20.襲撃?
珍しくキディちゃんが面会を申し込んできたので会うと、いきなり聞いてきた。
「警備は大丈夫ですか?」
それはハマオルさんに失礼では。
だが、ハマオルさんは何も言わないで頷いただけだった。
問題ないようだ。
まあ、キディちゃんがそんなことを言うのには何か理由があるはずだしね。
「俺もハスィーも大丈夫だけど、何かあった?」
「それならいいのですが……『ニャルーの館』の従業猫が、不穏な話を報告してきたので」
キディちゃんの話によれば、「ニャルーの館」のラウンジなどで、複数のグループがヤジマ邸襲撃かと思えるような話をしていたという。
「ニャルーの館」はいつも混んでいるので、ラウンジのような喧噪の場は逆に密談しやすい環境になっているらしい。
だが猫は人間より聴力がいいし、周囲の人間がその男たちにまったく注意を払っていなかったため、そばにいた従業猫に気づかずに物騒な話をしていたそうなのだ。
「確実というわけではないんだよね?」
「はい。
隠語を使っていたようなのですが、猫は逆に細かい人間語が判らない分、言葉の印象でマコトさんへの敵意を感じ取ったようです」
それはまずいな。
憂さ晴らしで俺のことを罵っているというのならともかく、慎重に隠しながら話していたとすると、ひょっとして本気か?
ジェイルくんが言った。
「キディさん。
『ニャルーの館』でのこの話は?」
「もちろん、口止めしてあります。
ニャルー代表に相談したところ、すぐにマコトさんにお知らせするようにということでしたので」
「判りました。
すみませんが、すぐに『ニャルーの館』に戻ってニャルーさんにお伝え願えませんか。
この件については、一切手出し無用でお願いします、と」
「……判りました」
キディちゃんは一礼すると、出て行った。
よく判らん。
つまり、ジェイルくんは既にそのことを知っているということか。
その上で、放置するように指示したと。
「ジェイルくん、何かやっているよね」
「はい。
ユマ司法管理官閣下の命令で、マコトさんにはお伝え出来ませんが」
「それは判ったけど、くれぐれも危ないことはしないでよ?
特にジェイルくんは自分から俺の盾になりかねないから心配だよ」
「……ありがとうございます。
肝に銘じます」
ジェイルくん、顔が赤いけど風邪でもひいてない?
ハマオルさんが咳払いして言った。
「僭越ながら申し上げます。
ジェイル殿を初めとしたヤジマ商会の皆様は、ヤジマ警備がお守りします。
どうぞご安心下さい」
それは信用してますけどね。
この人たち、目を離すとムチャするからなあ。
ていうか、目を離さなくてもやるんだけど。
まあいいか。
「俺に出来ることない?」
「普段通りにお願いします」
それはそうか。
何となく判ってきたぞ。
つまり、敵を罠にかけようとしているんだろうな。
こういうのはテロと同じで、敵がどこにいるのか判らない上に分散している場合、守り続けるのは困難だ。
だから、わざと集結させた上で隙を作って、一網打尽にしようとしていると。
ユマ閣下らしい作戦だけど、俺は知っているぞ。
あの人、確かに頭はいいんだけど、どうも詰めが甘いというか成り行き任せな所があるんだよね。
よく言えば臨機応変だけど、それって想定外の事態が起こってその場で何とかしているってことだもんなあ。
最初から完璧だったら、臨機応変に対処する必要ってないはずだし。
まあ、運とか状況とか予測できないことがあるのは当然だけど、何かユマ閣下って出たとこ任せの博打みたいな戦術行動を楽しんでいるような気がする。
派手な演出を好むし。
アレスト市の何だったかの代官の時も、あんなに真っ向から領主代行官の事務所に乗り込んで自ら叩き潰す必要ってなかったんだよね。
むしろ、穏便に済ませる方が簡単だったはずなのに。
今回も、何か暴走しそうな気がする。
俺も用心しておくべきか。
だがそんな俺の心配をよそに、何事もなく平穏な日々が続いた。
俺はあいかわらずヤジマ商会の自分の書斎で書類にサインしたり、尋ねてくる人と無意味な会談をしたりしていて、あまり外出しなかったからね。
どうしても行かなければならない時は、少し大げさなくらいの護衛がついている。
ハスィーやヒューリアさんたちも、似たようなものだった。
特にハスィーについては、リズィレさんの他にも何人かの女性警備員が交代でついていた。
確かに、俺にダメージを与えるとしたら直接俺を狙う方法の次はハスィーだもんな。
例えばハスィーが拉致された上で人質にされたら、俺には何を要求されても断る自信がない。
それはジェイルくんやヒューリアさんでも同じなんだけど、俺の敵から見たらやはりハスィーが一番だろう。
俺の場合、あまりにも護衛が強化されすぎていて、狙っても成功の確率が低すぎるし。
しかし、ユマ閣下はどうするつもりなのか。
このまま膠着状態が続いたら、そのうちどっかでボロが出そうだぞ。
まだ俺の仕事に支障が出るほどではないけど、やはり無駄に護衛を強化することでコストパフォーマンスが低下しているしね。
それ自体が決着の日が迫りつつあることを意味しているような気もするけど。
でも、俺には何も出来ないからなあ。
ラノベなんかでは、こういう時はすぐに襲撃があったりするわけだけど、実際にはなかなか事態が進まないものだ。
テロというものは、攻撃側が圧倒的に有利だしね。
何か計画があったとして、もしこっちの警備が厳しすぎるようなら中止すればいいだけだ。
複数の計画を用意しておいて、どれか一番成功しそうな方法でやるという手もある。
そもそも一度で成功する必要すらない。
戦争と違って、相手の司令部を叩いたら降伏してくるというわけではないからな。
あー、面倒くさい。
日本に居た頃は、テロなんか一生関係ないとか思っていたのに。
まさか異世界で遭遇しかけているとは。
表面的には何も起こらないまま、時間だけが過ぎていく。
最近はミラス殿下やユマ閣下も夕食会に来なくなってしまったしなあ。
その代わり、ヤジマ学園では異様に警備が厳しくなったらしい。
フレアちゃんなんか出勤するとミラス殿下が離さないらしくて、サリムさんもいつもの気軽な態度が消えていた。
ハマオルさんと深刻な表情で話している姿を見たりしていて、マジやばいんじゃないのか。
早くこんなこと、終わって欲しいものだ。
そう思っていたある日のことだった。
いつものように、出資希望者との面談を終えてほっと一息ついていると、突然屋敷内が慌ただしくなった。
誰かが廊下を走って行く。
ほぼ同時にハマオルさんが部屋に入ってきて、俺のデスクの前に仁王立ちした。
「何かありましたか?」
「まだ何とも」
短く答えたハマオルさんは、精神を集中しているようだ。
ハスィーは大丈夫か?
「奥方様は、先刻からアレスト伯爵邸に滞在しておられます。
ヤジマ警備に加えて王都中央騎士団の分隊が警護しておりますので、ご心配には及びません」
そうか。
良かった。
一安心していると、ノックの音がしてジェイルくんが入ってきた。
「マコトさん。
少し騒がしくなりますが、大丈夫です。
ここに籠城していて下さい」
それって。
ひょっとして、ヤジマ商会に攻め込まれたってこと?
「ヤジマ学園も襲撃されましたが……これは陽動です。
フレア様もご無事です」
大変じゃないか!
でも陽動ってことは、本命があるわけだ。
こっちか。
「敵の目標はマコトさんですから。
逆に言えば、マコトさんがおられない場所はどんなに危険でも本命ではありません。
こちらもマコトさんさえ守ればいい。
最悪、この屋敷が炎上してもマコトさんが無事ならこちらの勝ちです」
そんな所まで来ているのか。
ていうか、俺を殺るためにそこまでする?
俺ってそんなに重要人物か?
「世界で一番重要です」
ジェイルくんが言って、ハマオルさんが頷いた。
ラノベだよそれ!
勘弁してくれ。
しかし。
ここは踏ん張り所かもしれない。
俺って、今まで何もしないことで上手くやってきたからね。
下手に動かない方がましな結果になるってことは、身に染みている。
ジェイルくんやユマ閣下がお膳立てしてくれたんだから、俺はどっしりしていればいいんだよ。
どこからか、悲鳴が響いた。
おいおい、本気でこの屋敷が戦場になっているの?
ドアがノックされたが、ハマオルさんは動かない。
ジェイルくんが応えた。
「何か?」
「侵入を許しました。
申し訳ありません」
「使用人たちは?」
「避難済みです。
現在、一階で交戦中」
「食い止められるか?」
「判りません」
マジ?




