13.直前?
結婚式って花嫁が主役らしいけど、俺たちの場合はそうじゃなかった気がする。
俺もハスィーも言われるままに動いていただけだったんだよね。
仕切っていたのはジェイルくんとユマさんだった。
当日の朝起きると、いきなりハスィーが連れて行かれた。
朝練は休みになった。
そういうことは事前に言って欲しい。
俺は普段着でウロウロして、誰も構ってくれないので一人で食堂に行って朝飯を食ったけど、ヤジマ商会のスタッフがほとんどいないということで冷えたパンとかが出ただけだった。
俺の結婚式の手伝いで、朝から大挙して式場に行っているそうだ。
大変だなあ(他人事)。
寂しく飯食って書斎でぼやっとしていると、ハマオルさんがやってきて出かけましょうと告げられた。
後で聞いたら、みんなハスィーにかまけて俺の事は忘れられていたらしい。
放置プレイかよ!
まあ、男なんか花婿だとしたってちょっと髪を整えて一張羅を着るだけだからね。
シャワーも浴びてないと言うと、それは式場にありますのでと言われた。
セキュリティの都合上、既に俺の影武者が儀礼用馬車で出かけてしまっているため、俺はハマオルさんと二人での移動になるそうだ。
それも、ヤジマ商会から式場に色々な物資を運ぶための荷馬車に二人で乗っていくという。
よって俺も使用人の作業服に着替えさせられて、ハマオルさんと並んで荷馬車の御者席に座る。
なんか、我ながらすごく似合っていて泣けてきた。
お里が知れるぜ。
それにしても、こんなことしないと式場にも行けないのか。
そういや俺、「戦争」中だったっけ。
そんな中で結婚するのか。
「戦場のウェディング」かよ!
あ、厳密に言うと俺とハスィーは既に「結婚」している。
前日にギルドに行って書類を提出してきたからね。
これによってハスィーの名は「ハスィー・ヤジマ」となった。
これは正式のもので、以後の署名はすべてこの名前でしなければならないそうだ。
日本と違って、結婚の意味ってひたすら「家名」なんだよ。
ハスィーがアレスト家の家名を捨てて、ヤジマ家に入ったということだ。
両方というのは許されない。
従ってハスィーは今日からヤジマ子爵家の人間であり、アレスト伯爵家とは親類付き合いはするものの、家族とは言えなくなったそうである。
書類上は。
実際には家族だし、俺もアレスト伯爵家の一員として扱われるんだけどね。
でも、例えばハスィーはもうアレスト家の遺産相続人ではなくなってしまった。
これは財産を分割させないための法律で、よって普通は嫁入りの時に生前贈与の形で財産が贈られるらしい。
それが「結納金」だ。
男の場合は独立する時の「支度金」になる。
やっと判ったんだけど、アレスト家がハスィーの結納金を出せない、とフラルさんが言ったのはこのことだったんだよな。
領地貴族の令嬢の遺産生前贈与なんだよ!
普通だったら物凄い金額になるだろう。
ハスィーのお姉さんたちの嫁入りで、アレスト家の財産が枯渇したのも頷ける。
ハスィーがアレスト興業舎を立ち上げる金をギルドが出した理由もそれだ。
裏付けがあってのことだったわけだ。
まあ普通の領地貴族なら。
でもアレスト家には金がないとかで、ハスィーにはやはり結納金が出なかった。
だから形だけ見れば、ハスィーは身一つでアレスト伯爵家から放り出されて格下のヤジマ子爵家に嫁いだことになる。
もっともハスィーには自分で稼いだ財産があるし、それだけで領地を除くアレスト伯爵家の資産を既に上回っているんだけどね。
領地自体は王家に返納でもしない限り金にはならないから、財産とは言えない。
王家との密約があるから、そんなこと出来ないしな。
アレスト伯爵家はマジ貧乏なのだ。
それに比べて、ハスィーは現金で結構持っているからね。
ヤジマ商会副会長の俸給も凄いし。
さらに俺の妻になったわけだから、俺の死後には財産をそっくり受け継げる。
うっかりそれを言ったら泣かれた。
万一俺が死んだらすぐに後を追うので、絶対死ぬなと言われてしまった。
重い!
そういうことをマジで言う人っているんだ。
日本じゃもう、あり得ないぞ。
軽小説じゃなくて重小説か。
いや現実だけど。
あれやこれやをぼやっと考えながら馬車に揺られていたら、いつの間にか到着していた。
ていうか、行列の後ろに並んでいた。
場所は教団のセルリユ大教堂(予定)だ。
本堂はまだ完成していないけど、司祭棟とやらは既に出来ているので、そこを解放して貰って準備を進めているそうだ。
俺はよく知らないんだよ。
自分の結婚式なのに(泣)。
でも、こっちの結婚式のしきたりなんか判らないし、ジェイルくんやヒューリアさんが商売にするために色々改変しているので、俺なんかが口を出せる状態じゃなくなっている。
ユマさんやラナエ嬢は、警備の問題で手一杯らしいし。
想定外の問題が発生しているらしいのだ。
セキュリティ強化のために王陛下を呼んだら、恐ろしいことに王室ご一家のほとんどがお越しになることになってしまったそうだ。
何かあったらどうすんだよ?
まあ、陛下やそのご家族は護衛が勝手に守るだろうからいいけど、それ以外の参列者には「護衛の入場は無理だからよろしく」と告げるしかなかった。
いくら教団の大教堂の敷地が広いとは言っても、護衛までは入れないからね。
セキュリティ的にも護衛を装った刺客が来るかもしれないということで、その条件を承諾する人にしか参加していただけないことにしたそうだ。
それでも、招待されたほとんどの人が参加してきたということで。
従って、大人数を受け入れるために大きく解放されているはずの大教堂の前の道は、足の踏み場もないほど馬車でごった返していた。
そして、それ以上の人で溢れていた。
護衛の人たちだろうな。
招待客は言うまでもなく貴族階級か、あるいは金持ちに類する人たちだから、間違っても歩いてなんか来るはずがない。
しかもそれぞれ護衛付きなわけで。
どうするんだよ、これ。
俺には関係ないから、どうでもいいけど。
俺たちの馬車は、いったん大きく迂回してから大教堂の裏側に向かった。
使用人や物資はそっちに入り口があるらしい。
俺たちだけじゃなくて、似たような馬車が回り中にいて、同じ方向に向かっている。
みんな同じような馬車や御者たちで、見分けがつかない。
確かにこれは安全だわ。
近くの馬車の御者たちの会話が魔素翻訳で聞こえてくるが、何かみんなテンション高いね?
「聞いたか?
荷物降ろしたら褒美に『ヤジマ軽食堂』の無料券貰えるらしいぞ!」
「それは凄い!
俺、一度行ってみたかったんだ」
「気絶するまで食いまくってやる!」
異様な熱気が伝わってくる。
どうやら俺の結婚式に関わった人には何か出るらしい。
「使用人階層に『ヤジマ食堂』グループを宣伝するための処置ですな」
ハマオルさんが、小さな声で教えてくれた。
目立たないように、その合間にテンション高く話している。
そんな芸も出来るのか。
ていうか、ハマオルさんってもと役者だったっけ。
いや違うけど。
「でも『ヤジマ軽食堂』って?」
「『ヤジマ食堂』は中堅層向けのチェーンですが、新しく労働者向けのクイホーダイ形式の食堂が出来たそうです。
使用人たちが話しておりましたが、ヤジマ商会の舎員食堂にはかなり劣るものの、それなりの料理が出るとか」
労働者向けとは言ってもそんなに安くはないそうですが、何かのお祝いに一家で利用できる程度の金額に抑えたということで、とハマオルさんが教えてくれた。
そんなことも始めていたのか。
いや、『ヤジマ食堂』チェーンはヤジマ商会の直轄子会舎ではあるんだけど、経営は完全に切り離されているからね。
ヤジマ商会の使用人用クイホーダイ食堂もそこと契約した形になったと聞いているけど、俺はよく知らない。
決裁書類は見ているから、利益が上がっているのは知っていたけどなあ。
舎長が誰なのはか知らんが、やり手だな。
「それにしても、ただ券なんか配って大丈夫なのかな」
「宣伝ですので、それなりの採算は見込んであるのでしょう。
まあ、主殿が気にすることではないかと」
それはそうか。
ていうか、俺が気にしても意味ないしね。
ヤジマ商会の経営はすでに大番頭にほぼ丸投げした形になっている。
会長権限を大番頭に正式に委託したんだよ。
これで、ジェイルくんは俺に断ることなくヤジマ商会のすべてを自由に出来るようになった。
地球でそんな馬鹿なことやったら、あっという間に事業ごと乗っ取られるかもしれないけど、それは望む所だったりして。
未だに全部放り出して逃げたいという欲望が心の底で燻っているんだよなあ。
いつもは考えないようにしているけど、俺の名前で借りている金額を思い出してしまうと身体が震えだすし。
親から「絶対に借金するな。人に金を貸すな」と言われていて、それが俺の信条だったはずなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
もう多重債務者どころの騒ぎじゃないんだよ!
「私にはよく判りませんが、それだけの借金は主殿の度量を示すと言って良いと思います。
ジェイル様がおっしゃっておられましたが、ヤジマ商会の負債額はもはやこの国の王政府に次いで第二位だそうで」
そんな話を聞かされて、俺が気持ちよくなるとでも?
「いえ、ですから主殿が暗殺されでもしたら、ソラージュの経済はパニックに陥るとか。
大恐慌が来るかもしれないそうです。
ユマ様はその事実をバックに『戦争』を優位に進めておられるとか」
そうなのか。
でも「戦争」は続いているんですよね?
「大恐慌になった方が儲かる層も存在するそうですので。
でもご安心を。
私を初め、ヤジマ警備が絶対に主殿をお守りいたします」
さいですか。
まあ、よろしくお願いしますよ。
俺たちの馬車が大教堂の裏門をくぐり、倉庫みたいな建物に向かっていく。
俺、何でこんな状態で結婚式なんかしなきゃならないの?




