が出版されていたのか」
「馬鹿売れだそうです。
未だに重版が続いていて、出荷が間に合わないとか。
実際に面白いですしね。
その男を近衛騎士に叙任する公爵や、訳あって冒険者に身をやつしていた帝国の皇子なども出てきます」
ラナエ嬢、大丈夫なのか?
それはさすがにやり過ぎでしょ?
そんなことして、後ろから刺されても知らないぞ。
「さすがにご本人たちの了承は得ているらしいですよ。
性別や年齢を変えたりして、何とか許される程度まで事実を改変しなければならなかったようですが」
それでもだよ。
「そういえば、ジェイルくんは出てこないの?」
「私は……運良く事前に知ることができまして」
ジェイルくんは、後ろめたそうに視線を泳がせた。
自分だけ逃げたのかよ!




