12.二つ名?
本人がいる前では聞きにくかったので、数日後にたまたまユマさんと二人になった時に聞いてみた。
ユマさんの話によれば「ハスィーを妻にする」という状況は、何物にも侵されない社会通念的な砦を築くようなものなのだそうだ。
普通の伯爵令嬢なら、例えば侯爵家や公爵家から娘をどうか、という話が来た時点でひっくり返される可能性がある。
正式に婚約していたとしてもだ。
貴族の身分というものは、それだけの重みがあるというんだよね。
単なる個人の好き嫌いじゃなくて、貴族制度全体の問題になってくるからだそうで。
ましてや、王女様が臣籍降嫁するんだったら貴族は無条件で正室にしなければならないと。
でもハスィーはそれ以上の存在だから、誰にも邪魔はされないどころか第二夫人すら許されない雰囲気だという。
「そこまで」
「王太子を袖にしたり、ギルドの執行委員にまで自力で上り詰めたりといった武勇伝はともかく、アレスト家の令嬢であるという事実が大きいかと」
ああ、王室とアレスト伯爵家の密約の話ね。
「ハスィーに一度でも会った人は圧倒されて逆らえなくなると評判ですし」
それは判る気がする。
俺ですら、時々停止するからな。
「それだけではありません。
ハスィーがマコトさんを拾い上げて育てた、という状況も大きいわけです。
それは事実ですからね」
そうだね。
傾国姫などという戯れ言じゃなくて、ハスィーが俺をギルドの臨時職員にしてくれたことから、全部始まったのだ。
そういう意味では、ハスィーが俺を生み出したと言っていいと思う。
「その話も絵本で出ていますよ。
デフォルメされていますが、女神のような美女がとある騎士に祝福を授けて、その騎士が出世していく物語として大人気だそうです」
さいですか。
ラナエ嬢の仕掛けだな。
あの人、どこまでやれば気が済むんだろう。
真の詐欺師って、ああいう人のことを言うんだろうな。
「というわけで、マコトさんのご結婚についてはよそからちょっかいを出すことは不可能な状況です。
例え王女殿下を押し込もうとしても、世論が許さないでしょう。
明敏な王陛下がそんなことを強行するはずがありません」
ユマさん。
楽しんでない?
「まさか。
感心しているだけです。
『学校』時代からラナエは凄いと思っていましたが、ここまでやれるとは。
私にはやろうと思っても出来ない謀略です。
『完璧』の二つ名は伊達ではありませんね」
謀略って言ったよ!
ユマさんから見てもそうなのか。
そういうのは、ユマさんの方が得意だと思っていたんだけど。
「私がやるとしたら、もっとエレガントにこう、私の手が直接汚れないようにして……」
止めて下さい。
判りましたから。
どちらにしても人外だということが。
俺は、ふと思いついて聞いてみた。
「『完璧』がラナエさんの二つ名だということは身に染みて判りましたが、他の人たちはどうだったんですか?」
いや、目の前にいる綺麗な公爵令嬢が「略術の戦将」だということは知ってますけど。
それも物騒な二つ名だな。
「そうですね。
私やハスィーの二つ名はご存じと思いますが、そもそもああいった仇名は戯れ言まじりに誰かが言い出したものが定着するわけです。
従って、本人の前では言いにくいようなものが多くなります。
例えばグレンは『宰相』です」
やっぱりか。
ぴったりだな。
「グレンさんって、『学校』時代からそんな風に呼ばれていたんですか」
「本人は知らないかもしれませんね。
とにかく人を思い通りに動かすのが上手くて、しかも特に避けられたり恐れられたりするわけでもない。
希有な存在でした」
「モレルさんは?」
「『衛兵』です。
『鉄壁』という案もあったのですが、実際に戦っている所を見てしまうと、とてもそんなものではないという意見が大多数で立ち消えになってしまいました」
「鉄壁」でもぬるいのか。
確かに「衛兵」という単純な言葉の方が凄味がある。
やっぱ装甲擲弾兵総監だな。
なんか、物凄く強いという印象がひしひしと伝わってくるんだよね。
ユマさんやハスィーとはまた違った恐怖を感じる。
「ハスィーはともかく、私はそんなに怖い存在ではありませんよ?
マコトさんにとっては」
俺以外はどうなんでしょう。
いえ、聞きたくないです。
「他には?
ヒューリアさんはどうだったんですか」
あの人はとりとめがないというか、よく判らないんだよね。
俺の前ではすごく素直なんだけど、それだけじゃなさそうな臭いというかイメージがプンプンするし。
「ヒューリアの場合は二つ名というわけではないのですが、『交易商』と呼ばれていました。
普段から将来は商人になる、と主張していたこともありまして」
やっぱ二つ名みたいなものがあったのか、ヒューリアさん。
まあ、ユマさんたちと互角にやっているんだもんな。
ただ者であるはずがない。
「『交易商』ですか」
「実際に、ヒューリアは幼い頃からお父上に従ってあちこちに行っていたようですので。
私も帝国で彼女と遊んだことがあります。
その伝手で、同級生に頼まれて海外の産物などを取り寄せたりしていたようです」
逞しいな。
だとすると、ヒューリアさんは絶対に連れて行く必要があるか。
シルさんが帝国を脱出してソラージュから北方に行った時も、バレル家の伝手だったというし。
それにしてもヤジマ商会って凄い会舎になってしまっているんじゃないだろうか。
こんな異才ばかり集まってしまって、これからどうなることやら。
俺がそんなことをぼんやり考えていると、ユマさんが言った。
「実は『学校』仲間には他にも面白い人たちがいます。
マコトさんのお役に立ちそうなので、いずれ紹介しますね」
「それは……ありがとうございます」
とりあえず礼を言っておく。
俺の役に立つって、何が?
聞きたくない気がするので、スルーしよう。
そうか。
それはそうだよね。
「学校」の二つ名持ちが、これだけのはずはない。
遠くに住んでいたり、仕事で関わってこなければ俺との接触はないもんね。
ていうか、別に俺はそんな凄い人たちと知り合いになりたいわけじゃないんだけど。
今までだって、知り合った人たちがたまたま凄かっただけで。
使用人が呼びに来て、俺はすぐにそのことを忘れた。
実際忙しかったしね。
親善大使として使節団のメンバーを調整したり、色々と用意する必要があった。
しかも俺とハスィーの結婚の準備も並行して進めなければならない。
特にジェイルくんが力を入れていたのはハスィーの花嫁衣装だった。
傾国姫が着たら、大抵の衣装は位負けして地味な印象になってしまう。
逆にハスィーが着れば、どんなにシンプルな衣装でも華麗に見えるんだよ。
モデルとしては一番不適当なタイプかもしれない。
王都でも有名なデザイナーに話を持ちかけてウェディングドレスの製作を依頼したところ、初めはみんな嬉々として承諾するんだけどね。
でも実際にハスィーを見てしまうと尻込みする人が続出して、ジェイルくんが悩んでいた。
本人に負けない衣装を作る自信がないとか。
プライドというよりは、評判を気にするんだろうな。
「もういっそ、一番シンプルな既成のワンピースとかでいいんじゃないの?」
「そうはいきません。
ハスィー様ならそれでも華麗でしょうが、普通の人が着たら単なる普段着になってしまいます。
わざわざウェディングドレスとしてレンタルする必要がなくなってしまうので」
あくまで商売にするつもりか。
その商魂、見事なり。
でもこれは俺の結婚式の話であって、別に結婚プランの宣伝じゃないんだから。
ハスィーは「わたくしはマコトさんのご意見に従います」というだけで頼りにならないし。
俺は困ってしまって、ついにいい加減な解決策を持ちかけた。
「俺の世界では、披露宴の最中に花嫁は何度も着替えるんだよ。
理由はよくわからないけど。
だから、豪華な衣装とシンプルな衣装を両方作って、花嫁に選んで貰えばいいんじゃないか?」
「……なるほど!
さすがマコトさんです。
それでいきましょう!」
まあ、納得してくれたようで良かった。
疲れた。
それにしても、こういうのは嫁側が大騒ぎして決めるもんなんじゃないの?
「わたくしはマコトさんの妻になるというだけで、もういっぱいです」
さいですか。




