22.「親」?
とりあえず、俺に抱きついているユマ閣下を引きはがして廊下の壁に寄りかかる。
身体がガクガクしてるんだよ。
何か物凄く疲れた。
荒事は苦手というか、そもそも俺の身体はそんな風には出来てないのだ。
いくらジョギングしても駄目だ。
瞬発力は上がっているようだけど、それが続かない。
そもそも何をしたのか覚えてないんだよね。
剣を放り出して座り込んでいたレ……ええと何とかいう奴が、よろけながら連行されていく。
足に力が入ってないから、腰が抜けたのかもしれない。
ユマ閣下がハマオルさんやジェイルくんと何か話しているのをぼんやりと見ていると、階段を上がってきた警備員の人がハマオルさんの前で敬礼して言った。
「拘束4名、後は取り逃がしました。
申し訳ありません」
「かまわん。
想定済みだ」
ハマオルさんが短く言ってユマ閣下を見る。
「騎士団が来るまで、拘束しておいて下さい」
「承知いたしました」
「ジェイルさんは、被害状況調査を」
「了解です」
この中ではユマ閣下が一番偉い、というか多分王都全体でも有数の偉さだろうからな。
公爵令嬢というだけではなく、公爵の名代だ。
さらに司法管理官閣下。
ひょっとしたら、上から数えて何番というレベルかもしれない。
「去りました」
ナレムさんが言った。
そういえば、この人俺の書斎の前で仁王立ちしていたんだっけ。
頷いたハマオルさんが書斎のドアを開けて入っていったので、俺も何となく続いた。
誰も止めなかったし。
書斎の中は誰もいなかった。
侵入者は去ったらしい。
窓が大きく割れていた、というよりは窓枠ごと破壊されていた。
畜生。
修理代、誰が払うんだ。
床やソファーに何かの破片や切れっ端みたいなものが散らばっている。
それ以上の被害はないようだ。
素人じゃない。
手練れだな。
忍者か?
「大丈夫のようです」
ハマオルさんが言った。
「もっとも、用心するに越したことはありません。
安全を確認するまでの間、別室で待機をお願いします」
「それなら、わしの執務室に行こう」
いつの間にか俺の隣に立っていたカールさんが言った。
「ナレムもおるし、おそらくこのヤジマ商会で一番安全と思うぞ」
ハマオルさんが俺を見るので、とりあえず頷いておく。
あまり考えたくないからね。
疲れた。
「よろしくお願いいたします」
ハマオルさんが、カールさんに片膝をついて言った。
それから俺に頭を下げる。
「主殿。
私は警備隊の指揮をとらねばなりませんので、一時的にカル皇子殿下の庇護の元に避難していただけますか?」
「判りました。
ハマオルさんもお気を付けて」
「もったいないお言葉です。
ありがとうございます。
片付き次第、おそばに参ります」
ハマオルさん、芝居に入っちゃってるんじゃない?
こういうの好きそうだもんなあ。
「ではマコト殿。
参ろうか」
「はい」
ナレムさんを先頭に、俺とカールさんは書斎を後にする。
するとユマ閣下がスッと俺の隣に寄り添ってきた。
「私もご一緒しても?」
カールさんがニヤニヤして言った。
「もちろんです。
ユマ司法管理官閣下」
そういえば、ユマ閣下もお付きの人がいないんだっけ。
まだ安全が確保されたとは言い難いし、ここはカールさんの庇護の下に入るのが一番だろうな。
それにしても、ユマ閣下も無茶をする。
多分、罠をかけるためにノールさん以下のお付きの人たちを置いてきたんだろう。
司法管理補佐官のノールさんがいれば、当然ユマ閣下もそこにいると思われるからな。
ご自分を餌にするのは止めて欲しい。
「反省しています。
でも、おかげでマコトさんに呼び捨てにしていただけました」
ユマ閣下が俺の腕を抱え込んだ。
ちょっと!
人目があるって!
「かまいませんよ?
暴力に曝されたか弱い貴族令嬢が、貴族の方に支えて頂いているだけです」
か弱いは正しいけど、意味が違うぞ。
ある意味、ユマ閣下ほど強い人は王都でも珍しいのでは。
俺は話を逸らすために努めて事務的に言った。
「ユマ閣下。
教えて頂きたいのですが。
さっきの……あの王太子の近習だった人」
「レベリオですね」
「そう、そのレベリオさんが、なぜ俺を襲ってきたんですか?」
意味がわからないよね。
少なくとも俺はあの人とほとんど接点がない。
王太子府で一度会っただけだし。
「乗せられたのでしょうね」
ユマ閣下はそっけなく言った。
「逆恨みを利用されたのか、あるいは何らかの利益供与があったのか。
どちらにしても、使い捨ての道具として使われただけでしょう」
「俺、何か恨まれるようなことをしましたっけ?」
「マコトさんには関係のない所で。
彼らがミラスの近習を辞したことはご存じでしょう?」
「はい。
でも自分から辞めたと」
ユマ閣下はため息をついた。
「王太子の近習を勤め上げて、十分な実績を積めたのだから、すんなり爵位相続が出来ると思っていたのでしょうけれど。
そうはいかなかったのですよ」
何と。
あの人、侯爵とか伯爵とかの嫡男だったはずだろう。
王太子の近習を数年間務めたって、大したもんだと思うけど。
「大抵の人が誤解していますが、王政府で要職に就くことと、領地貴族として大成することはまったくの別問題です。
領地貴族は何より領地および領民の事を知らねばなりません。
特に、伯爵以上の貴族は統治を領主代行官に丸投げするつもりでもない限り、ソラージュのことより自分の領地を優先する覚悟が必要です」
そうか。
そういうことか。
日本でも同じだよね。
役人として出世することと、家業を継ぐことはまったく別だ。
前にグレンさんが言っていたけど、王太子の近習の経験なんか、領地貴族の爵位を継ぐためには何の役にも立たないのだ。
それよりは将来継ぐはずの自分の領地に精通し、家臣や領民たちと少しでも親しくなっておかないといけない。
家臣や領民の支持を失ったら、領地貴族なんかその立場を保てなくなるからな。
てことは、貴族の嫡子にとっては王太子の近習になるのは鬼門ということか。
「すると、あのレ……何とかいう人は」
「はい。
おそらく、領地に帰ってもこのまま爵位相続は難しいことを知らされたと思います。
もちろん嫡男なのですから、これから努力すれば十分挽回は可能です。
でも、待てなかった」
判らん。
「それがどうしてヤジマ商会の襲撃に繋がるんですか」
「ですから何か吹き込まれたか、あるいは誘導されたのでしょうね。
取り調べればはっきりすると思います。
もっとも重要なことは知らされていないでしょうから無駄になると思いますが」
使い捨てと言っていたっけ。
哀れな。
まあ、俺には関係ないしな。
知らない方がいいだろう。
よし判った。
忘れよう。
「それはそうと、先ほどから気になっているのですが」
ユマ閣下が俺の腕を抱え込む力を増しながら言ってきた。
ちょっと痛いんですが。
「何でしょう?」
「さっきはユマって呼び捨てにしてくださいましたよね?
でも『閣下』付けに戻ってしまっています」
「それは、司法管理官閣下なのですし」
「今は私、職務外ですよ?
私もハスィーみたいに呼び捨てにして欲しいです」
いやプライベートって。
はっと気づくと、カールさんとナレムさんが5メートルくらい離れていた。
カールさんなんか、俺の視線に気づくと握り拳に親指を立ててみせてくる。
何だよ!
どうしろと?
「いや、ハスィーは俺の婚約者なので」
「私だって、マコトさんの『親』ですよ。
マコトさんは私の近衛騎士なのですから、もっと親しくして頂いてもいいと思います」
ユマ閣下って、こんなキャラだったっけ?
あ、そういえばそうか。
この人、結構砕けた人だった。
でも、呼び捨てにするのはちょっとなあ。
ハスィーとは違うだろう!
「同じです。
私もマコトさんの……ですよ?」
何それ?




