6.大名行列?
俺たちが頭を下げている間に、ルディン陛下は護衛を伴って出て行ってしまった。
ロム伯爵は残ったままだ。
側近じゃないの?
「我々にはそれぞれ役目があるんですよ。
さ、行きましょうか」
伯爵閣下だからね。
子爵に近衛騎士、伯爵令嬢は従うしかない。
ロム伯爵には随員もいないらしく、俺たちを率いて部屋を出ると、迷いのない足取りで廊下を進む。
すると、どこからともなく男が現れてロム伯爵のそばについた。
やっぱ護衛がいたのか。
さっきは王陛下の前だったから遠慮していたんだろうな。
「この辺りは比較的安全です。
スパイはいるかもしれませんが、直接実力行使に出てくる輩は排除してありますから」
そうか。
俺って戦争中だったっけ。
しかも不正規戦だ。
城の中でも油断はできないということだね。
気がつくと俺の横にはハスィーがいるし、後ろはジェイルくんが盾になってくれている。
俺もまだまだだな。
それより、今気になることを言ったよね?
「スパイですか」
俺がそういう風に聞いているだけで、多分間諜とか手先とかそういう単語なんだろうけど。
俺にとって一番馴染みがある単語がそれなんだろう。
魔素翻訳って便利すぎるな。
「ええ。
マコト殿がここに呼ばれた事も、ルディン陛下と私的に会談したことも、既に広まっていますよ。
悪意はないにしても、そういった情報にお金を払う人がいる限り、使用人の口は塞げませんから」
怖っ!
そういう世界か。
俺ってマジ世の中を舐めていたみたい。
やっていけるのか?
「なるほど。
だから、陛下はヤジマ子爵閣下をここに呼ばれたのですね」
ジェイルくんが納得したように言うと、ロム伯爵は頷いた。
「そうです。
会談の内容までは判らないでしょうが、ジェイル殿が陛下からラミット勲章を授与されたことも、すぐに知れ渡ります。
となると結論はひとつしかない」
「ありがとうございます」
ジェイルくんが歩きながら頭を下げると、メサ伯爵閣下は手を振った。
「陛下のご意思です。
私はその手の者というだけです」
そうか。
そういうことか。
これで王陛下が非公式にだけど俺に肩入れしているということが周知されたわけだ。
もともと子爵に昇爵させたことでそう思われてはいたのだろうが、これで駄目押しだ。
こいつは凄い。
地球で言うと小国同士が睨み合っている状況で、アメリカが片方の国と援助条約を結んだようなものじゃないか。
メチャクチャ有利にならない?
「そうはいかないでしょうね。
王陛下は公式には貴族間の争いには介入できませんから。
実質的な援助は期待しないで下さい」
ロム伯爵閣下はそう言うけど、精神的には物凄い援軍だ。
「それでなのですね」
ハスィーが言った。
何?
「陛下の側近たるロム伯爵閣下が、私的な立場でマコトさんと食事をご一緒する。
あからさま過ぎるメッセージです」
そうなのか!
ハスィー凄い!
傾国姫だからこそ気づくのか。
「私は貴族ですから。
中立である必要はないわけです」
ロム伯爵閣下は笑っていらっしゃるけど、これって本当に凄いことだぞ。
有利になるなんてもんじゃない。
もうこうなったら何でも奢りますとも。
しかし、廊下を歩きながらする会話じゃないような気もするけど、むしろ吹聴しているのかもしれないな。
さっきから、俺たちが進んでいく廊下に使用人の人たちがちらほらいるんだよね。
みんな壁に貼り付いて頭を下げているけど。
この中にスパイも混じっているわけか。
で、今の会話も誰かに報告されると。
使用人本人にはそんな気はないだろうけど、情報戦ってこうやるんだな。
それからはみんな黙ったまま進み、エントランスに出た。
ハマオルさんとリズィレさんがどこからともなく現れて、ほっとした顔を見せてくれた。
護衛としては城の中にまでついていけないのはきついだろうな。
悪いことをした。
ロム伯爵閣下は自分の馬車を使うというので、俺たちもハマオルさんの「手の者」に馬車を呼んで貰った。
黙ったまま待つ。
さすがにこの場所での軽口はないよね。
俺の馬車が来てみんなで乗り込むとジェイルくんが言った。
「どこにします?」
「あそこしかないだろ?」
「そうですね」
馬車が動き出すとロム伯爵閣下の馬車がついてくるのが判った。
やっぱ護衛が2台ついているよ!
大名行列になってしまった。
一応、俺は公的な用事だったからなあ。
戦争中だし。
俺たちの護衛も馬車数台だから、地球でいうとどっかの国家元首みたいだ。
「伯爵閣下と子爵閣下が同行するわけですから、本来ならもっとたくさんの馬車が出ていても不思議ではありません。
今は私的ですから、この程度で済んでいるわけで」
ジェイルくんが解説してくれた。
近衛騎士もいるよね。
うーん。
俺はまだ自分が貴族だという自覚がないから変に感じるんだろうな。
もう庶民じゃないのだ。
貴族と思うからよく判らないだけで、立場的には市長とか県会議員になったくらいに考えておいた方がいいかも。
プライベートは存在するけど、いったん自分の家を出たらもう一人では動けなくなってしまっているわけね。
おまけに暗殺者が来るかもしれないわけで。
ラノベとは違うのだ。
チートもないし、襲われたら俺なんかひとたまりもない。
これからは自重して、どっかに引きこもっていようか。
「主殿はご自由に動いて下さい。
我々が必ずお守りしますので」
ハマオルさんが声をかけてくれた。
御者席にいるのに器用な。
「そうですよ。
マコトさんは近衛騎士で『迷い人』ではありませんか。
自由が信条です。
思いのままに振る舞って下さい。
わたくしたちが絶対にお守りします」
ハスィー、それは君が言うことじゃないってば。
姫君を守るのは騎士の役目で。
「いえ。
わたくしの命などマコトさんの安全に比べたら安いものです。
マコトさんは、マコトさんの道を進めばよろしいのです」
どうもハスィー、こないだの「戦争」で安全な所に隔離されてしまったことがコンプレックスになっているみたいだ。
違うんだよ。
ハスィーに何かあったら俺は自分を許せないから。
ハスィーが何より大事なんだよ。
そういうことを言うと、美しすぎるエルフは真っ赤になって俯いてしまった。
「マコトさん、少しは自重された方が良いかと。
余波が凄すぎますから」
ジェイルくんも少し赤くなっているよ!
何だよ?
俺ってそんな殺し文句を吐いた?
「ご自覚がないというのも問題ですね……。
あのですね。
マコトさんの言葉はストレートに突き刺さってくるんです。
抵抗できないんですよ。
いえ、言葉だけではありません。
何もおっしゃらなくとも、態度だけで真心が判ってしまいます。
どうか抑えて頂けませんか?」
そんなこと言われてもなあ。
これ、ホスさんが言っていたA・T・フィール○がないが故の影響なんだろうか。
俺の言葉、というよりは態度が露骨に人に影響してしまうらしい。
でも俺、考えたままを言っているだけなんだよね。
それを抑えろと言われてもなあ。
しかも別に口に出さなくても回りに影響してしまうとは。
どうしろというんだ。
「すみません。
お気持ちは十分、判りました。
わたくしの安全がマコトさんのお望みなら、おっしゃる通りに致します……」
ハスィーが泣きながら言った。
事態は益々悪化している!
ジェイルくんも貰い泣きしてるよ!
俺って何?
音波兵器か何か?
ついに両手で顔を覆って泣き崩れてしまったハスィーの肩を抱いて、俺はため息をついた。
どうしろと?




