18.随員?
親善大使には任命されたものの、俺には全然判らないのでジェイルくんやユマさんに丸投げしたら、数日後に計画書が届いた。
書斎にハスィーと共に籠もって見てみたが、目次を見ただけで嫌気がさした。
そんなぶ厚い書類なんか見てられないので、ジェイルくんを呼んで説明して貰う。
俺とハスィーは行くことが決定しているけど、後は誰になったのか。
「親善大使の場合、王政府が認める随員は6名です。
そのうち2名は政府の役人ですので、残りの4名は自由に選ぶことができます」
「誰でもいいの?」
「マコトさんが必要と考える人なら誰でも。
ただし、勧誘や説得はマコトさん側が行う必要があります。
普通の貴族は、ご自分の家臣などを選ぶようですね」
そうか。
大使に任命されるほどの貴族なら、最低でも伯爵級だろうからな。
当然家臣もいるだろう。
つまり、自分の部下を政府の費用で連れて行けるわけだ。
もちろん責任は負う必要があるけど。
「随員って、それだけ?」
「いえ。
ご自分で費用を持つのでしたら、いくらでも増やせます。
しかし旅費や現地での滞在費・活動費がすべて持ち出しになってしまうため、あまり大勢を連れて行く人はいないようです」
それはそうか。
でも4人だと、身の回りの世話をする使用人だけで終わるんじゃないの?
俺の疑問をよそに、ハスィーが聞いた。
「護衛は随員に含まれるのですか?」
「随員として登録すれば。
その気になれば、最大限4人の護衛を政府の費用で連れて行けるわけです」
そんなの、全然足りないじゃないか。
俺は狙われているんだぞ。
それに親善使節団の正式な随員としてハマオルさんたちが入れるはずがない。
ソラージュの代表団なんだからな。
つまり護衛は別扱いということになる。
ハスィーも随員扱いになるから、残りは3人か。
「わたくしとヒューリアに加えてあと2名ということになりますか」
「そうですね。
ヒューリアさんはマコトさんの社交秘書ということで、とりあえずこれは決定です。
あとの二名のうち一人は、まずハスィー様の秘書役としてアレナさん」
ああ、そうか。
ハスィーの従者が必要だもんね。
それにアレナさんは銀エルフということで、見栄えがいいしな。
使節団の一員としての風格もある。
有能なのは言うまでもなく。
「残りといっては失礼ですが、最後の一人はカル・シミト様にお願いして、快諾を頂きました。
従者のナレム殿はその個人的な随員になります」
ああ、そんなことを言っていたっけ。
本人も行く気満々だったし。
もちろん歓迎です。
「カル様は帝国皇子のご身分をお持ちですから、いざという時は頼りにして貰いたいとおっしゃってました」
さいですか。
それにしても簡単に決まるもんだな。
でも、使節団にしては陣容があまりにしょぼいような。
「そうですが、これは直接の随員だけです。
普通の大使なら、現地の大使館員を部下として使えるわけですから、その程度で十分ということでしょうね」
ジェイルくんはそういうけど、俺は諸国歴訪するんじゃないの?
大使館員なんか使えないだろう。
「やりようによっては可能ですよ。
拠点国に居座って、そこから出張する形にすればいい。
でもその大使館にはもともと駐在大使がいるわけで、現実的には無理です。
国の支援はないと思った方がいいでしょう。
よって、ヤジマ商会としては総力を挙げてマコトさんのバックアップ体制をとります」
ジェイルくんが書類を開いてとあるページを示す。
ハスィーが一瞥して、納得したように頷いた。
「判りました。
さすがはジェイルさんですね」
「恐縮です」
何なの?
俺、まだそういう専門書類の読み方がよく判らないんだけど。
「親善使節団に、ヤジマ商会配下企業から北方調査隊を随行させます。
アレスト興業舎からは野生動物調査交渉団、セルリユ興業舎からは北方諸国調査隊、その他ヤジマ芸能の大規模興業団やセルリユ興業舎関連団体の合同派遣隊が随行予定です」
これらの費用は、ヤジマ商会の新規事業プロジェクト調査費として処理しますので、とジェイルくんは事も無げに言った。
さいですか。
つまり、俺の借金を使う訳か。
今どれくらいになっているんだろう。
いや知りたくないけど。
「ソラージュ国内の事業案件が順調に発展しているので、そろそろ海外にも手を伸ばす時期に来ているんですよ。
特に野生動物は人間の国境に関係なく分布していますからね。
シルレラ様が、野生動物連絡会議を通じてソラージュ国外に在住する野生動物とコンタクトをとっています」
あー。
そんなこと言っていたな。
つまり、もう北方にも伝手があると?
「はい。
アレスト興業舎とセルリユ興業舎が共同で国外の調査を行っていまして、一部の国では既に支店や出張所を開設しています」
そんなことをしていたのか!
俺、全然知らなかったのに。
まあいいけど。
「実は、絵本などの特産品をそれらの拠点を通じて販売しております。
よく売れているとラナエ舎長から報告がありました」
俺とハスィーは押し黙った。
ということは「傾国姫物語」とか「フクロオオカミ山岳救助隊」などの絵本が海外でも広まっているわけか。
ラナエ嬢、やってくれたな。
商売のためなら親会社の会長夫妻を平気で売るのか。
奥方とは親友なのに。
しかも、あれってフィクションだぞ?
「商売とはそういうものです。
綺麗事は通じません」
ジェイルくんの目が据わっていたので、俺たちはビビッて下を向いた。
やっぱ俺たちって、食い物にされるだけか。
「迷い人」とか「傾国姫」とか呼ばれていても、結局の所は敏腕経営者のオモチャだったということだな。
「そういうことで、よろしくお願いします」
ジェイルくんが朗らかに言って去ると、俺とハスィーは顔を合わせてため息をついた。
「まあ、しょうがないか」
「そうですね。
もう遅いでしょうし」
ヤジマ商会の会長と副会長が聞いて呆れるよね?
というような俺たちの心境に関わらず、親善使節団の準備は急ピッチで進んだ。
何しろまだ「戦争中」なのだ。
俺たちの知らない所で色々衝突が起きているらしい。
ユマさんにしても、俺という弱点を庇いながらでは思い切った戦術を取れないらしく、夕食会でも憂い顔が晴れない。
どうもすみません。
そんな中、王政府から派遣される役人2名がヤジマ商会を表敬訪問した。
早速俺の書斎にご案内し、ハスィーと一緒に挨拶する。
ユマさんが立ち会ってくれた。
驚いたことに、その片方は顔見知りだった。
「行政省のトニ・ローラルト2級行政官です」
「外務省、セルミナ・ユベクト書記官でございます」
セルミナさんはアラサーの堅い感じの美人だった。
ソラージュの役人って、顔で選ばれるのかも。
いやセルミナさんはいいとして、何でトニさんが?
「親善大使には、行政省と外務省から1名ずつ、世話役がつきます。
訪問先諸国の担当部署との対応はお任せ下さい」
ユマさんはにこやかに説明するが、俺はパニック寸前だった。
だって、トニさんって俺を陥れようとした人だよ?
ユマさんと俺のせいで、アレスト市の領主代行官を辞めさせられたし。
何よりハスィーの信者で、俺みたいな風来坊が近づく事を断固拒否していた人じゃないか!
「その節は、申し訳ありませんでした。
ヤジマ子爵閣下。
今となっては、自分の不明を恥じるばかりでございます」
トニさんはそう言って腰を深く折った。
「とんでもありません。
ハスィーのためを思っての行動であることは理解しています」
白々しいよね。
すると、ハスィーが口を開いた。
「トニ。
わたくしはもう、忘れました。
わたくしの事を思ってのことでしたら、それはそれで良いのではありませんか」
「……ありがとうございます。
このトニ・ローラルト、今後もハスィー様のために尽くす所存でございます」
あ、そういうことね。
なぜトニさんが選ばれたのか判らないけど、トニさんの中では「ハスィーに尽くす」という方向性が全然変わっていないのだ。
ヤジマ子爵で親善大使である俺じゃなくて、あくまでハスィーのために働くと。
別にいいけどね。
ユマさんが任命に絡んでいるくさいので、何か思惑があるんだろうし。
いずれにしても自主的にハスィーを守ってくれるというのなら、こんなに都合がいい人材はいないな。
俺を無視してもハスィーのために動きそうだからね。
下手すれば剣の前に身体を投げ出しかねない。
望む所だ。
そう思ってふと見ると、セルミナさんが興味深げに俺を見ていた。
何?
「いえ、ヤジマ子爵閣下には初めてお目にかかりましたが、兄から伺っていた通りの方で、安心したような困ったような気持ちです」
「兄上、ですか?」
「はい。
兄はララネル公爵家の近衛騎士です。
会うたびにヤジマ子爵閣下のお話が出るので、なぜか初対面という気がしませんね」
ノールさんの妹さんですか!
パネェ。




