24.親善大使?
正直、そこまで大事だとは思ってもいなかったのでブルッてしまった。
まあ、だからといって何をどうできるわけでもない。
俺は毎日を淡々と過ごすだけだ。
ハマオルさんやユマさんの指示には何も考えずに従おう。
ヤジマ商会で捕らえられた連中は騎士団の分隊が来て引き取ってくれたが、その後はしばらくはギルド警備隊がヤジマ商会の屋敷を警護してくれた。
ユマさんが手を回してくれたらしい。
今更遅いと思うけど。
ヤジマ商会襲撃のニュースが王都を走り、色々な噂が聞こえてきたけど、俺はそんなのは知らないふりをして仕事をしていた。
ヤジマ学園の被害は、幸いいくつかの建物が一部壊されただけで、人的・野生動物的な被害はなかった。
ユマさんからの警告を受けたラナエ嬢が一時的に野生動物を引き上げていたことと、講師たちが生徒をうまく避難させたらしい。
都合が良すぎるけど、やっぱりユマさんが色々やっていたんだろうな。
例えば襲撃側にスパイを潜り込ませていたとか、ヤジマ学園の生徒を調べて敵に荷担しそうな人をチェックしていたとか。
襲撃時刻や場所まで筒抜けだったんだろう。
司法管理官って、そこまでやるのか。
てっきり検察だと思っていたけど、広域的な問題対応を専門とする組織だから、ひょっとしたら情報局の機能も持っているのかもしれない。
つくづく、味方になってくれて助かった。
しばらくすると、事件の後始末の様子が聞こえてきた。
敵の本体については調査中ということで教えて貰えなかったけど、ヤジマ商会で捕まった覆面男たちは貴族への襲撃の罪で裁かれたそうだ。
俺の証言が求められることはなかった。
まあ、あれだけ証拠があって目撃者がいればね。
私怨による貴族への直接攻撃は王国法に違反するということで、とりあえず全員が有罪となった。
貴族の嫡子だった人は廃嫡、その親も監督不行届ということで何らかの罰則が下されたらしい。
貴族家は会社と一緒で、部下(家族や配下)の不始末は社長(当主)の責任になるのだ。
刑罰が緩いような気がするけど、あくまで貴族間の私闘として扱われたからで、もしユマさんが怪我でもしていたら問答無用で死刑だったとか。
それは王政府への反逆に当たるからね。
怖っ!
ヤジマ学園やヤジマ邸の被害については、王政府から賠償金が支払われた。
これは後日、該当貴族家や商家から政府が罰金として回収するそうだ。
合理的だなあ。
そのことで、ヤジマ商会というか俺は更に恨みを買ったらしいけど、どうしようもないよね。
気にしないことにしよう。
俺の方にも何かお咎めがあるのかとビビッていたら、そんなことはないと言われた。
「マコトさんは巻き込まれただけで、何の関係もないので安心して下さい。
この件は司法省が対応します」
ユマさんが断言してくれたけど、司法省が対応できるのは起こってしまった事件についてだけで、これから起こると予想される「戦争」については口を出せないらしい。
これは貴族家同士の争いと見なされるためで、もちろん敵が貴族家とは限らないけど、ほぼ間違いないと言われた。
ていうか、もちろん商家も混じっているけど、貴族で商人という家は結構多いからね。
下級貴族は王政府などに勤めている家以外は、ほとんど何らかの商売をしているそうだ。
そうしないと生きていけないから。
考えてみたら、ヤジマ商会もそうだもんね。
俺が子爵というのは片腹痛いけど。
「俺は、これからどうすればいいんでしょうか」
「それについては、しばらくお待ち下さい」
ユマさんに何か考えがあるらしいので、説明してくれるのを待つことにする。
尚、「閣下」という敬称がユマさんにえらくご不興だったため、自粛せざるを得なかった。
最初はハスィーと同じように呼び捨てにしろと強要されていたんだけど、さすがにそれはまずいでしょう。
公爵家の名代で司法管理官という高位の身分、さらに未婚の貴族令嬢を、子爵ごときが呼び捨てに出来るわけがない。
「学校」の級友の人たちだって、人前では自粛しているくらいなのだ。
しかも俺は子爵の分際で伯爵家の令嬢と婚約している身で。
よって、ユマさんについては「さん」付けで勘弁して貰っている。
ユマさんはまだ不服のようだけど、こればかりは譲れない。
そういえば言ってなかったが俺の身分が上がったことで、ようやくハスィーの身分と釣り合いがとれるようになった。
近衛騎士が伯爵令嬢を娶るというのは、普通だったら身分差が大きすぎて考えられないケースだったんだけど、俺とハスィーの特殊事情でお目こぼしされていたんだよね。
でも、俺が子爵位を得たことで一つ上の身分である伯爵の令嬢と結婚することは不遜ではなくなったらしい。
王陛下は、だから俺を子爵にしてくれたのだろうか。
「それもあるとは思いますが、主な理由は別でしょうね」
ラナエ嬢が夕食会で教えてくれた。
「子爵という爵位は、単純に男爵の上で伯爵の下、というものではありません。
もともと貴族の爵位は基本的には男爵(下級)/伯爵(中級)/侯爵・辺境伯(上級)に分類されます。
公爵は准王族ですわね」
「そうなのですか」
地球とはちょっと違うようだ。
ていうか、俺の耳には男爵とか伯爵とか聞こえているけど、こっちではむしろ下級/中級/上級貴族、という分類になるのかも。
それにしても、俺の脳もよく「子爵」などという位階を覚えていたな。
どっかのラノベに載っていたのかもしれない。
人間の脳は偉大だ。
ぼんやりそんなことを考えていると、ラナエ嬢がとんでもないことを言い出した。
「子爵は、伯爵の前段階ということで、つまり伯爵に昇格する予定の方がとりあえずつく爵位、という意味合いもあります。
マコトさんが男爵ではなく子爵に授爵されたのは、おそらくもっと昇爵させるための布石だと思いますよ」
な、なんだってーっ!
これ以上、どうしようと?
慌てて見回したけど、誰も不思議がっていない。
むしろ頷いたりしている。
王政府は何を考えているのだ!
俺をどうする気だ?
「マコトさんがお話して下さったではありませんか」
ハスィーが微笑みながら言った。
「いずれ、帝国はマコトさんを皇族名簿に載せるのでしょう。
その時点でご身分は帝国皇子になります。
ならば、ソラージュとしても対抗できるくらいの爵位を用意しなければなりませんから」
そんなの無意味だよ!
俺には関係ないでしょうが!
ああ、判っている。
これは俺の意思とかとはまったく関係がない、国同士の綱引きなんだろうな。
いいよもう。
勝手にして。
「ところで」
ユマさんが言った。
「近々王政府からお話があると思いますが、マコトさんにご依頼が来ています」
「俺にですか?」
「はい。
子爵位の授爵に伴う義務だと思って下さい」
つまり、断れないのね。
「いえ、断ってもかまいませんよ?
マコトさんは近衛騎士であるだけでなく、『迷い人』なのですから。
でもこの件は受けられることをお勧めします」
何かあるのか。
「何でしょうか」
「ソラージュ王国は北方諸国との親善のために、無任所大使を派遣します。
緊急に対処しなければならない課題があるわけではないのですが、実はマコトさんの噂が知られたようで、諸国から要請が来ているそうです。
我々にも噂の『迷い人』を見せてくれ、ということですね。
よって、マコトさんには親善大使として北方諸国を歴訪して頂くことになります。
これはソラージュ王政府からの、正式な依頼です。
断ってもかまいませんが」
絶対に断れないだろ!




