16.挨拶?
それからは、ひたすら単純作業の繰り返しだった。
俺とハスィーがみんなと一緒にテーブルを回って挨拶する。
立食式なので、人があちこちに移動していて全員には無理だった。
とりあえず、王陛下のご一家を含む高位貴族の方たちには念入りに頭を下げて回った。
この中には俺を狙っている人もいるかもしれないけど、さすがにこの場では何もできないだろう。
王室ご一家は、クイホーダイ形式の食事を楽しんでいるご様子だった。
王女様たちはハスィーに見とれていたけど、すぐに関心を失って食事に戻った。
「このようなお食事は初めてですので」
「お城のお食事は、美味しいんですけれどマナーが面倒なのです」
レネ様とリシカ様は言い訳しながらも料理を選ぶのに忙しい。
「確かにこの方法は画期的だな」
「クイホーダイは無理としても、イザカヤ形式は王室で取り入れても良いかもしれませんね」
いや王陛下とお妃様、それは止めといた方がいいです。
トップがそんなことをしたら、ソラージュ全体が文化的に堕落してしまうかもしれませんよ。
次は王太子陣営だった。
ミラス殿下は既に独り立ちして一家を構えていると見なされているらしい。
王太子府とか立ち上げたからな。
ミラス殿下の隣には、案の定フレアちゃんがいた。
もう全然隠す気ないな、ミラス殿下。
フレアちゃんは王太子預かりで遊学していることになっているんだから、ここにいても別に不自然じゃないけど。
近習の二人も控えていて、祝福を受ける。
毎日のように会っているから、今更だけどね。
ちなみにシルさんはいなかった。
あの人も帝国皇女だから、参加するとしたらここのはずなんだが。
残念だ。
尊敬する人だから、結婚式には是非出席して貰いたかったんだけど、無理か。
その次に王弟殿下のご一家。
中年だけどイケメンの王弟殿下と落ち着いた感じの王弟妃殿下に加えて、王女様がお二人だ。
こちらはまだ十歳にもなっておられないようで、ひたすらハスィーに見とれていらっしゃった。
その後は公・侯爵が延々と続く。
何とか上級貴族周りを終えて、とりあえず室内に戻った。
ジェイルくんが出迎えてくれる。
ハスィーに頼んで放して貰ってトイレに行ってから、ジェイルくんが渡してくれたサンドイッチみたいなものを食べる。
水筒から水を一口。
よし。
次は伯爵の方たちらしい。
その後に子爵や男爵といった下級貴族、そして商人その他ということになる。
ちなみに下級貴族以下は別に場所を区切っているわけでもないのに、何となく成分ごとに分かれているとのことだった。
「伯爵連中が終わったら駆け足で回るぞ」
ララネル公爵殿下がおっしゃって、俺たちは身を引き締めた。
そうしないといつ終わるか判らないからな。
俺とハスィーはともかく、ララネル公爵殿下やフラル前伯爵閣下が大変だろう。
ふと気づくと、いつの間にか人に囲まれている。
誰だ?
「ユマ司法管理官閣下のご命令で、ここからは我々が護衛させて頂きます」
何といったっけ、ノールさんのもと同僚の偉そうな騎士長の人を先頭に、騎士の一団が整列していた。
「それはご苦労様です」
「伯爵クラスは大丈夫と思いますが、下級貴族や商人はさすがに全員のチェックはしきれませんでしたので」
この人、何て名前だったっけ。
「お願いします。
トーラス騎士長」
ジェイルくんが言ってくれて助かった。
そう、トーラスさんだ。
「各部署から集められた精鋭ばかりですので、ご安心を」
それは判っています。
というのは、一団の中に騎士服を着たハマオルさんとリズィレさんがいたのだ。
俺とハスィーの護衛なら、この人たちがいなければ始まらない。
ユマさんがうまいこと誤魔化したな。
「誤魔化しではありません。
ハマオル殿とリズィレ殿は、臨時に騎士補に任命されております。
これは法令に基づいた処置であります」
そういう方法があるのか。
それにしてもトーラスさん、律儀だな。
「わかりました。
よろしくお願いします」
「は。
名誉に賭けて」
後ろの騎士の人たちも一斉に敬礼してくれた。
ハマオルさんとリズィレさんも、ぴったりみんなと揃えて敬礼しているけど、帝国中央護衛隊の隊員ってそんな事まで訓練するのか。
凄い組織だな。
「それでは参ろうか」
ララネル公爵殿下が言って、俺たちは屋外に踏み出した。
人の波。
ここは伯爵クラスの中級貴族しかいないはずなのに、結構乱れているな。
いや乱痴気騒ぎという訳ではないのだが、みんな飲み食いしながら大声で話したり笑ったりしている。
アルコールは出てないはずなんだけどね?
俺とハスィーが近づくと、歓声を上げて握手を求めてきた。
もう機械化作業で手を握りまくる。
ほとんどの人の名前は思い出せなかったが、向こうもそんなことは期待してないらしく、おめでとう、とかそういう言葉だけで引き下がった。
中には「こんなに凄い結婚式は始めてだ!」とか「この方法はいいね!」などとおっしゃってくださる方もいて、脇についてくれているジェイルくんが舌なめずりしていた。
商売人だなあ。
伯爵クラスはせいぜい数十人。
奥様などを含めても百人まではいかないから、割とすぐに終わった。
次は男爵と子爵か。
少数だけど、近衛騎士もいるらしい。
「実際には、このクラスの貴族は商人を兼ねていることが多いし、大商人なら爵位がなくても混じっている可能性があります。
気を引き締めていきましょう」
目立たない服の人が指示していた。
トーラスさんは護衛の指揮官じゃないのか。
「貴顕の護衛専門の騎士ですね。
司法省の特殊な騎士隊から派遣されてきているようです」
そんなのもあるのか。
ジェイルくんが教えてくれたけど、つまりはシークレットサービスみたいなものか。
王族の護衛なんかを担当するんだろうな。
帝国におけるハマオルさんの立場の人だ。
やっぱソラージュにもいるんだなあ。
「普通は子爵程度の結婚式などには派遣されないはずなのですが。
ユマ閣下が手を回して下さったのかもしれません」
重ね重ね、ありがとうございます。
でも、ということはここからが勝負だというわけだね。
最悪でもハスィーだけは守らないと。
もちろんリズィレさんたちが用心してくれているだろうけど、最後の盾は俺だ。
「マコトさん。
嬉しいのですが、それでは本末転倒です。
わたくしが盾になってマコトさんを守ります」
「じゃあ、お互いを守り合おうか」
「はい!」
こう言わないと、俺の奥方は納得しないからなあ。
まあいいか。
実の所、あまり心配はしていない。
ハマオルさんに抜かりがあるはずがないし、ユマさんも本気になっているみたいだからね。
俺を狙っている奴も、ここで騒ぎを起こすのはどう考えてもデメリットが大きすぎる。
下手すると貴族や大商人全体を敵に回すことになるからな。
「では」
それからは、まさしく忍耐の日々(違)だった。
微笑みを顔に貼り付かせ、ひたすら握手する。
ハスィーも大変だっただろう。
でも、傾国姫と面と向かってしまった人の大半が硬直するので、握手するにしてもあまり力はいらなかったような。
とにかく忙しくて疲れたことしか覚えていない。
下級貴族が終わって商人クラスになっても、やることは基本的に一緒だ。
「おめでとうございます」と言われて、お礼を言って握手する。
相手はいちいち名前を言ってくるんだけど、そんなの覚えていられるはずがない。
奥さん同伴の人も多かった、というよりはほとんどがそうだったけど、いくら女性でも人妻は覚えられないしね。
ていうか、多すぎて無理。
何時間たったのか。
果てしなく続くように思えたご挨拶行脚がやっと終わった時には、俺はへとへとになっていた。
足は棒で、手は腫れ上がっていて痛い。
顔も引きつっているし。
タキシードも汗でよれよれだ。
ハスィーも辛そうだったけど、何とか持ちこたえたようだ。
お互い、朝の自主練していて良かった。
それでも体力の限界まで絞り尽くされた気がするぞ。
最初に挨拶した場所に戻って必死で手を振ると「おめでとう」の歓声が上がった。
早々に引っ込む。
アンコールはなしだ。
これで終わり?
「はい。
ご苦労様でした」
ジェイルくんが言って、冷たいおしぼりを渡してくれた。
気が利くなあ。
さすが俺の重臣。
「何も起こらなくて良かった」
「そうですね。
もっとも、何件か問題があったようですが」
「そうなの?」
全然気づかなかった。
「マコトさんに接近する前に処理しましたので」
いつの間にかそばにいたユマさんが頷くと、部下らしい騎士から報告を受けていたノールさんが応えた。
「さすがに会場内での問題はありませんでしたな。
入場のチェックで引っかかりました。
ナイフ等を隠し持っていた者が3名、得体の知れない毒物のようなものを所持していた者1名。
後は、受付に難癖をつけて騒ぎを起こそうとした者がおりました」
その程度で済んだのか。
ちょっと意外。
「実は、入場の前に道で検問を行って怪しい者を事前に排除しております。
騎士隊を動員しましたので、貴族でない限りは臨検を拒否できません」
そうか。
騎士って准貴族だからね。
てことは、入場の時に掴まったのって、みんな貴族か。
よくチェックできたね?
「ユマ司法管理官の命令で、貴族家の者を入検に動員しましたので。
実家の爵位が高い貴族家の出の騎士なら、下級貴族の方をチェックできますからな」
そこまでやったの?




