14.経営学部講師?
シイルの件は衝撃だった。
しかしなあ。
いくら家名を自由に選べるからと言って、ヤジマはないだろう。
これでは、どうみてもシイルが俺のお手つきに見えてしまう。
子供でも出来たら、まず間違いなく親類扱いされるだろうし。
何を考えてるんだ?
いや、判っているけど。
それにしてもあのシイルがねえ。
「主殿。
馬車にお乗り下さい」
ハマオルさんに言われて回りを見回すと、いつの間にかたくさんの人が俺たちを囲んでいた。
しまった。
俺はともかく、ハスィーが危ない。
この中に刺客でも紛れ込んでいたら、いかにハマオルさんとリズィレさんでも防ぎきれるかどうか。
俺は急いでハスィーを馬車に乗せると、自分も続いて乗り込んだ。
ハマオルさんが馬車を発進させる。
護衛の馬車が庇ってくれたので、何とか脱出できた。
助かったぜ。
「生徒さんたちに声をかけなくてよろしいのですか?」
「あの人たちは狼騎士隊目当てだろうからいいんだよ。
いちいち構っていると、先に進めなくなるから」
ハスィーは納得してくれたようで、ゆったりと俺に寄りかかってきた。
いい香りだ。
フクロオオカミたちも消臭していたらしいが、やっぱり獣臭かったからな。
癒やされるぜ。
そういえば前にデートしてから随分たつような気がする。
そのうち一緒に旅行でもしたいもんだね。
まあ、俺が狙われている状態では夢だけど。
ヤジマ学園の事務棟に馬車をつけると、事務員たちが整列して迎えてくれた。
そんなのいいと言っているのに、世襲貴族が訪問するからにはそれなりの儀礼が必要だと言って納得してくれないのだ。
変装してこっそりというのならともかく、今日は正式な登園だからな。
俺は理事長なんだけど、頻繁に来たらみんなに迷惑かもしれない。
遠慮すべきか?
「近衛騎士としてご訪問されるのなら、ここまではされないと思います。
次からはそうなさいませ」
ハスィーが教えてくれた。
そうか。
俺って子爵だけじゃなくて近衛騎士だったっけ。
ホスさんも近衛騎士だが、あの人はいつも一人で動き回っていて、どこかに行っても別にファンファーレが鳴り響いたりしないからな。
つまり、近衛騎士というのはそれだけ自由なのだ。
そういうことか。
「もともと近衛騎士は、貴顕の護衛として生まれましたから。
護衛であるからには、あらゆる時・所を自由に動けなくてはお役目を果たせません。
時には、密かに行動する必要もあります。
いちいち挨拶されていたらお仕事になりません。
本人のご希望があれば、儀式などは省略できるという特権を持ちます」
そうなのか。
知らなかった。
「近衛騎士は自由」というのは、思ったより深かったらしい。
「じゃあ、近衛騎士です、と行って回れと?」
「近衛騎士の印がありますでしょう。
あれを付けていれば、自動的にそう認識されるはずです。
マコトさんが子爵だということは知れ渡っているので、その印で近衛騎士として行動中だと判りますから」
なるほど!
あの派手で厨二な印って、そういう意味があったのか!
身体の一部に赤いものを付けるという恥ずかしい格好は、近衛騎士が近衛騎士たる証ということだね。
気づかなかった。
今度からずっとそうしていよう。
見た目は厨二だけど。
つまり、どっちにしても俺は恥ずかしいことになると。
嫌だなあ。
そんなことをブツブツ言いながら階段を昇り、俺の部屋ということになっている理事長室に入る。
もちろん、俺たちの前にハマオルさんが安全を確認してくれている。
めったに使ってないな、ここ。
誰かに譲るか。
「それは出来れば止めて頂きたいかと。
辞令を渡したり、重大な命令を伝える時などはこの部屋を使わせて頂いておりますので」
先に入室していたらしく、巨大な体躯を誇る名誉学園長代理が言った。
「お久しぶりですね、モレルさん」
「ヤジマ子爵閣下もお変わりなく。
ハスィーさんも」
「そちらもお元気そうですね」
銀河帝国軍装甲擲弾兵総監、じゃなくて王太子殿下の近習であるモレルさんだ。
ミラス殿下は名誉学園長なのだがフレアちゃんに会いに来るだけだし、そもそも学園長としての仕事などやらない。
その分、モレルさんの仕事が増えるわけだ。
近習やりながらだから、凄いよね。
「そうでもございません。
ヤジマ学園は有能な事務職が揃っておりますので、私は決済するだけです。
実務は他の者に任せております」
モレルさんは、誰に対しても丁寧に接する。
侯爵の嫡子に生まれてこれだけの肉体を持つのに、なんでこういう性格に育ったのかなあ。
身分的にも肉体的にもほぼ無敵な条件に恵まれたのなら、暴君が出来てもいいと思うけど。
「私は王太子殿下の盾でございますから」
それが存在意義になっているのか。
まあいいや。
今日は用があるというから来たんだよね。
「さて、視察ということですが、何かありますか?」
「新しく創設した経営学部の主要メンバーに会って頂きたいと思いまして。
ヤジマ子爵閣下も個別にはお会いしていると思いますが、正式なご挨拶はまだとお聞きしました」
そうだったっけ。
正直、経営学部の講師の人選はジェイルくんに丸投げしたんだよね。
俺には何もわかんないし。
まあ、決まった人というか、候補者には俺も会って話したんだけど、そのうち誰が選ばれたのかは知らないんだよ。
ヤジマ学園で経営学部の創部記念パーティとかやって、ミラス殿下が挨拶したらしいんだけど、俺は別件があって欠席したし。
別に俺が積極的に関わることでもないなと思って放置していたんだけどね。
「ヤジマ子爵閣下は、王都でも有数の経営者との評価です。
本来なら理事長兼任のまま教授に就任して頂きたいほどですが、ご多忙でそんな余裕がないということで、断念しました」
無理です。
そもそも俺が経営者というのも間違いです。
担がれているのと、資金集めのパンダとして踊っているだけです。
誰も判ってくれないけど。
俺が理事長席について、ハスィーがその斜め後ろに立ち、さらに俺たちを守るようにハマオルさんとリズィレさんが配置されると、モレルさんが部下らしい人に合図した。
その人は静かにドアを開けて出て行く。
すぐにノックの音がして、続いて人がゾロゾロと入ってきた。
多いな。
それにみんな若い。
ほとんどが二十代から三十代なんじゃないのか。
「ヤジマ学園経営学部講師、揃いました。
欠席者はありません」
一番前に立った男が緊張した表情で言った。
この人たちが講師?
俺が面接した人がいないけど?
まあいいや。
「理事長のヤジママコトです。
ヤジマは家名なので、マコトと呼んで下さい」
いい加減この挨拶にも飽きたけど、便利なんだよね。
これやっておけば、後はいかようにも話を繋げられるし。
「は。
ヤジマ理事長閣下」
いや、間違えているぞ。
マコトと呼べと言ったばかりでしょうが!
まあ、しょうがないか。
モレルさんが言った。
「ご紹介させていただきます。
ムバ・ホーメ講師。
サフリム・バレ講師。
ヒロニク・テア講師。
ノク■○×……」
すまん。
判らん。
男ばっかだし。
「……以上13名が、ヤジマ学園経営学部第一期講師となります」
「第一期、ですか」
「はい。
今後、それぞれベンチャーを立ち上げ、学生と共に事業を行います。
出資の件、よろしくお願いいたします」
「「「「「お願いいたします」」」」」
何それ?




