7.料理人を呼べ?
「楽園の花」王都本店。
やっぱり貴族と会食となれば、ここしかないだろうな。
馬車で乗り付けると、予約もしてないのに最敬礼で迎えられた。
例の大教堂の一件以来、ヤジマ商会の関係者は無条件でVIP扱いされているからね。
奥の特別室に通される。
以前はスウォークの僧正様が陣取っていたんだけど、ヤジマ商会の庭にある仮教堂や、既に一部完成している大教堂の方に行くようになったため、あまり使われていないらしい。
「ここに入るのは私も初めてです。
こんな部屋だったのですか」
ロム伯爵閣下は珍しそうに回りを見回して言った。
もちろんロム伯爵も王都の貴族なので、これまでに何度も「楽園の花」に来たことはあるらしいけど、特別室に通されたことはなかったそうだ。
それはそうか。
僧正様の許可がないと、この部屋は使えないらしいからな。
ヤジマ商会はフリーパスだけど。
「さすがヤジマ子爵ですね。
教団とこれほど親密な関係を築いた貴族は、これまでいなかったのではないでしょうか」
ロム伯爵の言葉に、ハスィーとジェイルくんが嬉しそうに頷いていた。
そうなのか?
俺から見ると、スウォークの人たちって用もないのに押しかけてくるセールスマンのようにしか思えないんだけど。
「何ということを!
普通の人はおろか、なまじの貴族でもスウォークの方と親しくお話できる機会など、まずないのですよ。
マコトさんが特別なだけです!」
ハスィー、判ったから興奮しないで。
ジェイルくんやロム伯爵も、ちょっと非難するような目つきだ。
これはあれだね。
信仰というか、俺だけスウォーク教に入っていないせいかも。
宗教はめんどくさくて嫌だ。
「王陛下もスウォークの相談役を確保しておられますが、呼んでも僧正猊下のご都合が悪ければいらっしゃいません。
スウォークの方から積極的に呼ばれるなど、聞いたこともありませんね」
さいですか。
普通の感覚ではそんなに特別な方たちなのか。
キリストとか釈迦並らしいからね。
確かに神の子とか目覚めた人を呼びつけるというのは不敬な気がするな。
でも向こうから押しかけてこられたら、値打ちが下がりそうだ。
まあ、いいか。
ロム伯爵とヤジマ商会組が部屋に落ち着くとウェイターさんが来たので、一応ロム伯爵閣下に聞いてみた。
「ご希望はありますか?」
俺としては、本日のランチなんかがお勧めですが。
「は。
実は、是非食べてみたいと前から思っていたメニューがありまして」
ロム伯爵って、結構えげつないかも。
だって一番高いコースを平気で選ぶんだぜ!
俺たちだけ遠慮するのも何なので、それを4人前注文する。
ヤジマ商会というか俺は何をいくら注文してもロハだと言われているから、悪いんだけど。
そんなことを知らないロム伯爵閣下はひどくご機嫌だった。
食い意地が張っているのか。
ちなみにハマオルさんを初めとする俺たちのお供の人たちには、「楽園の花」のメニューに載っていたテイクアウトのランチ弁当を人数分注文しておいた。
だって無料だし(笑)。
ロム伯爵閣下のお供の人たちの分も頼んだので、異様に感謝された。
これで主としての格が上がるそうだ。
やっぱ貧乏なのか?
「それほどでもありませんが、私も法衣貴族なので。
金銭的に余裕があるわけではないのです」
王陛下の側近だから、給料高いだろうに。
「家臣や配下の人件費や経費が多いですし、社交などにもそれなりにお金が必要なのですよ。
ヤジマ子爵はそういう心配がなくて、羨ましいですね」
そうか。
普通の貴族家って、家族の他にも家臣や配下の者たちがいるのだ。
伯爵ともなれば、もう中小企業の社長のようなものだから給料だけでは大変なんだろうな。
ロム伯爵閣下は王陛下の側近だからまだマシな方かもしれない。
それでも従者や護衛に大盤振る舞いする余裕はないと。
厳しい。
俺の場合、俺が何もしなくても配下ということになっている人たちが勝手に稼いでくれるからね。
頼んでもいないのに大金を押しつけるようにして貸してくれる人たちもいっぱいいるし。
いつの間にこんなことになってしまったんだろう。
「ヤジマ子爵閣下の人徳ですよ」
ジェイルくん、冗談は止めて。
料理が届くと俺たちは食事に没頭した。
いや、スゲー美味いんだよ!
ランチなんかとは次元が違う。
後ろめたさすら感じるレベルだ。
この何かの肉の蕩けるような食感は何?
サラダが異様に美味いんですけど!
このスープ、麻薬か何か入ってない?
こんなパン、地球でも食ったことないぞ?
いや、参りました。
「楽園の花」の料理人さんを舐めてました。
これは駄目だ。
ロハなんてとんでもない。
食い終わってやっと我に返ると、ロム伯爵閣下がゆっくりと食事を続けていた。
動作が遅い。
一口一口を噛み締めるように食べているな。
ハスィーはもう食べ終わっていた。
陶然とした表情だ。
これだけの美貌でも、蕩けるってあるんだ。
ジェイルくんは難しい表情で固まっている。
「どうしたの?」
「いえ。
私ごときが、これを食べても良いのか疑問に思えてしまって」
注文したんだから食おうよ。
まあ、これではっきりした。
俺は鈴を鳴らしてウェイターさんを呼ぶと、この料理を作ったコックさんにお会いできないかどうか尋ねてみた。
「すぐに呼んでまいります」
そう言われて初めて気がついた。
俺、某食通漫画に出てきた「客が料理人を呼びつける」を地でやっているじゃないか!
海○雄山じゃないんだから!
呆然としていると、ドアが開いてコックさんらしい人が入ってきた。
いや、人たちか。
3人いるけど?
「初めてお目にかかります。
ヤジマ子爵閣下。
私がこの『楽園の花』の厨房を預かる料理長のバレサです。
こちらが第一副料理長のモローザと、第二副料理長のルルシエです」
あ、これはご丁寧に。
「ヤジママコトです。
お忙しい所をお呼びだてして、すみません」
「何の。
こちらこそ、ヤジマ子爵閣下に直接お会いできて光栄でございます。
これまでは料理を通じてしかご奉仕できませんでしたからな」
大らかに笑うバレラさんは、堂々たる体躯の初老のイケメンだった。
いや渋いハンサムというべきか。
カッコいい。
副料理長の二人は、驚いたことに両方とも女性だった。
いや驚くことはないか。
こっちの世界では性別で仕事が左右されることってほとんどないからね。
どうしたわけか、力仕事ですらそうなのだ。
男が一方的に強いとかがない。
魔素と何か関係があるのかもしれない。
俺はロム伯爵閣下を初めとする他の人たちを紹介してから言った。
「来て頂いたのは、料理いやこの芸術品があまりにも美味しかったからです。
この感動を伝えずにはいられなくて」
「そうです!
これこそ芸術です!
王宮の料理が霞んでしまいました!」
ロム伯爵って感動しやすいタイプなのか。
それにしても王宮の飯って大したことないの?
「わたくしからも。
お見事です。
これほどとは思っておりませんでした」
ハスィーの場合、アレスト市の自宅でコフさんっていうコックさんを雇っていたからね。
あの人はアレスト市の「楽園の花」で料理助手とかやっていたみたいだから、ある程度は判っていたんだろうけど。
でも王都本店のホンマモンの料理は桁違いだったわけか。
「すみません。
言葉もありません」
ジェイルくんも、いつもの饒舌が影を潜めている。
それだけ凄かったんだよ。
俺がさらに料理を褒め称えて何か特別にお礼をしたいと言うと、バレサさんは手を振って言った。
「私どもは、お客様に喜んで召し上がって頂ければそれが何よりの喜びです。
賞賛のお言葉はありがたいのですが、それで満足してしまうと先細りになります。
どうか、ご容赦下さい」
困ったな。
この感動を形にして伝えたいだけなんだが。
すると副料理長のモローザさんが遠慮がちに口を挟んだ。
「あの。
ヤジマ子爵閣下、というよりはヤジマ商会の会長様にちょっとお願いがあるのですが」
「これ!」
バレサさんが叱責するが、モローザさんは止まらない。
「私はヤジマ芸能のイレイスちゃん一座のファンで。
何度も通っているのですが、なかなか前に出られなくて」
ルルシエさんが割り込む。
「私は『ニャルーの館』に行くのが楽しみなのですが!
一度でいいから特別室で純黒様を撫でてみたいと!」
さいですか。
「判りました。
それでは『楽園の花』の従業員の方全員をご招待します。
一人ひとつずつ、最優先で。
それぞれのご希望を教えて下さい」
女性二人がわっと叫んで手を取り合った。
バレサさんも、一瞬笑わなかった?
ロイナさんか誰かに入れ込んでいるとか?
まあ、喜んで頂けるようで良かった。
ハスィーとジェイルくんも、感心してくれているみたいだし。
満足していると、肩をつつかれた。
ロム伯爵が身を乗り出してきている。
「私もいいですか?」
あんた、ホントに伯爵で王陛下の側近なの?




