16.視察?
あいかわらず誤解されまくりだったが、いつもの事なので忘れることにする。
それにしても、視察だというから来たのに、いつの間にか名誉学園長代理が理事長に問題をぶつける場になってしまっているぞ。
そんなのは夕食会でやって欲しい。
全部ジェイルくんに丸投げできるから。
でも、モレルさんってヤジマ邸の夕食会にめったに来ないんだよね。
あまりにも目立つし、ランドマーク的に「ミラス王太子殿下ある所にモレル近習あり」という常識が浸透してしまっているせいで、夕食会に来たら変に勘ぐられる可能性があるということで。
だから、ミラス殿下に付き添ってくるのはグレンさんの役目になってしまっている。
グレンさんなら、俺やハスィーとヤジマ学園の件などで打ち合わせるという口実が使えるからね。
しかもプレイボーイ的な評判がたっているため、美少女を連れてヤジマ邸夕食会に参加しても違和感がない。
ちなみに、そのプレイボーイ的な評判はグレンさんが意図的に作っているのかと思ったら、どうも地らしかった。
モテるだろうからなあ、グレンさん。
「マコトさんほどではございません」
ハスィー、言葉にちょっと棘があったような。
俺はハスィー一筋だからね。
誤解しないように。
「マコトさんの場合は、ご自身にその気が無くても人が寄ってくるのですから、仕方がありません。
ご自重しようがないことも判っておりますので、お気になさらずに」
気になるよ!
まあしょうがないか。
そんな俺たちのじゃれ合い? から困ったように視線を逸らせていたモレルさんは、咳払いをして書類を置いた。
「懸案事項は、とりあえず以上です。
後は、視察をお願いします」
面倒事はここまでか。
良かった。
でも視察って?
「ヤジマ学園教養学部をはじめとした各教室も大分落ち着いてきましたので、一通りご覧になって頂きたく。
生徒や講師たちの励みにもなりますので」
そうなのか?
俺が生徒や講師だったら、学園の理事長なんかに来て欲しくないけどな。
あ、いや傾国姫は見てみたいけど。
「ヤジマ学園に在籍する講師や生徒は、全員マコト殿の評判をよく知っております。
一目なりとお目にかかり、一言なりと会話したいという希望が多いのです」
それを叶えろと?
モレルさんは真面目すぎるんだろうなあ。
まあ、しょうがないか。
名誉学園長代理の面子を潰すわけにもいかないし。
「俺の視察についてもう広報してあるのですか?」
「いえ。
安全上の必要性から、抜き打ちです。
ただ先ほど生徒たちにマコト殿のご訪問が知られたようですので、ある程度は予想しているかもしれません」
そうか。
ま、いきなりだからハスィーを襲撃しようなどと考えている連中がいたとしても、準備する暇もあるまい。
ここはサラッと流しておくべきだろう。
一度視察してしまえば、もうやったという口実が使えるし。
「判りました。
ハマオルさん、お願いします」
「了解です。
主殿」
これで大丈夫だ。
ハマオルさんがリズィレさんに何か指示すると、リズィレさんは身を翻して出て行った。
かと思うとすぐに戻ってきて報告する。
部下に指示したのか。
警備のプロがいると心強いね。
もっともヤジマ学園にはフレアちゃんがいるので、最初からサリムさんの手の者が警戒しているはずなんだけど。
「サリムは、フレア様の警護に特化しております。
そのために、直接フレア様に危険がないと判断すればスルーすることもあり得ます」
「そうですか」
「個人のボディガードとはそういうものです」
なるほど。
つまり、ハマオルさんやリズィレさんも、普通は俺やハスィーの安全を優先するわけだ。
周囲で何が起こっても、まず俺たちを守る方向に動く。
凄いものだな。
アメリカのシークレットサービスとかと同じ発想だね。
俺なんかがその警護対象というのは笑っちゃうけど。
いや、ハスィーは守らなければ。
「こちらです」
モレルさんは、おそらくそういうことを全部判っている上で動いているのだろう。
ご本人は装甲擲弾兵(違)だから、まず危険は無いだろうし。
むしろミラス殿下がいない分、気が楽なのかもしれない。
モレルさんを先頭に、ハマオルさんの手の者らしい若くて屈強な男たちに囲まれて事務棟から出る。
警備員たちは部屋の外に待機していたらしい。
凄いものだね。
ハマオルさん、いつの間にこれだけの組織を作り上げたんだろう。
「ヤジマ警備の舎員の中でも精鋭を揃えております。
全員、主殿と奥方様を守るためなら抜き身の剣にその身を曝すことも厭わない者ばかりです」
重いよ!
ラノベにはそんなの出てこないからなあ。
大抵本人がチートで警護なんか必要ないし。
ヒロインだって、自分の身を守れるくらいには強い。
でもこれはラノベじゃない。
俺もハスィーも戦闘力は皆無に等しい。
暴力に曝されたらすぐに死んでしまうだろう。
だから、これは必要なんだよね。
アメリカの大統領とかの気持ちがちょっと判った気がするなあ。
比べるのもおこがましいけど。
モレルさんが最初に向かったのは教養学部の校舎だった。
これは新築で、低層の長屋のような作りになっている。
日本の中学や高校の教室みたいな部屋が並んでいるんだよね。
あまり金はかかっていない。
はっきり言って貴族や大商人が住んだり使ったりする建物とは言い難いんだけど、それでいいのだ。
学校って、そういうものじゃない?
授業中なので廊下から教室の中を見ることにする。
窓ガラスなどはないので丸見えだ。
当然、生徒たちも俺やハスィーにすぐ気づいてざわめきが広がったが、講師が注意して私語は収まった。
「ここは?」
「マナーのテストですね。
貴顕としての振る舞いと、それに相対した場合の反応でしょうか」
講義とかではないらしい。
見て覚えろ、というよりはむしろモロに実地のチェックなのか。
「基本的なマナーは、既に会得しているという前提です。
ここでは講師や仲間の生徒たちが見ている前での振る舞いを確認されます。
連続して十回、ミスがなければ合格と聞いています」
厳しいな。
認定機関ならそんなものか。
つまりマナーの講義ではなくて身についているかどうかを試験されているわけだね。
「駄目だったらどうなるのでしょうか」
「自習ですね。
講師が見本を見せることもありますし、既に合格した者が教える場合もあるようです。
いい小遣い稼ぎになっていると聞いております」
なるほどなあ。
ノートを見せて昼飯を奢ってもらったりするのと同じか。
そういうことをやっているうちに友情が深まったりするわけね。
いいことだ。
「単位ごとに教室が分かれておりまして、生徒はまだ取得していない単位の教室でテストを受けるわけです。
普段は自習室で練習していて、自信がついたらテストに臨むわけですね。
もちろん依頼すれば講師に指導して貰うこともできます」
モレルさん、もうすっかりヤジマ学園の園長だなあ。
それからいくつかの教室を覗いてみたが、基本的にはみんな同じことをやっているようだった。
大変だな。
俺にはとても出来ない。
貴族のマナーなんか絶対無理。
精神的なダメージを受けて教室から目を背けると、ハマオルさんがリズィレさんや部下の人たちと話していることに気がついた。
「どうだ?」
「2名確認しました」
「こちらでは一人」
「記録しておけ」
「は」
何かやっているのか?
「主殿。
お気になさらず」
気になるよ!
「主殿に敵意、もしくは反感に類すると思われる視線を向けていた者をチェックしております。
要注意人物としてマークいたしますので、ご安心を」
俺はリトマス試験紙か!




