15.祝福?
つまり、憧れの人はエルフだったけど、現実の恋人はドワーフが良いということですね。
フレアちゃんがその条件にピタッとハマッたんだろうな。
改めて見てみると、クレパト王妃殿下とフレアちゃんは何となく印象が近い。
というよりは、フレアちゃんの雰囲気が王妃様に似ているわけか。
物静かな美女なんだけど、どこか激しい印象があるんだよね。
シルさんにも通じる。
ドワーフの特質かな。
ぼやっと王妃様を見ていると、王陛下が言った。
「マコト。
人の嫁を見ている場合か」
「す、すみません!」
「まあいいが。
俺の嫁が美人なのは本当だからな」
いえ、私はフレアちゃんとの類似点をですね。
「失礼します。
ヤジマ子爵夫人がいらっしゃいます」
先触れの声にみんなが一斉に振り返り、そして静まりかえった。
凄いよ。
マジで音が途絶えた。
金縛りだ。
前アレスト伯爵のフラルさんに腕を預けたハスィーが、静かに近づいてくる。
割合シンプルなドレスを着ていたが、メチャクチャに綺麗なのは同じだ。
ていうか傾国姫のレベルになると、何着ていてももう、違いがわからないんだよ。
着てなかったらさすがに判ると思うけど。
ハスィーは無表情だったが、俺を認めるとパッと笑顔になった。
「マコトさん」
次の瞬間、みんなが動き出した。
さすが傾国姫。
時間を止めたぞ。
「ハスィー。
綺麗だ」
言うまでもないけど、言わなければ始まらない。
「ありがとうございます。
マコトさんも素敵です」
今気づいたけど、花束を抱いている。
「よし。
マコト殿、ハスィーは届けたぞ」
なぜかフラルさんが汗を拭きながら言った。
「何かあったんですか?」
「いや。
私たちが通るとみんな停止するのでね。
我が娘ながら、ここまでとは思わなかった」
自分たちも似たような美形だから、ハスィーが回りに与える影響がよく判っていなかったのか。
俺は毎日見ているから何とか耐えられるけど、いきなり拝見すると衝撃で立ち尽くすレベルなんだよ。
俺の嫁は。
「違うのだ。
前はこれほどではなかった気がする」
やっぱり?
確かに、アレスト市にいた頃は道ですれ違った人と普通に挨拶していたけどなあ。
何かあったのか。
「まあいい。
始めるぞ」
ララネル公爵殿下が言って、俺の隣に立った。
俺とハスィーが腕を組み、その両側にララネル公爵殿下とフラル前伯爵閣下が控える。
この形で来賓の皆様にご挨拶するそうだ。
「それでは」
王陛下、じゃなくてトレナ伯爵およびそのご家族が去った。
「ご一家で来られてしまって、大丈夫なのでしょうか」
ちょっと心配になったが、ララネル公爵殿下が応えてくれた。
「一般の来賓からは隔離された場所に席をご用意させて頂いている。
周りを公・侯爵で固めてな。
王室の盾と矛が守るから、心配いらん」
そうですか。
抜かりはありませんね。
「と、ユマから聞いている」
やっぱり。
ユマさんは司法省の幹部として、この結婚式の警備を仕切っているらしい。
ララネル公爵家には世話になりっぱなしだな。
ジェイルくんがひょこっと現れて、ララネル公爵殿下とフラル前伯爵閣下に言った。
「開始します。
よろしくお願いいたします」
「うむ」
「了解した」
俺とハスィーには聞かないのね。
聞かれても何も判らんけど。
「さあ、行くぞ。
二人とも笑え」
ララネル公爵殿下が命令して、俺は引きつった微笑みを顔に貼り付けた。
さあて、苦難の始まりだ。
あ、トイレ行くの忘れた!
4人で歩み出ると、そこは二階のバルコニーらしい場所だった。
何これ?
新年の皇室のご挨拶?
目の前というか、前方すべてが人の波だ。
歓声が上がり、拍手が響く。
俺の知っている披露宴とは違うな。
これではまるで、スターの結婚式ではないか。
「さあ笑って。
手を振ってやりなさい」
フラルさんの命令で腕を解いて手を振る。
物凄い歓声が上がった。
サクラがいるな?
いや、傾国姫を見てみんなテンションが上がっているのかも。
手を振っていると、だんだんと歓声が静まってきた。
ていうか、みんな黙った。
もう終わり?
いや、注目が俺たちからよそに移ったみたいな。
俺たちのそばに台が置かれ、そこにひょいっと立った人がいた。
ざわざわという私語が周り中から聞こえてくる。
台の上に立つ、小柄な姿。
人間ではあり得ないほど細い姿態は。
「ラヤ僧正様?」
ラヤ僧正猊下だよね?
スウォークの人たちって人間には見分けがつかないんだけど、なぜか判った。
「ヤジママコト。
ハスィー・ヤジマ。
頭を下げなさい」
反射的に俯く。
すると、ラヤ僧正様の小さな手が頭の上に置かれるのが判った。
同時にアニメ美少女のようなラヤ僧正様の声が響く。
「二人を祝福します。
末永く、幸を共に分かち合わんことを」
わっと歓声が上がった。
続いて拍手。
「頭を上げなさい」
俺とハスィーが顔を上げると、僧正様はもう台を降りるところだった。
改めて俺たちに向き直り、小さな手でぽんぽんと俺たちを叩く。
「サービスですよ」
そうですか。
何の? と聞きたくなったがそこを抑えて、お礼を言う。
「ありがとうございます」
「ユマに頼まれました。
良い娘御ですね。
ライトール・ララネル」
「恐縮でございます」
何と、ララネル公爵殿下が跪いている!
スウォークって、それほどの権威があるのか!
「フラル・アレスト。
素晴らしい娘御です。
ハスィーは世界を変えました」
「できすぎた娘です。
感謝致します」
フラルさんも片膝をついている。
俺たち、立ったままでいいのか?
「ハスィー。
あなたはそのままでよろしい。
まっすぐ歩みなさい」
「ありがとうございます。
マコトさんの背中を守ります」
ハスィー、そればっかりだけど、むしろ俺が君を守るから。
「マコト。
好きなように進みなさい。
それが正解です」
そう言ってから、ラヤ僧正様は無表情ながら悪戯っぽく付け加えた。
「正解などというものはありませんが」
どっちなの?
それには応えず、ラヤ僧正様はお付きらしい教団のマントをつけた人たちに先導されて去って行った。
「マコト殿。
感謝する。
僧正様にお言葉を頂けた」
「そうだ。
望外の喜びだ」
ララネル公爵殿下とフラルさんが口々に言うけど、そんなもんですか?
ハスィーが俺に寄り添い、また群衆から歓声が上がった。
「……これからどうするんですか?」
手を振りながら聞くと、ララネル公爵殿下が言った。
「もう少しここで粘ってから、挨拶回りだな。
まずは王陛下とご家族だ。
次に王太子殿下と王弟殿下のご一家、それから公爵以下になる。
いったん屋内に戻るから、トイレを忘れるなよ」
そうでした!
忘れていたけど、かなり圧迫感があるぞ。
しかしハスィーががっちりと俺の腕をホールドしていて、このままでは動けん。
いかん。
なぜか腹も空いてきた。
「そういえば、食事はどうなっているんでしょうか」
「最初からテーブルに出ています」
神出鬼没のジェイルくんが魔法のように現れた。
「クイホーダイ形式で、ご自由に摂って頂く形です。
その方が手間がかかりませんから」
君のその冷静で商売一辺倒の答えを聞くとほっとするよ。
まあ、これで一番やっかいな場面は終わったはずだ。
後は、ただ面倒なだけの作業が続く。
その前にトイレと飯だな。
ハスィー、お願いだからちょっと離してくれない?




